粘り粘りて

花里 悠太

1杯目 謝れない同僚と納豆ご飯(1/3)

 日も傾きかけた夕方、時間は午後17時。


 今日の夜ご飯はどうしようかな、とか考えながら社内のチャットやメールチェックをしているそんな穏やかな夕方。

リモートワークが次第に浸透してきていることもあり、オフィスエリアの人はまばらだ。

ちょっと、腕を組んでストレッチをしてみるくらい静かな午後である。


 私、水戸夏海みと なつみはITエンジニアだ。

その中でもインフラ運用というカテゴリに属するエンジニア。

ITというのがホワイトカラーの代名詞だった時代もあったそうだけど。

実態は完全な肉体労働者なのだ。


 その中でも運用エンジニアは、よく言えば縁の下の力持ちだが、完全な裏方稼業だ。

計画的な深夜作業なんてのはまだ良い方で、トラブル連絡で夜中叩き起こされるなんてのもザラにあるし。

動いていれば当たり前、動かなかったら文句を言われる減点方式な日常でかなりしんどい。


 大学卒業して、この会社OKMC、正式名称Operation Knowledge Management Companyに入社。

企業のITシステム運用を代行する会社に入社、転職する気力もなくダラダラと働いて早8年になる。

もう中堅どころかベテランと呼ばれてもおかしくない年次だ。


 給料の上がり幅は悪くて対して稼げないけど。

独り身の私が、趣味と生活をするくらいには稼げてるから問題はない。


 ない。

絶対にだ。


 さておいて、今日はメールやチャットの流量が控えめに感じている。

普段ならもっと日中帯でも何かしら動きがあるもので、もっと忙しいのだけど平……

っと、危ない。

この手の職業でやってはいけないことをするところだった。

なにしろ、トラブルってやつは言霊とかフラグっていうのが大好きなのよ、私の経験上。


「今日は平和っすねー」

「バカ!」

「え?」


 私の注意を見事に踏み越えて、大きくフラグな独り言を呟いたのは同じ部署の友部翔ともべ しょう

中途で入社して同じ部署に配属されてから半年程度。

私よりも3、4歳年下で、多少マイペースなところはあるが仕事はできる。

なんと言っても、仕事を辞めてないだけで評価できる。


「友部君、いつも言ってるでしょう。運用に携わる以上絶対その言葉だけは発しちゃいけないのよ」

「あー、水戸さんすみません。ここ配属されてからこんだけトラブルがないことなかったじゃないですか。珍しくて」

「あんた、ワザとなの? 戦場フラグ立てて死にたいの?」

「これもダメなんすか!?」

「心の中ですら思っちゃダメなレベルよ! 束の間の平穏を守りたかったらね!」

「水戸さん、それはNGじゃないんすか……?」

「あ」


 そのやりとりを行った直後、狙い澄ましたかのようにスマートフォンに着信が入る。同時に友部もチャットとメールを確認して何か見たようで顔を引き攣らせる。


 やらかした

 気づいた時には

 時おそし


 心の中で一句読みつつ、受電。


『こちらOKMC監視システムです。丹波興業WEBシステムにて障害が発生しました。詳細についてはサイトからご確認ください。本内容を確認できましたら#ボタンを押し』


 監視システムが垂れ流す音声を最後まで聞かず、#ボタンを押して電話を切る。

障害が起きたと同時に臨戦体制をとってPCを開き、状況把握を開始していた友部に声をかける。

こいつ、やはり仕事はできる。


「丹波興業の障害通知来た。状況は?」

「WEBサイトが落ちてますね。会社のトップページが傷害発生中のメンテナンスページになってます」

「取り急ぎ、サービス停止と現状調査中をお客さんに連絡頼める? 私は原因調査するわ」

「了解っす」


 友部がスマートフォンを手に取り顧客にコールをするのを横目に見ながら、自分のPCで障害切り分け開始。

私の背後では、友部のコールが顧客につながった様子。

友部がスマートフォンにヘコヘコと頭を下げるのを横目に見ながらから障害調査に集中する。


「サーバログインできてっと。……ってあれ? プロセスが停止されてる?」


 独り言を呟きながらシステムのチェックを進めると、すぐに妙なことに気づく。

その様子を見て、顧客に第一報を入れ終わった友部が話しかけてきた。


「めっちゃため息つかれました。心苦しかったっす」

「お疲れ様、ご苦労、ありがとう」

「原因わかりました?」

「うーん、これ誰かがわざと停止したように見えるのよね」

「え、まじですか?」


 首を傾げながら2人で状況調査をしていると、オフィスの奥から1人の男が声を上げながら近づいてきた。

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