第33話  再開

「もういいのよ。それよりもお願いがあるの」


 そう言ってサラに何かを伝えるとヴィットリアは真っ直ぐイヴァンの方へ歩く。サラはヴィットリアの背中に深く長い一礼をすると飛び去って行った。


 何とか立ち上がるイヴァンはお互いに歩み寄る。そして目の前で立ち止まる妻が兜を消すと見慣れた顔があらわになった。


 しかし、イヴァンは目の前にいる妻に何を言えばいいか分からなかった。ずっと会いたかった、気持ちを聞きたかったはずなのにいざ目の前にした時、心の中にあるのは罪過だけだった。何年も探し続けたその顔もう一度目に深く焼き付ける事しかできない。


「久しぶりね」

「あ、ああ……」


 沈黙が二人の間に続く。


 話さなければと思うほど何を話していいのか分からない。何かが喉に遣えてうまく言葉が出なかった。


「ごめんなさい隠してて。もしあなたに知られたら貴方はきっと自分を責めるってそう思ったから言えなかった」

「そうだったのか」

「ええ」


 また沈黙が続く。ゆっくりしている暇などないことは分かっていた。それでも言葉が出ない、言おうとするたびに自分には声をかける資格がないと思ってしまう。手を伸ばせば届く距離にいるヴィットリアに触れたい、手をつなぎたい、抱きしめたい。愛していると伝えたい。やり直すチャンスが欲しいと伝えたい。だが、イヴァンからは口が裂けても言えるはずがなかった。


「ごめんなさい、私はもう行かないと。炎の暁のみんなの気持ちを背負っているから」


 去っていくヴィットリアにイヴァンは俯いたまま何も声をかけることができない。急いで顔を上げ振り返るも彼女はもう兜を身に纏っていた。彼女はゆっくりと歩いて行く。


 声をかけることもできなかったイヴァンはその場から一歩も動くことは出来なかった。



  ***



 ラヴァンダ城前、広場。


 城を囲うように広がる幅200メートルの広場。その手前の住宅街から広場を見渡すが人の気配は一切ない。


 城門の方に目を向ければ、城を守る衛兵が4人しかいない。もしかすると『暁の炎』の拠点を落とすことにほとんどの兵力を裂き、城の守りは手薄になっているのもかもしれない。


 アデリーナは誰もいない広場を駆け足で移動する。


 その時。


 目の前の城門のさらに奥、城の中から一人の騎士が現れた。

アデリーナはそれが誰か知っている。


 立ち止まり剣を抜く。相手から感じる圧倒的な威圧に押されアデリーナは唾を飲み込んだ。


 しばらくして、広場の真ん中で停止した青騎士に語り掛けるアデリーナ。


「お久しぶりです、師匠。いいえ。ブルー。貴女は覚えていないかもしれませんが、貴方に勝つために訓練してきました」


 50メートルほど先にいるブルーは何も答えず歩きながら静かに剣を抜く。無口な所も静かな態度もあの時と何も変わっていない。


 少し懐かしい感覚を覚えるアデリーナだが今はリノを連れ戻す重要な役割がある。気持ちを切り替え、目の前の戦闘に集中しなければいけない。


 足先に渾身の魔力を込め、力強く蹴り飛び出した。50メートルもあるブルーへの間合いを一瞬で詰めるアデリーナ。勢いを剣に乗せさらに魔力を込めた赤い剣を両手で命一杯振り下ろす。ブルーは以前の様に片手の水平切りでアデリーナの攻撃を向かい打つ。


パァ——ン!


 爆発にも近い衝撃音が広場に響く。


 均衡はしなかった。


 アデリーナの斬撃がブルーの剣を押しのけ、そのまま後方へと弾き飛ばしす。


 地面を滑るブルーは触れた先から氷を生み出し、自分の勢いを逃がすだけではなく同時にアデリーの追撃に備え氷のとげを飛ばしていく。


「迅風!」


 先生に教えて貰った技で氷のとげを粉砕するアデリーナに閃光の如く突進してくるブルー。赤く光る剣と青く光る剣がぶつかり大きな衝撃派が生まれた。お互いに譲らない鍔迫り合いは均衡を保っていたが両手で押し込むアデリーナに対しブルーは片手だった。


 空いた片手で攻撃される前回の苦い思い出がぶり返すアデリーナは大きな咆哮と同時に自部の内側から炎を燃やす。


「はああああああああああ‼」


 ブルーの剣をはじいたアデリーナはさらに続けて4撃をブルーの鎧に与えてから一旦距離を取る。欲をかいて追撃すれば重い一撃を食うと散々先生との修業で痛い目を見て体で学んだ。


 また向かい合うブルーとアデリーナ。


 アデリーナが攻撃が来ると身構えたその時、ブルーが信じられない言葉を口にした。


「アデリーナ、貴女はどちら側につくの」

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