第8話 初めての、彼氏のお弁当②

 あたしが家に帰ると、当然小一の織子おりこは家にいた。小一は帰るのがめちゃくちゃ早い。そんなわけで、ママは大学で働いているけれど(研究者だ)、いまは在宅勤務をしている。(パパはなんだか今はめちゃくちゃ忙しい時期らしい。)


彩香あやかちゃん、おかえり!」

「織子、クッキーの作り方、教えて!」

「……ははーん。弘樹ひろきくんにあげるんだね?」

「う。そ、そうです」

 小一の妹に見透かされるあたし。しかも、教えてもらう立場。

「いいよ。……弘樹くんのお弁当、おいしかった?」

「うん!」


 あたしはまず、お弁当箱を丁寧に洗って、拭いて乾かした。

 織子は「本当は夕ごはんの支度する時間だけど、彩香ちゃんのためにクッキー作る時間にするね」と言って、エプロンをした。

「今日、ママ、忙しいの?」

「うん。織子に『おかえり~』って言って、『ごめんね、仕事が終わってなくて』って言って部屋に行ったよ。たぶん、今は集中モードだから、彩香ちゃんが帰って来たことも気づいていない」

「そっか」


 うちではママがごはんを作っているのだけれど、時間があればパパも作っていた。そしてパパの方が料理が上手だった。ただ、忙し過ぎて作れないけれど。パパの次にお料理上手なのが織子で、織子は小学校に入ってから、少しずつみんなのごはんを作るようになっていた。そして、お菓子作りは動画を見てマスターして、小学校に入る前から、いろいろ作っていたのだった。


「ねえ、彩香ちゃん。クッキーもいいけど、パウンドケーキもいいと思うよ? そんなに難しくないし」

「いつも織子が作ってくれてる、あれ?」

「うん。失敗も少ないよ」

「じゃ、そうする!」

 あたしもエプロンをして、織子に教えてもらって、パウンドケーキを作った。


「彩香ちゃん、お菓子作りに『てきとう』はだめだめ! ちゃんと測って!」とか「彩香ちゃん、まだ型に入れないで。つやつやになるまで混ぜるんだよ」とか「あ、予熱して、予熱!」とか、言われながら。

 一人で作っていたら、ぜったいに失敗してた。

 パウンドケーキが焼けたころ、ママが部屋から出てきた。


「なんか、いいにおいがする。食べたい。お腹空いたー」

「えへへ」

「彩香が焼いたの?」

「うん! 教えてもらって!」

「あ。弘樹くんにあげるんでしょ?」

「そう、お弁当のお礼に!」

「よかったね」

「うん!」

 なんてママと話していたら、織子が「ママ、織子が作った方のパウンドケーキ、食べる?」と言った。「うん、食べる」とママが言い、「じゃあ、夕ごはんは、パウンドケーキにベーコンエッグとサラダでいいかな? 簡単に」と織子が言う。



 織子が手早く作った夕ごはんを三人で食べる。

「ねえ、ママ。ママもパパにお弁当、作ってもらったの?」

「ううん、それはなかったよ。ママね、お料理ヘタだけど、一生懸命作ってたの」

「へえ」

「どんなへたくそなごはんでも、卓さん、ちゃんと食べてくれたのよ。いいでしょう?」

「うん、いい!」とあたし。

「いい!」と織子。

「卓さんがお料理上手だって知ったのは、彩香が生まれてからからなあ」

「そうなの?」とあたし。

「そうなの?」と織子。


「うん。彩香が生まれて、赤ちゃんの彩香のお世話でいっぱいいっぱいになったとき、作ってくれるようになったの。実はごはん作るの好きなんだって、笑ってた。無理しなくていいよって。彩香が小さくて手がかかるときのごはんはみんな作ってくれたのよ。だから、彩香の離乳食も織子の離乳食も、卓さんが作ったのよ」

「へえ」とあたし。

「へえ、じゃ、あたし、パパ似?」と織子。

「そうね、お料理上手はパパ似ね!」とママ。

 織子はにっこり笑う。

 ママも笑う。あたしも笑う。



 次の日、空のお弁当箱を返すとき、パウンドケーキもあげた。

 弘樹くんはもちろん喜んでくれて、「食べていい?」ってすぐに食べてくれて、「おいしい」って言ってくれた。

 嬉しいな。

 あたし、初めて焼いたお菓子を弘樹くんにあげることが出来たんだ。

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