第105話 最終話。「花盛りの日々」 次回番外編
晩餐の後、動きやすいパンツルックに着替えを終え、コソコソと公爵邸の廊下を歩く私。
そこへ長身の騎士が声をかけて来た。
「奥様、いえ、王妃様、なんですか、夜なのにその乗馬にでも行きそうな出立ちは?」
「え、エレン卿、私はラヴィ見守り隊員一号としての務めを果たす為に……」
「そして記録の魔道具まで持ち出して、何をされるおつもりで?」
「それはもちろん、好きな人が修行中にもかかわらず、誕生日を忘れずに覚えていてくれて、一瞬でも会いに来てくれた愛の記録を残しておいてあげたくて」
「盗撮はダメですよ」
「いえ、私は別に聖女熱愛報道! とかの写真を新聞に載せる為じゃなくて、二人のロマンチックメモリアルを残しておけば、将来ラヴィが子供とか出来たら、この時お父様はちゃんと会いに来てくれて嬉しかったわ〜とか見せながら思い出に浸れるという……」
「そんな物、勝手に撮られても気まずいと思いますが」
「じゃあこうしましょう! 勝手にではなく、二人の会話が終わった頃を見計らって、よく来たな! 記念撮影してやっから二人とも並べよ! っとフレンドリーに声をかけてから撮影する」
「なんで急に男口調になるんですか? とりあえず私も密かに同行します」
「お前も来るんかい!!」
思わず突っ込んでしまった。
「もちろんお嬢様はまだ未婚の若い女性ですから、何か間違いがあってはいけませんので。
それとお言葉が乱れておりますよ、王妃たる者、もっとお上品に、高貴に」
「私、ツッコミは鋭くするべきだと思っていて」
「そんな言い訳は通用しません」
堅物……。公の場でもないのに。
そんな訳でエレン卿に見つかった私は共に庭に出た。
ターゲットは玄関か外のバルコニーから来ると読んでる。
屋敷の上部付近を注視してる衛兵がいた。
視線をたどると……、
あ! やっぱりロマンス小説のように、バルコニーだわ! 堂々と玄関から来てもいいのにわざわざバルコニーで密会してる!
衛兵にバレバレだけど!!
あれが聖剣を持つ勇者だと分かってる衛兵は空気を読んで、二人を静かに遠巻きに見守っているようだった。
『エレン卿が話しかけるから出遅れたじゃないの……』(小声)
『それはすみませんね』(小声)
私達は植え込みの影に隠れた。
夜だから黒い衣装を着てればあまり目立たないと思って黒い服で潜んでいる。
エレン卿の方は群青色の騎士服を着てる。
バルコニーを下から見上げると、ラヴィはハルトから綺麗な花をもらっていた。
花の下の方は布で丸く包んでいるので、どうやら根っこごと持って来たようだ。
あれが誕生日プレゼントかしら?
でも薔薇のような花とは違う。
何か神秘的な光を放つ花だった。
『あれは霊峰にのみ咲く、聖なる魔力を注げば永遠に枯れない花……と呼ばれるもの……』
『そ、そうなんだ、植物に詳しいのね』
二人はいい雰囲気だった。
あ、ハルトがラヴィのほっぺにチューした!!
娘に恋愛進行度で負けた気がする!!
庭からバルコニーにどうやってか移動したハルトは、何か囁いた後、バルコニーの縁に手をかけ、帰るそぶり、そこへ、
「待った!! いえ、お待ちなさい! ハルト!
せっかく訪ねて来たのに、私に挨拶も無しで帰るおつもり!?」
「あ、お、王妃様、申し訳ありません!!」
「お母様!!」
「せっかく誕生日に駆けつけてくれたようだし、記念撮影と行きましょう、そしてお茶くらいしていきなさい!」
私は体に魔力を漲らせ、大ジャンプで三階にあるバルコニーに着地した。
エレン卿も何故か大ジャンプでついて来た。
三階なのに飛べるのは旦那様から下賜された特殊魔法装備のおかげだろう。
「お母様、こんな夜にその乗馬でも行きそうな格好はなんですか?」
「気にしないで、ほら、二人共並んで、笑顔!!」
私は二人をバルコニーの縁の手前に並べて写真を撮った。
二人共、少し困ったようなはにかんだような表情だった。
ごめんね。でもこれも後でいい思い出になると信じる。
「せっかくですが、お茶は遠慮します、まだ修行の旅の途中なので」
「まあ、慌ただしいわね、ハルトったら、じゃあせめて、これを持っていきなさい。野苺のタルト」
私は魔法陣の描かれた布から布に包まれたタルトを取り出してハルトに持たせた。
「ありがとうございます、王妃様。じゃあ、また!
今度はデビュタントには間に合うように戻って来るから!!」
「元気で! 怪我しないようにね!」
「ああ!!」
慌てて声をかけるラヴィにハルトはそう言ってバルコニーからふわりと飛び降り、何処かに去って行った。
あからさまに不審者だけど、腰にある聖剣が彼の身分を証明している。
数日後。
青の塔の賢者が公爵を訪れた。
そして、自信たっぷりに魔法のタブレットを差し出してくれた。
「王妃様、表計算の術式を組み込んだ魔道具が完成しましたぞい」
「まあ随分と完成が早かったわね! 感謝しますわ、賢者様」
「ほっほ、若い錬金術師も張り切っておりましたので」
「これで宮使え達の仕事も楽になるわ」
お仕事におおいに役に立った!
文官達も泣いて喜んだ。
* *
そして、戴冠式もラヴィの誕生日パーティーも無事に終わったし、以前言っていた鉄道建設予定地の視察デートをアレクシスとした。
木々の緑もその辺に咲いている野花も美しく、愛おしく感じた。
──五月。
私とアレクシスの二度目の結婚式が来た。
離婚もしてないのに二度も結婚式をするのは妙なので、私は貴族の誰も招待していない。
場所は首都でもないアギレイである。
あまり顔を知られていない場所で行う。
私とアレクシスは二人とも両親がいない。
私は死んで異世界行きだし、アレクシスの両親はもう亡くなっている。
本当に娘のラヴィと数人の護衛騎士が見守るだけの式だと思っていた。
でも何故かラヴィのガヴァネスを引き受けてくれたレジーナは、ラヴィから日程を聞いたのか、駆けつけてくれたし、ハルトからはおめでとうございますのメッセージを白い伝書鳩で届けてくれた。
数人の楽師の奏でる祝福の曲が流れて、愛娘のラヴィが美しい花びらを撒く、フラワーガールをしてくれた。
可愛いのでとても似合う。
私は海の側にある小さな教会で白いドレスを着て、アレクシスと新しく誓いを交わした。
「天と地のはざまにて、太陽と月の神の祝福と御加護を与え、お二人を祝福します。
共に永遠に愛することを誓いますか」
と、神父に問いかけられて、「「誓います」」と二人静かに答えた。
「それでは誓いの口付けを」
キスが終わると、いつの間にか集まっていた近所に住む村人達からも拍手を貰った。
「女神様みたいに、とても綺麗な花嫁様ねえ」
「旦那様も素敵、背の高い男前ねえ」
「お二人とも、おめでとうございま〜す!!」
「お幸せに!!」
「ありがとう!!」「ありがとう」
田舎の素朴な人々に祝福の言葉に私とアレクシスもお礼を言った。
「お父様、お母様、本当におめでとうございます」
「次はラヴィの番よ」
「え……あ、ありがとうございます」
私は手に持つブーケを、花が散らないよう、投げもせず、頬を染めたラヴィにそっと手渡した。
教会の鐘が鳴り響き、私は幸せに満ちていた。
「お二人共、お幸せに」
「ありがとう、エレン卿」
いつもの護衛騎士のエレン卿も祝福してくれた。
そのエレン卿の隣に初めて見る綺麗な女性が仲良さげに立っている。
彼の腕をそっと触れているのだ。
「え、エレン卿、恋人がいたの!?」
「私にも婚約者くらいいますよ」
「エレン卿はなんでまだ結婚しないの?」
「世話のやける方の護衛で忙しくて」
「あ、ごめんなさいね」
自己紹介をしてくれた婚約者の方は商家のお嬢さんだった。
貴族ではないからパーティーとかで見なかったのね。
これからしばらくして後、エレン卿の結婚式とラヴィのデビュタントが見れそうね。
今日はアギレイの教会の近くの迎賓館に泊まる。
近い未来にあるだろう素敵イベントに胸を膨らませつつも、今夜は二度目の初夜を迎える。
初夜の定義が崩れる。
いや、そんな事はどうでもいい!!
私は花弁の浮かぶお風呂でメアリーに磨きをかけられてから、セクシーなベビードールと自慢のガーターストッキングを身に着けて、緊張しつつベッドに入る。
いつもと違う天井を眺めながら、ドキドキしつつ夫を待つ。
流石に今度は凍死しかけたりはしないでしょう。
まだ少し髪が濡れたままのアレクシスがバスローブ的姿で部屋に入って来た。
セクシーである。
ベッドに近付いた所で、ベッドサイドにあるバスタオル的な布を手に取って、
私はベッドの端に座ったアレクシスの頭に布を被せてガシガシと拭いた。
「それは少し激しすぎないか?」
私は頭に被せた布を取り払い、アレクシスの乱れた髪を見つめた。
「ふふ、乱れ髪、かわいい」
私はこんな無防備で、髪も乱れたアレクシスの姿を見れて嬉しくなった。
「この私がかわいくなどあるものか」
「そうかしら?」
「そんな事を言うのは、この世界で其方くらいだ、カホ」
そう言ったアレクシスは優しくキスをしてくれた。
熱を孕んだ青い瞳が私を見つめた。
「出来るだけ優しくするつもりだ」
「はい………」
* *
そうして無事に二度目の初夜を終えた。
鳥の囀りも爽やかな朝を迎えたのである。
何しろ前回アレを経験したのは私でなく本物のディアーナだったので、私としては本当に初だった。
二人目は……いつ生まれて来るかなあ? 楽しみに待っていよう。
* *
聖女たるラヴィのデビュタントの日、共に、国名はシュトラールに改められた。
二十歳になればラヴィがシュトラール王国の女王になる。
白いドレスを着た令嬢達の中でも一際美しいのがラヴィだ。
流石ヒロインにして主人公だ。
少し逞しくなって戻って来たハルトに、用意していた燕尾服を着せ、エスコートを任せた。
こちらの世界じゃ15歳で成人だ。
「成人おめでとう、ラヴィ」
「おめでとう、ラヴィアーナ」
「ありがとうございます、お父様、お母様」
この後、国王たるアレクシスのありがたい祝福の言葉の後、ダンスの時間だ。
「さあ、皆、楽しんでちょうだい」
王座にいるアレクシスの隣の王妃の椅子に座したまま、私が手をサッとあげると、ダンス用の曲の前奏が流れた。
最近は剣を取って魔物と戦ってばかりだったハルトも元々は伯爵家の貴族だ、流石にダンスも上手い。
私はハルトとラヴィの華麗なダンスをうっとりと眺める。
各地の魔物狩りで名も無き人々を助けているハルトの名声もよく届いて来ているし、もう大丈夫だろう。
ダメ押しに鉄道の事業も関わってもらえばなおいい。
更に名声が上がる。
それにしても華麗なるダンスパーティーを今は豪華な椅子に座って眺める私ではあるが、中身が平凡な日本人だったので、ここにいるのは場違い感がすごい。
でも、私も色々頑張ったから、だいぶん原作の小説と展開が変わった。
ラスボス化してラヴィの心の傷として永遠に残る事は回避出来たし、旦那様の命も救えたし、本当に良かった。
そしてまた新しく赤ちゃんも授かったし。
* * *
四年後の春。凄まじい速さで鉄道が完成した。魔法の力だよ。
錬金術師やら土魔法の使い手達の頑張りのおかげだ。
旦那様と小さな息子アーサーと、無事婚約したラヴィとハルトも一緒に鉄道に乗って旅をした。
「お母様、すごい速さで景色が流れていきます!」
「これで平民も遠くの親戚や友人にも会いに行きやすくなったでしょう」
「私はあまり長くは城を開けられぬゆえ、短い列車の旅となるが、せいぜい楽しむとしよう」
「今日の行き先はエレン卿のお嫁さんの実家のある地域ですよね」
ハルトの質問に私は膝の上の息子を撫でながら微笑んで答える。
「ええ、そうよ」
新婚のエレン卿は今休みをもらっていて、お嫁さんと一緒に現地で待ってくれている。
今日は違う護衛騎士達が変装をして、そこかしこの車両に紛れている。
物々しい雰囲気にしたくなかった為だ。
私は大きな旅行鞄を持って、列車に乗り込んで窓の外の景色に見惚れている人々の姿を眺めてほのぼのとした気分になった。
軽快に走る列車に乗って、家族と仲良く国内旅行をする。
車窓の景色は花盛り。
愛する人々と共にこれからも、軽やかに幸せに生きていきたい。
この世界で……。
〜 完 〜
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