第5話

「さて、と……」

 茉莉は言いたいことを言って気が済んだのか、『運営者』の体を絞めつけていたロープの端を、ベッドの足に結んで固定する――よく見れば、そのロープは個室の絨毯を細く切って作ったもののようだ。


「さあ、行きましょうか?」

 そして、天井付近につるされてぐったりしている『運営者』のことなんてもう気にしていない様子で、瑠衣に言った。

「え、行くって……どこに?」

 一連の出来事がいまだに理解できていない瑠衣は、ずんずんと部屋の外に向かって行ってしまう茉莉の背中に尋ねる。

 彼女はおっくうそうに立ち止まって、首だけを動かして、

「決まっているでしょう、この屋敷の外よ。貴女も、自分の家に帰りたいでしょう?」

 と言った。

「へ……? だ、だって、このお屋敷は『人が寄り付かない断崖絶壁の無人島』にあるんですよね……? だったら、このお屋敷の外に出ても、簡単には帰れそうにないっていうか……。あ、あと……実は私、泳ぐのとか、あんまり得意じゃなくで……」

「……ふふ」

 茉莉は小さく笑い、「貴女って、本当にお人好しね」とつぶやく。

 そして、言葉をつづけた。


「そもそも、この屋敷が本当に『断崖絶壁の無人島』にあるのだとしたら、どうしてそれとは別に、『屋敷の外に出てはいけない』というルールが必要なの? 断崖絶壁の無人島ならどうせ私たちに逃げる方法なんてないのだから、わざわざゲームの舞台を屋敷の中に限定する必要はないでしょう?」

「え? じゃ、じゃあ……」

「嘘なのよ。『断崖絶壁の無人島』っていうのは、私たちを外に出させないようにゲーム運営側が作った嘘の設定。だいたい、もしも本当にここが無人島なら、電波も通じないしGPSがあっても意味ないから、携帯電話を取り上げる必要さえなかったはずだしね。ということは、裏を返せばこの屋敷は無人島なんかじゃなく、電波が届く普通の場所にあるはず。私が誘拐されたときの最後の記憶と、目を覚ました時の時刻からざっくり概算しても……まあおそらく、関東圏からは出ていないでしょうね」

「……な、なるほど」

 その茉莉の言葉は、完全に納得した瑠衣。

 しかし同時に彼女の頭の中には、別の新しい疑問も浮かんでいた。


「ま、茉莉さん……あ、あなた、いったい何者なんですか? さっきの、デスゲームの三大要素のこととか、『運営』の人をデスゲーム初心者呼ばわりして……。思い返すと、最初からこのゲームのこと全然怖がってなかったみたいだし……。ま、まるで……こういうのを、今まで何度か経験しているような……」

「ふ……そうね。確かに私、こういうの初めてじゃあないのよね」

 その問いには、少し興味を持ったらしい茉莉。

 体をしっかりと瑠衣のほうに向けて、頭の中で思い出しながら数えるように指を三本折った。

 え……。

 三……って、まさかデスゲーム三回目? むしろ、今まで三回経験してきて、これで四回目とか……。

 瑠衣がその様子にそんな想像をして、勝手に驚愕していると……。茉莉は、

「私、物心ついたときから、三日に一回くらいでデスゲーム参加しているから……合計で言えば、もう二千回は越えてるかしらね」

 と言った。


「い、いやっ! 二千⁉ 二千はさすがに盛りすぎですよねっ⁉ だ、だいたい、物心ついたばっかの子供が参加できるもんなんすか、デスゲームって⁉ あと、『三日に一回』を指折りで数えます、普通⁉ ややこしいな!」

 思いつく限りのツッコミを入れる瑠衣。それに対して茉莉は、「ふふ……やあね、冗談よ? 本気にしないでよ」なんて言って部屋を出て行ってしまった。



……………………………………………………



 それからその屋敷で起こったことは、これまでの出来事と比べれば些細なことだ。

 瑠衣からマスターキーを受け取った茉莉が、各個室で眠っていたゲームの参加者たちを起こし、状況を説明して、他のデスゲーム運営が異変に気付く前に全員で屋敷を脱出した。

 簡単に言えば、そういうことになるだろう。




 そのゲームが完全に終了し、日常に戻ったあと。

 瑠衣は、そのときの恩を返したくて、茉莉と連絡を取ろうとした。だが、どういうわけかそれは叶わなかった。どれだけ探しても、茉莉どころか他の参加者にさえたどり着くことはできなかった。

 それはきっと、あのときのデスゲーム運営者の残党が、自分たちへとつながる証拠を残さないようにと裏工作をしているからなのだろう。


 しかし、それでも瑠衣はあきらめず、茉莉のことを調べ続けた。すると……ときどきそんな瑠衣の耳に、「奇妙な少女」の噂が入るようになった。

 全国バラバラな場所や時間で秘密裏に開催されているはずのデスゲームに、名前や見た目を変えて何度も参加してしまう少女がいるらしい。

 彼女は幼いころに両親をデスゲームによって失っていて、その復讐のため、参加したすべてのデスゲームでそのルールの不備バグを見つけ、それを利用して一人の・・・犠牲者も・・・・出さない・・・・うちにゲームを台無しにしてしまうのだそうだ。


 真理亜、あるいはメル、またあるときはマリーと名乗っているらしいその人物が、あの日の闇藤茉莉なのかは、分からない。だが、その噂が自分の人生にとって無関係であるとはどうしても思えなかった瑠衣は、デスゲームの情報とともにその少女の噂も集めるようになった。



 そして、それから数年後……。

 そんな瑠衣の執念が、ついに実を結び……二人は劇的な再会を果たし、それから数々のデスゲームをぶち壊す『デスゲーム破壊者クラッカーコンビ』として、その業界に名を馳せることになるのだが……。

 それはまた、別の話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰も死な(せ)ないデスゲーム 〜Cheat the Death Games〜 紙月三角 @kamitsuki_san

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

ゆりすぐり

★0 恋愛 完結済 7話