第4話
「く、くそっ!」
入口のドアのところで、罠にかかってもがいている人物――茉莉から先ほど「デスゲームの運営」と呼ばれた人物――は、瑠衣には見覚えがあった。
彼は、自分たちと同じように屋敷の中で目を覚ました九人のうちの、一人だったのだ。
「ああ……運営が、参加者の中に紛れ込んでいるパターンだったの? つまり、このゲームの最後に生き残る一人っていうのも、最初からあなたで決まっていたってこと? ふっ……まったく、とことんお粗末なゲームメイクね」
あまりにもくだらない冗談を聞いたときに、全然面白くないのに思わず吹き出してしまうように。また、乾いた嘲笑を浮かべる茉莉。
「お、お前ら、オレにこんなことをして……た、ただで済むと……!」
そんな茉莉に対して……いや。茉莉と、いまだに立ち尽くしているだけの瑠衣に対して、その『運営者』は、ポケットから取り出したテレビのリモコンのような物を向けて、ボタンを連打する。
「やれやれ……見苦しいわよ?」
しかし茉莉は、余裕な素振りで『運営者』の持っていたリモコンを床に叩き落としてしまった。
その『運営者』の持っているリモコンが、どうやら自分たちの首元に向けられていたように感じた瑠衣は、特に何も考えずに自分の首輪型爆弾に触れようとする。しかし、
「ああ。今はあんまり触らない方がいいわよ? ちゃんと固定してあるわけじゃなく、首輪に適当に
と茉莉に言われて、その手を止めた。
「え、こ、固定……?」
それから茉莉は子供をからかう妖艶な女性のように、吊るされたままの『運営者』のノドからアゴにかけて人差し指を這わせながら、こんなことを言った。
「あなたって……まだ、こういうゲームの運営に慣れてないでしょう? っていうか、もしかしたらこれが初めての現場かしら? だってそうじゃなきゃ、こんな残念なゲーム運営なんて、できるはずがないものね」
「なっ……なんだとっ⁉」
プライドの高そうな『運営者』の彼が顔がゆがむほどの怒りの表情になる。しかし、茉莉はそんなことは気にせずに挑発的に続ける。
「かわいそうだから、そんなデスゲーム初心者のあなたに、私が特別に教えてしてあげるわ。デスゲームの『いろは』……デスゲーム運営者が気に掛けるべき、三大要素をね」
「デスゲーム……の、三大……要素?」
瑠衣は、茉莉が何をしているのかいまだに全く理解が追い付いていない。
そんな瑠衣のことは置き去りにして、茉莉はその説明を始めた。
「三大要素のまず一つめは……『携帯電話』。これは、分かりやすいわよね? だってゲーム参加者が携帯を持っていると、外部と連絡を取られてしまうもの。いまどきGPSがついていない携帯の方が珍しいし、場所を特定されて警察や救助隊を呼ばれてしまっては、非人道的ゲームの円滑な運営なんてできない。だから、参加者を誘拐して連れてくるときに、当然携帯電話も取り上げておくのが一般的なデスゲームのやり口なわけだけど……そうすると今度は『その行動自体』が、私たちゲーム参加者に別のヒントを与えてしまう可能性もあったりして……」
「うふふ」と思わせぶりに微笑んでから、茉莉は話を先に進めてしまう。
「それから二つめは、『参加者をゲームに引きずり込むための理由付け』……今回で言えば、爆弾になっているっていう首輪ね。まあこれに関しては、正直なところゲーム参加者の命を脅かすようなものであれば何でもいいのよね。首輪だろうが腕輪だろうが指輪だろうが、爆弾だろうが毒針だろうが硫酸だろうが……参加者が勝手に解除することが出来ず、運営者はいつでも好きなタイミングで命を奪うことが出来る。そういう機能さえ実現できれば、そのディテールは何でもいい。そういう意味では、今回の首輪型爆弾ってのは、別にそれほど悪い選択じゃなかったと思うわ。……ま、もう少しオリジナリティがあってもよかったと思うけどね」
「オ、オリジナリティって……」
命を懸けたデスゲームのことを話しているはずなのに、全然緊張感のない茉莉。まるでただのスマホゲームか何かにダメ出ししているような彼女に、瑠衣は思わず呆れてしまう。
そんな彼女に対して、
「あら? オリジナリティって結構大事なのよ? だって、今までになかった新しい物に対しては、私だって対策を考えるのに時間がかかってしまうけど……。オリジナリティのないありがちなものだったら、これまで培ってきた
と独り言で返す茉莉。
それから彼女は、その話の結論とでもいうべき、三大要素の三つ目を言った。
「そして最後に……デスゲーム運営が気にしなくちゃいけない物の三つ目はね…………実は、『アルミホイル』なのよ」
「……へ?」
突然、あまりにも俗っぽく、デスゲームに全然無関係に思える言葉が出てきて、瑠衣は目を点にしてしまう。茉莉が、何か瑠衣には分からないような次元の高いジョークを言ったのかとも思ったが……しかし、茉莉の方はいたって真面目な表情だった。
「『アルミホイル』……あるいは、それに準ずるような金属の薄い膜は、包み込んだ空間を簡易的なファラデー・ケージ……電波が届かない空間にすることが出来るの。アルミホイルで包むと携帯電話が圏外になる、なんて科学の遊びを、テレビや動画で見たことない? つまり、アルミホイルはかなり身近な日常品でありながら、電波で動くあらゆる機器を無効化することが出来るような、超強力なアイテムというわけ。もちろん携帯電話だけじゃなく、それと同じくらいの周波数を使う無線監視カメラも、ノートパソコンのWi-Fiや、Bluetoothを使う周辺機器も、アルミホイルで包んでしまえばたちまち外部に信号を送ったり、外部から信号を受けとったりすることはできなくなる。ね? 使いようによっては、いろいろとデスゲームの運営を邪魔することができそうでしょう? だから、ゲーム運営側にしてみれば、アルミホイルの扱いにはかなり注意しなければいけない。もちろんゲームの舞台に持ち込まないようにするのは大前提なのだけど、それ以外にも
「あ……」
そこで、瑠衣もようやく気付いた。
『運営者』がやってくるまでベッドで抱き合っていたとき、茉莉が執拗に瑠衣の首に触れて、
そのあとベッドから起き上がって体を動かすたびに、首元のあたりから「シャリシャリ」という金属が触れ合うような音が聞こえてくるようになっていたこと。
そして……。
さっき首輪を手で触ろうとしたとき、茉莉が言った「固定されていない」、「巻き付けてあるだけ」という言葉の意味。
十二時までに誰も殺せなかった『悪霊』役の瑠衣の首輪が、いまだに爆発していない、理由を……。
話を締めくくるように、茉莉は言った。
「実は私、昼間のうちにこの屋敷のキッチンを探したんだけど、アルミホイルは見つからなかったわ。ゲーム運営初心者のあなたでも、さすがに最低限の対策はしたってことかしら? でもね……やるならもっと徹底的にやらなくちゃ、意味ないのよ?
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