雛禽の空棋 ―꒰ঌℍ𝕚𝕟𝕒𝕕𝕠𝕣𝕚 𝕟𝕠 𝕊𝕠𝕣𝕒𝕘𝕚໒꒱―

鳥兎子

第一羽໒꒱ 黎明への孵化


 拝啓 空知らぬ君へ

 

 私も、君と同じ夢を見たことがあります。

 翼が欲しいかと問われれば、頷きました。

 『空虚』に眠れる君は、どうか墜ちないで。

 

 自分の肌で感じる気流に凍えても

 墜ちる最中、翼を断つことは出来ない。

 血が生きたいと沸騰するのを後悔する前に、

 今すぐ、して下さい。

 

 ――生まれてもいいの?

  

 答えはなかった。殻を割れるのは自分だけだ。心音に眠っていたかったと愚図りたいのに、柔い翼が窮屈で疼く。膝を抱えるのを止めて、卵殻膜の中で目を開けると……ぼんやりとした光がおいで、と誘う。


 拳で何度も思い切り叩いて、殻を割る! 外へ伸ばしたぬめる手を、誰かに掴まれた。熱い体温から伝わる勇気に、は殻を突き破った!


 青白磁せいはくじの卵殻は、黎明の空へ臨む天守閣てんしゅかくで弾ける! 孵化した僕の肢体と、金色を秘めた虎柄の翼を伝うのは何か。ああ、煌めく粘液か。僕の手を引いた、西洋の肩鎧に武道袴纏う男にも……蒸着水晶アクアオーラの翼。


「……誰? 」 


「孵化したてで喋るのか。とは、ますます得体が知れない」

 

 彼の濃藍の髪が靡けば、群青に艷めく。垣間見えた額から、曹灰長石ラブラドライト煌めきシラーを放った。(夢幻を透かす神像か……)と見紛うご尊顔でも、彩雲さいうん睡鳳眼すいほうがんで裸体を流し見するのは失礼じゃない?


「だから、誰って聞いてるんだけど」


「私の駒名は〖ようほう〗、真名は鵬飛ユキトだ。【てき】でも〖みかた〗でも無い、ヌエ」 


「僕の名前はヌエなの? 詳しいなら教えてよ、鵬飛ユキト。駒って何、敵味方って……」


「『ヌエ』は得体知れぬ者の通称だ。空将棋盤からしょうぎばん上の、空を煽り見よ。駒である、わたし達の戦場だ」

 

 

✼•攻〖ようきじ〗•┈☖2三雉┈•【いんきじ】防•✼

   

 朝の陽で燃えかけの黎明の空を切り裂くように、一対の流星が凪いだ海へ墜ちていく。きじの翼は揃いなのに、常磐緑ときわみどり色の総髪ポニーテールの少年と少女は、何故互いへ柳葉刀りゅうようとうを向けるのか! 切り裂き合う金属音が、鼓膜を破るが如くけたたましい!


「この、クソ姉貴が! さっさと【いん】の奴らを『裏切れ』よ!」


「私は、私を生かしてくれた仲間を殺せない。雉明チアキなら、? 姉だからって、情けは要らない。……ごめんね、雛の頃みたいに『一緒』を選べなくって」


「あっそ……また俺を裏切るのか、 雉花チカ


 墜落する 雉花チカの片翼は、すでに折れていた。顔を上げた雉明チアキは鋭い眼光を強め、僅かな隙を見逃さなかった。

 

「俺を選ばないなら、殺すだけだ。最期まで……ウザってぇ、約束破りのお節介焼きをな! 」

 

 咆哮した少年は、柳葉刀で少女の胸を斬り裂く! 雉明チアキは、もう姉を追うことなく滞空飛行ホバリングで見下ろした。雉明チアキと揃いに髪を結った、 雉花チカの組紐は解けて、上昇気流に飛ばされる。あかい箒星と透明な涙を散らし、海へ墜ちる 雉花チカは苦笑して、瞼を閉ざした。


✼•勝〖ようきじ〗•┈☖2三雉┈•【いんきじ】負•✼

 •┈敗北者:【いんきじ】二者択一後、『死』┈•


  

「あれが私達の戦だ、ヌエ。敗北者が選べるのは、『死』か『裏切り』のみ。愚かな【陰ノ駒】は、生存する為の『裏切り』を選ぼうとしないやつばかりだ。命より、誇りプライドを守りたいらしいな」 


「【いんきじ】の彼女が勝利していたら……どうなっていたの? 」


「その場合は、この一手が無かった事になる。〖ようきじ〗が配置に戻り、次の攻め手は【陰ノ駒】だ」 


「全然分かんないよ、鵬飛ユキト。ルールじゃない! 何で、こんな……命懸けで戦ってるんだよ! 生き物は、駒なんかじゃ無い! 彼女を救うには、まだ間に合うはずだ! 」

 

 墜ちていく 雉花チカの姿が、誰かの姿にダブって見えた気がした。慈愛の声音に、切迫感で掻き乱された胸を抉られた。海へ墜ちた彼女を救えたら! 翼広げた僕は……初めて、と思った。


「無駄です。孵化したてでは、まだ飛べない。それに、【いんきじ】は自ら『死』を選んだのです。部外者が誇りを穢してはいけないし……もう遅すぎる」


 僕の肩に着物を掛けたのは、淡い憐憫に睫毛を伏せた鷹翼たかつばさの優男。赤白橡あかしろつるばみ色の柔い短髪エアリーショートがそよぐ。


「やってみなくちゃ分からない! 」

 

「現実を見ろ、ヌエ。海へ消えた敗北者より、戦禍に孵化した自分の身を案じたらどうだ。……


 鵬飛ユキトが黎明の空を緋色の羽扇で示せば、応えるように夜明けの星が閃光を放った! 誰かの幼子が、欲しいと母に願った『白銀の流星』は降ってくる。

 

 

✼•攻【いんつる】•┈☗5六鶴┈•〖ようたか〗防•✼


 〖陽ノ天守閣〗へ舞い降りた流星は……鳥打ちベレー帽被る、白銀の長髪の女だった。僕の後ろで溜め息をついた鷹男を、彼女は雪羽の睫毛を透かした柘榴石ガーネットの三白眼で睨む。広げられた白鶴の翼に仕込まれた暗器は、彼女の硬質な羽のよう。


御命おいのち頂戴させていただきます、誉鷹シゲタカ


羅鶴ラカクも懲りないですね。【いんきじ】の弔いに、浸っては如何ですか? 」


 二閃の気魄きはくが僕の頬を掠めて、背後を狙う! 羅鶴ラカクの両手の内の峨嵋刺がびしは、軽薄に微笑する誉鷹シゲタカ太刀たちと拮抗し打ち震え、僕は息を呑む。


台詞セリフ違いでは? 私の雛を殺した誉鷹あなたを葬ることが、仲間達への弔いになる」

 

鵬飛ユキトが命じないかぎり、俺は死ねない。貴方を娘の居るそらへ送らない慈悲を、受け入れてはくれませんか? 」


「偽るな! 誉鷹あなたに慈悲があったなら、愛鶴アズは死ななかった!」


 羅鶴ラカク後宙バックステップし、翼から編み目の軌道で苦無クナイの流星群を放つ! 眼前に迫る銀の凶器にまなこが凍りつけば、僕の膝裏は蹴られていた。頭上を通り過ぎる刃の斬撃が苦無クナイを弾き返した、刹那の鏡に映るは……苦痛帯びた誉鷹シゲタカかんばせ。 

 

 誉鷹シゲタカが返礼した苦無クナイ達は、 項垂れた羅鶴ラカクを一切傷つけることなく柱へ拘束していた。


✼•負【いんつる】•┈☗4五鶴┈•〖ようたか〗勝•✼

 •┈敗北者:【いんつる】、『一手無効』┈•


 

羅鶴ラカクは、俺には勝てません。ルール違反はおれ達には不可能なのですから、帰って下さい」


 敗北したはずの羅鶴ラカクは、苦無クナイ誉鷹シゲタカに解かれても、天守閣から飛び去らない。

 

「ならば答えて。何故、見かけぬとりが居るのですか。駒名は? 」

 

 羅鶴ラカクの眼光に晒されたは、誰も答えぬ緊迫感に羽織った着物を握りしめた。そんなの、僕が一番知りたい……。


「やはり ……〖陽ノ駒あなたたち〗は、無くなったを知っているのですね」 


 羅鶴ラカクが胸元から取り出したのは、新たな苦無クナイ! ハッとした誉鷹シゲタカは、彼女を峰打ちにし気絶させた。


「全く……肝を冷やしましたよ」


羅鶴ラカクは大丈夫なの……? 」


ヌエが気にする必要は無い。敗北者の彼女が起きれば、【陰ノ地】へ退却せざるを得ない」


 決闘の終結を見届けた鵬飛ユキトは、疑念燻る僕を見下ろす。


「答えて、鵬飛ユキト。『僕』は何?」


ヌエは【陰】との戦いで得た、戦利品の卵から生まれたとりだ。私と同じ『王の器』がある。……それ以上は分からない。ほうでも無ければ、【陰】でも〖陽〗でも無い、無名の駒。一体何を支配するのか……ヌエの方が知っているのではないか? 」


「『支配』?『王の器』? そんなの知らないよ。……誰かの声を、卵の中で聞いていたような気がするけれど」


 鵬飛ユキトは、捉えられた僕の心臓がキュッと痛むくらい、彩雲さいうん睡鳳眼すいほうがん鋭光えいこうを宿してみせた。……彼は目で語るタイプらしい。

 

「それは、誰だ」

 

「分かんない……けど、女の人の声だった気がする。優しい慈愛と垂教すいきょうで、僕を導いてくれたのかも」 


「恐らく、彼女は……」


 鵬飛ユキトはそれ以上を語ること無く、身を翻す。


「来い。私の知る彼女を教えてやろう」


 慌てて着いて行こうとした僕は、羽織った着物の裾を踏んづけて、ペシリと突っ伏してしまう! ……鼻頭がイタイ、非常に間抜けだ。


「……まだ雛だったな」

  

 笑われるかと思ったのに……(実際に誉鷹シゲタカはクスクスと笑っている)……鵬飛ユキトは、ただ手を伸ばしてくれた。縋った僕は嬉しくって、ニコリと微笑を返す。助けて貰ったら『お礼』をしなくっちゃ。

 

「ありがと。優しいんだね」


 鵬飛ユキトは、少しだけ目を見張った気がした。


「……気にする事は無い。行き場の無い雛禽を守るのは、王の役目だ」


 僕が孵化出来たのは、鵬飛ユキトの体温から伝わった勇気のおかげだ。少しだけ不安になって、振り返ったけど……横たわる羅鶴ラカクはまだ気絶していた。きっと彼女は、もうすぐ飛び立つはずだ。


 雛禽ひなどりの僕がまだ飛べない、明けゆく蒼穹へ。

 

 

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