私の青いカラス
咲蘭さくら
第1話 六月 出会い(encounter) 1
四月に入学した女子校の生活にも慣れた六月のある日、学校から帰宅した
「何で、家の庭にオートバイがあるんだろう?」
蒼乃は首をかしげながらも、とりあえず通学に使っている自転車から降りると、
蒼乃はバイクに関して何も知らない素人だが、それでもその
だがそうなると、なんでそんな物が家の庭に置いてあるのかが不明だ。
「まぁ、私には関係ないか……」
蒼乃はそう口に中でつぶやくと、バイクに背を向けた。そもそも蒼乃は免許を持ってないし、今後も取る予定はないのだから、興味が引かれることもない。
蒼乃は自転車の
「ただいまー」
そう言って中に入ると玄関に客の靴はなく、あったのは母親の物だ。母親がこの時間にいるのは珍しい。何かパート先でヘマでもしたのだろうか。
蒼乃の母親がパートに行き始めたのは今年の春からなので、いくら何でもそろそろ戦力になっていてもいいはずだ。
蒼乃は靴を揃えて家に入ると、
「母さん、ただいま」
キッチンに入るなり声をかけると、
「おかえりなさい、蒼ちゃん」
いつもとかわらぬ穏やかな声。だが学校から帰った自分に背を向けたままだ。
蒼乃は
多分それは自分のせいなのだろう。蒼乃は小さなため息とともに首を振った。
今年の冬、兄の
兄とは一回り以上年が離れていたし、兄自身蒼乃が小学生に上がる頃には、受かった地方の大学に通うために家を
蒼乃の思うところ、決して強い繋がりを感じる関係ではなかったはずだが、その直後の高校受験に蒼乃は失敗した。
そしてその事実に一番ショックを受けたのが、おそらく両親だ。ただでさえ息子を亡くした上、娘の受験失敗。両親からすれば兄の死で、蒼乃が実力を
蒼乃が両親との間に、何か
もしかしたら本来行くはずの高校とは違う高校へ行っている娘の姿を、あまり見たくないのかもしれない。だからそれまで専業主婦だった母親が、蒼乃の高校進学と同時に急にパートに出るようになった。蒼乃は、そんなことも考えていた。
蒼乃はとりあえず
「母さん、庭のオートバイ、どうしたの?」
「
「兄さんの? 兄さんオートバイ乗ってたの?」
意外な答えに思わず蒼乃は聞き返す。これまで兄が
「母さんも知らなかったわ」母親は変わらず蒼乃に背を向けたまま、不満そうに言った。「どうも向こうで乗ってたらしいけど、友人に貸していたらしいわね。
「置いて行かれても、うちじゃ誰も乗らないんじゃないの?」
「母さんもそれを話して、持って帰ってもらおうと思ったんだけど、税金とか保険とかいろいろ問題があるんですって。それに
貸し主がいるならともかく、その貸した人間がこの世にいない以上、バイクを借りたと言うことを証明することは簡単ではない。誰だってそんな面倒ごとに巻き込まれる可能性のあるバイクに乗るのはゴメンだろう。
「そうすると、私らが処分しなくてはならないってこと?」
蒼乃の問いに母親は無言で
はっきり言ってこんなこと、母親はもちろん父親だってやりたがらないだろう。結果あのバイクは、野ざらしのまま庭のオブジェと化す線が濃厚だ。
だがそれはあまりにも
きちんと保管するか、できないのであれば、きちんと
蒼乃は
蒼乃の家は父親の趣味の日本家屋風建築なため、ほとんど
蒼乃はその縁側からサンダルを履いて庭に出ると、置かれているバイクに近づいた。
蒼乃の
バイク外装の形状もそうだが、そのカラーリングからして、いかにも速そうに見える。
バイクの車体の左から一本。そして右側の同じ位置にもう一本レバーがあり、さらに折りたたみ式のレバーもあるが、これは何のためのレバーだろう?
位置的に言って足で操作するのは確かなようだが、これまでバイクに興味を持っていなかった蒼乃には、どのように使われる物か分からない。
シルバーグレーのフレームに包み込まれた
「そう言えばホンダは、自動車だけでなくオートバイも作っていたんだっけ」
蒼乃は座り込んでむき出しのエンジンを眺めながら一人つぶやくが、正確な生産の順序で言えば、ホンダは自動車よりもバイクの方が先だ。
ホンダの創業者の
蒼乃はしばらくエンジン周りを
「やっぱりパソコンとは全然違う……」
現在の蒼乃の趣味はパソコンだ。それもソフトウェアではなく、壊れていたり古くなって捨てられたパソコン本体をちょこちょこいじって、改造したり修理したりする、いわゆるジャンカーと言う奴だ。ちなみに高校入学のお祝いとしてパソコンをプレゼントされた際も、
そう言った意味では蒼乃自身、初めて間近で見る
「多分この前にあるのが
パソコンも発熱を抑えるために水を用いる冷却方式も最近は増え始め、そのためのキットも安く手に入るようになったが、それでもネックになるのが整備性だ。電化製品のパソコンの場合、水漏れを起こせばそれで一巻の終わりだ。そのため水回りには気を遣う。そう言った意味では、
「ねぇ、蒼ちゃん……」
バイクの
「なに?」
顔を合わせるのはともかく、こうして視線を合わせて話すのはいつ以来ぶりだろう。
そんなことをぼんやりと思う蒼乃に、母親は言った。
「このオートバイの処分、蒼ちゃんに任せていいかしら?」
一瞬母親の言った意味が分からず、蒼乃は首をかしげた。
「処分って、
母親は何も言わない。言わないが、表情が蒼乃の指摘を
「処分って言っても、業者に引き取ってもらうしかないんじゃないの?」
「その業者について、蒼ちゃんに調べて欲しいのよ。蒼ちゃんそう言うの得意でしょ?」
母親はどうやら蒼乃に
そのことを説明しても無駄だろうな。蒼乃はわずかにため息をつくと、軽く両手を挙げる。
「かまわないけど、
「お金が必要なら、それは私達が出します。もし売れるようなら、それは蒼ちゃんの物にしていいから。お願いね」
母親は一方的にそう告げると、決まり悪そうに蒼乃の前から足早に消える。
それを見ながら蒼乃は、小さくつぶやいた。
「ラッキー、もしかして臨時収入が見込めるかも」
ここでまとまったお金が転がり込めば、パソコンのモニターを高解像度の4Kに買い替えることができるもしれない。そうすれば高性能のグラフィックボードにも夢が膨らむ。
今使ってるグラフィックボードは、
蒼乃は振り返ると自分の両手を、そっとバイクのハンドルに置き、グリップを握ってみる。
「兄さんの乗っていたオートバイか……」
もしかしたら、妹の自分よりもこのオートバイの方が遙かに兄と
蒼乃は左のクラッチレバーと右のブレーキレバーを交互に握ってみながら、そんなことを思った。
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