第35話 アデリーナの源

「アデリーナ、貴女はどちら側につくの」


 目の前にいるブルーから放たれる信じられない言葉。


「ブルー?……私の事がわかるのですか?」


 静かにうなずくブルーの姿に、アデリーナの目からは自然と涙が溢れ出た。今までずっと探してきた、たった一人の親友。そして秘かに恋心を抱いていた相手。聞きたいこと、知りたいことがたくさんあったが、今はぽっかり空いていた胸が満たされたようなそんな気がした。


「わたしは……ずっとあなたに。……あなたに、会いたかった」


 この何も知らない世界で培ったたくさんの経験は確かにアデリーナの胸に大切の思い出として残っていたが、心に空いた空白が埋まるわけではなかった。アデリーナにとっての約200年近くの思い出がたったの5年で埋められるはずがなかった。


「こちら側に来てください、全て説明しますから」


 ブルーが差し出した手のひらにアデリーナもそっと手を伸ばしす。しっかり途中でつかまれたアデリーナは強引にブルーの胸元へと引き寄せられた。うまく態勢がとれず転びそうになるアデリーナをブルーは腰に手を回し優しく抱き寄せる。


 互いの顔はすぐ近くにあるのに兜が視線を遮っている。今までの事がすべて頭から消え、今は目の前のブルーの存在で頭がいっぱいになる。失ったもの、欲しかったものが満たされていくのをアデリーナは感じていた。


 アデリーナは兜を消し、もう一度ブルーの名を呼ぶ。


「ブルー」


 ブルーはアデリーナの体勢を立て直すだけで兜を外す事はない。懐かしいブルーの態度に自然と笑顔がこぼれた。


「アデリーナ、持ってる?」


 そう言って蒼宝石のネックレスを取り出した。アデリーナも慌てて同じネックレスを胸元から取り出す。


「もちろん持っています!あなたから貰った大切な宝物ですから」

「このネックレスがあなたの事を教えてくれたのです」


 ブルーはアデリーナの首元に着けられたネックレスへゆっくり腕を伸ばす。ブルーの手がアデリーナの首に触れる時、赤と白の鎧が目の前の彼女を吹き飛ばした。


 目の前に現れた騎士が先生だとアデリーナは知っている。


「先生!どうしてここに⁉なぜ彼女を攻撃するのですか!」

「ごめんなさい、何も説明できなくて、納得できないかも知れないけど、全て皆のため貴方のためにしていることなの」

「なにがわたしのためですか!先生が私の何を知っているというのですか、たったの五年しか関わっていないのに。私にとっては200年以上そばにいた彼女の言葉の方が信用できます。たとえ先生が相手でも私は一切手を抜くつもりはありません!」


 アデリーナは兜を戻すとヴィットリア先生に刃を向ける。


「おちついて!アデリーナ!」

「落ち着いていられるわけがない!」


 アデリーナは叫び声を剣に乗せヴィットリア先生に切りかかった。何が正解か分からない、何が正しいか分からない、何が真実か分からない、どうしたらいいか分からない。揺れ動かされる感情が、どこにも吐き出せない感情が、怒りとなって溢れ出る。攻撃も、動きもめちゃくちゃになりながら、見失った自分自身を探す。


「どうして彼女を攻撃したのですか!」

「リノ、イヴァンを助けるため」


 アデリーナの攻撃を受け止めるだけで先生からの攻撃は来ない。だが、その質問の答えが胸に刺さる。先生に託された『イヴァンの事……そしてリノの事を頼みます』という言葉がまた頭をよぎる。同時に誰かが記憶を消され青騎士となる人物がいる事を思い出す。大切な記憶を消されるのはつらいが、アデリーナには過去の200年近くのブルー、シルビア様との思い出を否定することなどできなかった。本当に止めるべきなのかもわからない。どうすればいいか分からない。


 アデリーナの剣を振り払ったヴィットリア先生は適度な距離を取りながら斬撃を受け流し代わりに言葉を返してくる。


「アデリーナ。彼女があなたの事を覚えているなんて嘘よ、忘れたの?最下邸で行われているあの悲劇。それをずっと隠してきた、貴女の記憶を消し言う事を聞かせるだけの駒にしていたのよ。その体に流れる炎の魔法があなたを炎の魔女の眷属である証明よ」

「なぜそこまで私にこだわるのですか!」


 アデリーナは感情のまま剣を赤く光らせる。その言葉とともに先生は正面から受け止めた。


「あなたは私自身だからよ!」

「え?」


 予想にもしていなかった言葉に力が抜け変な声が出てしまう。手から力が抜け剣が消失すると同時に、両手を下に垂らし、その場に立ち尽くす。頭の中にあるものを、知っていることを整理しようとするアデリーナだったが、全く頭が回らない。真実を知ったところで今まで命令を従順に守ってきただけのアデリーナにはどうすればいいか何もわからなかった。そんな自由という名の混沌の中にいるアデリーナをヴィットリア先生が優しく抱き寄せ続けた。


「そう、過去の貴女は私。記憶を消される前の貴女が私なの」

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