全部解決する方法
瘴気にも種類があって、いくつかのそれを混ぜ合わせることによって生成されるモンスターが変わる。
スライム系が強く出る調合もあれば、ゾンビ系に特化した組み合わせもある。
そのレシピは運営から渡されていて、ダンジョン管理人は日夜その調合に頭を悩ませている。
スライムで統一してしまえば冒険者はスライム特効の装備で固めてくるし、あまり種類を散らしすぎても今度は強いモンスターが生成できず蹴散らされるだけの烏合の衆が出来上がってしまう。
そのダンジョンをどう運営していきたいのか、どういった特色でどういった冒険者を潰したいのか、その方向性が定まっていないといつ攻略されるかわからない不安定なダンジョンが出来上がる。
かといって、強力なモンスターばかり無理矢理に生成していては、冒険者が死にすぎて街が寂れる。
逆にその難易度によって、名声を望んだ高ランクの冒険者を呼び寄せてしまう可能性もある。
だから、多少の出費を覚悟して、価値のあるアイテムを購入しダンジョンに転送する。
その周辺の瘴気濃度だけ上げておき、あとは成り行きに任せる、というのもオーソドックスな手ではある。
細部に拘りすぎても、たったひとつのイレギュラーで壊れるだけの脆い設計にしかならない。
大事なのは骨組みであって、致命傷をどこに設定するかだ。
この都市を訪れるS級冒険者、『黒剣のジャルム』は、ダンジョンの宝に興味を示さない。
この都市のダンジョンを攻略しようとしているのも、かつて新人だった頃に攻略し損ねていて気持ちが悪いから、ということらしい。
すでに王属剣士であるジャルムにとって、たかだかこんな地方都市のダンジョンに眠る宝など興味も湧かないのだろう。アイリからの賄賂も蹴った男だ。
だから、貴重なアイテムで欲を釣り、そこを討つという手は使えない。
だったら、俺が手持ちの瘴気で作れる中で、最強のモンスターをぶつけるか。
支給されている瘴気の種類、その密度帯で作れるのは最高難易度のダンジョンに生息するカースドラゴン、そのレプリカがせいぜい。
それでもAランクのパーティなら全滅か撤退を強いることができる。俺自身になんの戦闘力もなくても、瘴気さえあれば経験豊富な冒険者でさえ始末できる。
だが、そのジャルムとかいう冒険者は、本物のカースドラゴンの討伐経験者らしい。しかもソロで。
レプリカでどうこうできる相手じゃない。
ダンジョンに配置する魔物の種類や構成をどういじっても、手傷を負わせたジャルムを偽カースドラゴンで討ち取る構図は見えなかった。そもそもカースドラゴンを作った時点で、俺の手持ちの瘴気はほとんど空になる。囮のゴールドスライムすら作れない。
これがパーティなら、同士討ちさせることも検討できた。だが、ジャルムは誰とも組まない。
『誰にも頼らず、ただ自分が強くなればいい。それで全部解決する』
俺は顔も知らないジャルムの、そんなせせら笑いが聞こえるような気がした。
気持ちはわかる気がする。
他人と上手く連携できないなら、自分がどこまでも強くなるしかない。
それができなければ野垂れ死ぬまで。ほかに道はない。
選択肢などないのだ。
俺は凝り固まった首をぐるりと回して、操作鍵を叩いた。
今、ダンジョンを探索中の冒険者はBランクパーティが一組、Cランクが四組、Dランクが三組。
その中で、出来れば生かしておこうと贔屓にしているパーティがいた。
俺はそいつらの周辺の瘴気濃度を上げ、経験値は高いが行動が単純で討伐しやすいモンスターの出現率を上げた。アイテムもいくつか転送しておく。
宝箱の中のアイテムは瘴気によって自動生成されるものも確かにあるが、ほとんどは運営側の仕込みでしかない。
冒険者が死ぬ度に葬式で教会が儲かる。
ダンジョンで死者が出た場合、教会はダンジョンの運営組織に献上金を上納することになっている。
その金はもともと、自分が死んだ場合の後始末の保険をかけている冒険者たちの金だ。
死ねばそれで終わりさといくら本人が嘯きはしても、それで周囲の迷惑はお構いなしってことかいと言われれば居心地も悪い。
葬式を挙げて欲しいかどうかはともかく、そういった保険に入って養分になっておくことが、冒険者の礼儀として浸透している習慣だった。
ダンジョン管理人の中には、いわゆる『推し』を作るやつもいる。
好きな冒険者が順調に冒険できるようにダンジョンを操作し、気に入らない冒険者にはいきなり重量級のモンスターをぶつける。
お気に入りのパーティのランクが上がるたびに祝杯を挙げたり焼き菓子を焼いたり。
だが、俺はそういう趣味で冒険者の生き死にを選り好みしているわけじゃない。
才能の無いやつは、この世界では死ぬ。
だが、ダンジョン管理人ならば、そんな冒険者を補助して育成できる。
この世界は地獄だ。
だから、こんな世界に簡単に殺されてしまうような、才能のない冒険者を見ると、何かせずにはいられない。
そいつらがあっという間に死ぬなんて、なんのドラマにもならないから。
俺が今、育てている女剣士は、レベル18にもなって使えるスキルは『二連斬』しかない。
だが、魔法の才能は絶無であり転職はできず、冒険者をやめて故郷に帰ろうにも、生まれた街では父親が貴族から金と物資を横領した罪で追放されており、まともなカタギの仕事につける見込みもないらしい。
一度だけ、酒場で顔を見たことがある。
自分がどこにいけばいいのか、何をすればいいのか。
何もかもわからないまま、仲間の魔法使いの男(二人組のパーティだった)に「役立たず」と罵倒されながらも、安い酒をただ飲むしかない。
心が抜けたというより、そんなものはすでに粉々に砕かれてしまっていて、その破片を自分自身で呆然と見つめているような顔。
向いていないならやめろ、そう人は簡単に言う。
それでもその女は、剣士でいるしかないのだ。
俺のように。アイリのように。
ジャルムのように。
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