第17話 運に恵まれて


 「最近不運な巡り合わせが多いんだ」と古くからの友人であるバントンは喫茶店にて語る。

 そう言った愚痴は今までに散々聞かされて来たが、意気消沈と溜息を絶えず吐く様子にどうやら今回は深刻であると見える。

 聞いて欲しいと態とらしく目線を送る姿に、私は余裕があるじゃないかと思いつつも「言ってみなさいと」と言葉を放つ。

 待ってましたと言わんばかりに口を回すのは、ここ一月における彼の不幸話であった。


 買い物に出れば何かしら物を失くす。彼女には愛想を尽かされ家を出ていかれる。家賃は上がる。階段を踏み外しそうになる。等々私から見れば不注意や本人に由来したもので、運と断じるには程遠い内容だった。

 私は「君の身から出た錆ではないのか?」と忌憚無く投げかけると、彼は返す言葉を詰まらせ「それだけじゃ無い気がするんだよなぁ」と現実が見えていないのか、はたまた彼だけにしか分からない何かがあるのか濁らせていた。

 

 一通り彼の話を聞き終え、そろそろ解散する頃合いだろうと私と彼は店を出た。

 私は呼ばれた側である事から勿論会計は彼の役目だ。他人の金で飲むエスプレッソは特段香り高く感じたよ。

 「相談に乗ってもらって悪かったな」。そう彼の一言に軽く返し、私達は交差点に差し掛かった。


 すると突然に隣の彼から、粘着質な含みを持って水気を弾く音色が響く。

 肩に落ちたそれに私達は目を向けると一目で鳥の排泄物であると気付いた。

 嫌悪感を全面に押し出した叫び声を上げ、立ち止まった彼は急いでハンケチーフを取り出し肩を拭う。


 「確かに運が悪いな」と口に出そうとしたその時、前の交差点を高速で横切る車両が排気の煙を噴き上げて横切ったのだ。

 この交差点は見通しの悪い所で普段なら注意を払わなければならなかったのだが、彼との会話がその警戒を解いてしまっていた。

 このまま進んでいたら……。そう思うと背筋が凍る。


 当の彼と言えば鶏糞を拭うのに必死でその自体に気付いてすらいない。

 私は彼の運が悪いという発言について、あぁそうなのかと納得した。

 意識に入らない何かしらの大きな不運を回避する為の小さな運命の悪戯。私は思わず笑みを溢しながら良い悪いの範疇に無いなと結論付ける。


 ぶつくさと彼は文句を垂れながら、片付いた汚れるハンケチーフをその場に投げ捨てる。

 「やっぱり運が悪い」

 そう言って歩き出した彼に私はこう言葉を返す。

 「それで良いのさ、きっと」

 意味が分からないと彼の滑稽で訝しげな表情。

 きっと私も気付かない所では……。一人確かにその価値を感じたのだった。

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