第26話 アギレイの春と害虫退治。

 凱旋式の衣装を発注してる間に、ようやく私が貰った北部でも雪解けとなった。


 あの地、アギレイにも春が来たのだ。


 鉱山には技師を送った。

 魔獣使いがワームを使って最初に掘り進めて、それから鉱夫が入る。


 住人にも稼げる仕事が出来た。

 鉱夫が集まるなら食料もいるから、鉱山からそう遠くない、とある集落の村長の元へ行き、私は食料問題や畑について話をした。



 * *


 貰った領地、アギレイから戻ると、ラヴィの新しい家庭教師、つまり、ガヴァネスが来ていた。

 また女だ。

 男よりは安心なのかな?


 と、思っていたら、また旦那様に色目を使っていたとメアリーから報告を受けた。


「あの新しい女教師も、旦那様に気があるようです」

「ええ〜〜、またなの?」

「はい、今回は未婚の学者の家の娘なのですが、どうしてこうなるのでしょうか、旦那様が魔性なんでしょうか?」



 また変な女が私のいぬ間に入り込んだ。

 旦那様は冷たい印象だけど、本当に顔はすごくいいし、何しろ公爵だ、金と権力がある。

 擦り寄る人間は多い。


 後でよくよくガヴァネスの素性を調べてみると、前回のクビになったオッパイがでかい、例のガヴァネスの知り合いだった。


 まさか私への嫌がらせで、自分の代わりにまた刺客のように別の女を送り込んで来たの!?


 新しいガヴァネスの名前はアマンダ・バークリーと言うらしい。

 前ガヴァネス、リアリー・オパーズ子爵夫人の刺客!!



 私の居ぬまに、具体的にアマンダが夫にどのようなアプローチをしたのかを、屋敷のメイドに聞いたら、


「雨が酷いから、泊まって行きたいのです。それにまだ屋敷内が広すぎて色々把握できてませんので」


 などと駄々をこねた挙句に、深夜にネグリジェ姿でトイレと間違って公爵の寝室に入って来ていたとか、そんな雑な言い訳があるか!


 公爵の部屋は屋敷で一番いい部屋なのに、その扉も見事な彫刻を施されているのに!

 トイレに見えるはずがない!

 どの扉も豪華で見分けがつかなかったとか言い訳を並べたそうだけど!

 あからさまに黒! わざとだ!


 さて、どうやって追い出すか。


 手袋投げつけて、「決闘をしましょう!」と喧嘩を売る?

 いやいや、ディアーナは強すぎて一方的な殺戮になってしまう。


 アマンダ自身は女だし、直接の戦いは避けて、しぶしぶ決闘を受けても、相手が代理を立てて決闘に来るだろう。


 私は特に恨みもない関係ない人をボコることになってしまう。

 

 では、どうする?

 そもそもディアーナは元悪役令嬢よ、それっぽく考えてみよう……。


 私は目の前の花壇を注視した。

 ほら、庭のお花の葉っぱを食いあらず害虫が、使えそうなバッタがそこにいるわ。

 


「……っく!!」



 私はバッタに手を伸ばしかけて止まる。

 いや、まず素手で虫に触るのは難易度が高い!!

 手袋をしていても辛い!


 せめてトングのような物が……。


「お母様、何をされているのですか?」


 花壇前でプルプル震えてたらラヴィが声をかけて来た。


「害虫がいるのよ、大事なお花の葉っぱを食べて枯らしてしまうの」

「あ! 本当ですね、そこにバッタが」

「虫に触れないのよ、私とした事が」

「お、お母様、私が代わりに!」



 そういうラヴィも手が震え、顔色が青くなっている。



「ラヴィ無理しないで、虫が怖いのでしょう?」


「う、でもお花とお母様を困らせる、この虫は放置できません! 

そ、そうだ、男の子は虫が大好きだって、うさぎ番の人が言ってました!

男の子に応援を頼みましょう!」


「男の子……そうね、その手があったわ」



 孤児院の子を呼んで虫を捕まえる仕事をあげて、パンとおやつと賃金をあげましょう。

 庭師も害虫退治の手伝いがいると助かるでしょうし。


 孤児院の子を呼んで仕事をあげる事にした。

 男の子達は喜んで虫を探して袋に毛虫からバッタから、集めてくれた。


 まず自然にあのガヴァネスを外、庭に呼び出す為、夫を餌に呼びつける。

 夫がいるなら誘惑しに来るはず。

 そして、まんまと、何も知らないガヴァネスが来た。夫のアレクに釣られて。

 今から私が恐怖のるつぼにご案内するわよ。



「まあ、今日は、みすぼらしい平民の子が沢山、庭園に来てますのね?」

「妻が孤児院の子にクッキーやパンを配るのだとか言っていたな」

「まあ、あの公爵夫人が慈善事業ですの?」

「あの、とはどういう意味でしょうか?」



 私は背後の茂みからぬるりと出て来た。



「ま、まあ、公爵夫人、そこにおられたのですか?」

「はっ、ハックション!!」


 私は盛大にくしゃみをし、後手に持っていた紙袋を目の前に持ってきて口を開けて、ガヴァネスの方に思いっきり中身をぶちまけた!!



「ぎゃあああああああっっ!!」



 虫が大量に紙袋から飛び出した!!

 絵面えぐい!!

 これが漫画ならモザイク処理が必要なレベル!!



「まあ、ごめんなさい、くしゃみの拍子に子供達に集めて貰った、美しい花にたかる害虫が!!」


「いやあああ!! 助けて! 毛虫! バッタ! ひいいいいいいっ!」

「あ、ドレスにイモムシが!!」

「取って!! 助けてください!」



 だが、近くにいた夫は虫の直撃を華麗に避け、静観している。

 いや、私をジト目で見ているので、さっきのくしゃみが演技だと分かったみたいだ。


「誰か助けて!! 早く!」


 ガヴァネスは泣きながらアレクの方を向いたが、ため息をついた後に、


「庭師はどこだ?」


 と、言って、軽く周囲を見回しただけだった。


「坊や達! ごめんなさい、くしゃみしたら虫が飛び出てしまったわ、もう一度捕まえてくれるかしら?」

「奥様、あの女の人にくっついている虫を袋に入れたらいいですか?」



 女は一人でプルプルと悶えている。

 ドレスにくっつく虫を振り落としたいけど、バッタが飛ぶのが怖いと見える。



「そうよ」

「でもあの人は貴族では? 近寄っても怒られないでしょうか?」

「助けてって言ってるでしょう!? 早く!!」



 アマンダが叫んだ。



「アマンダ・バークリーは貴族ではなく学者の娘よ。私が許すわ、助けてあげて」

「はい!」



 男の子は素直に虫を回収する。

 私は騒ぎを聞きつけてやって来た騎士に虫入りの袋を押しつけてから言った。


「やれやれ、害虫退治も苦労しますわぁ。美しいものを見つけたら、身の程知らずにも公爵邸の庭にまで、堂々と入り込んで来るのだから」


 私は嫌味ったらしく、ガヴァネス、アマンダの方を向いて言った。


 表向きには、公爵夫人がくしゃみの拍子にうっかり虫をぶちまけただけだ。

 身分的にも、ただの学者の娘が、私を咎める事は出来ない。


 私はさらにこの小娘が、一昨日来やがれ! って視線を投げつけた。



「う、く……」



 女は泣きながら逃げて行った。



「ディアーナ、なんのつもりだ?」



 走り去るアマンダを追いかけるでもなく、冷たく見やってから、夫は私の方に向き直り、再び口を開いた。



「あなたの家庭教師選びは失敗しています。

メイドに聞きましたが、トイレと間違ってあなたの寝室に入って来ていたとか、間違え方があり得ません!

どうも品の無い者をうっかり選んでしまうようですので、相応の対応をしたまでです。

ラヴィの家庭教師、今度は私に選ばせてください」


「……ヤキモチか?」


「まるで私が若い娘にヤキモチを焼いたみたいにおっしゃらないでください!

ラヴィの教育に悪いでしょう! 夫を誘惑するという事は、浮気を誘っているんですから!」

「……家庭教師の件はそこまで言うなら、其方に任せよう」


 夫は何故か笑いながら背を向けて屋敷に戻って行った。


 なんなの!? 

 本当に私がヤキモチ焼いて嫌がらせして追い出したと思ってるの!?



 私が一人でプンスカ怒っていると、ラヴィがやって来た。



「お父様が珍しく笑っておられたのですが、何があったのですか?」

「な、なんでもありません。それより、ラヴィ、あの子供達にクッキーやパンを配るので、手伝ってくれる?」


「はい!!」



 よし、とりあえず意地悪だったけど、誰も殺さず、怪我させずに夫を誘惑する家庭教師を追い返した!


 公爵夫人に睨まれて怯まない小娘なんてそうそういないはず。

 真っ向から敵になるなら、皇后や皇女レベルでないと……。



 ランチの後にまた庭に出た夫が、庭師を呼びつけたのを見つけた。

 私は茂みの裏で聞き耳を立ててみた。



「何故最近になって害虫が増えたのだ?」

「それが、お嬢様が妖精さんが花の蜜を飲みに来るから、あまり農薬を使わないで欲しいとおっしゃいまして」

「妖精なんかいる訳がなかろう」


「ですが、旦那様、実際に薬を貰ったのです。私も半信半疑で腰痛が辛いと妖精ポストに書いて出したらよく効く湿布をくださって」

「どこかの魔法使いのイタズラに決まっている」

「はあ……、それですと随分と優しいイタズラをなさる魔法使い様が近所におられるのですね」


 ……。

 今度はこっそりと害虫避けの魔法をかけないとね。

 

 あ、あのバッタやイモムシがその後、どうなったかって言うと、養魚場のお魚の餌になりました。

 命は無駄にしなかった。合掌。

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