第23話 ひと時の休息

 とある酒場に勢いよく入る彼女は荷物のようにイヴァンを持ったまま店の中でとある名を叫んだ。


「ジュリオ!」


 イヴァンはその名を聞いて我に返ったように鎧の彼女に下ろすように懇願する。


 痛みに耐えながらなんとか彼女の腕から解放されると、部屋の奥からジュリオが姿を現した。


「なんでお前がこんなところに」


 そう言って睨んでくるジュリオからイヴァンは目を逸らす。


「知り合いなのですか?それよりも彼は、先ほど衛兵に襲われ足にけがをしています。どうにか治療できないでしょうか」


 いつの間にか兜と鎧を外していた彼女は深々とジュリオに向かい頭を下げている。その隣で息子のリノも頭を下げていた。


 彼女の正体は昼過ぎにあった、イヴァンの蹴りを止めたあの女性だった。


 その姿にジュリオは頭を掻きながら戸惑った様子で答えた。


「ああ、分かったわかった。アデリーナ、頼むから俺なんかに頭を下げるのだけは勘弁してくれ」

「いいのですか?ありがとうございます」


 わかりやすく目を輝かせるアデリーナはまた一礼する。ジュリオは複雑な顔をしながらイヴァンのほうを向き手招きをした。


「まずは傷の手当てから始めるから」

「ああ」


 どこかぎこちない二人は肩を組んで部屋の奥へと行く。


「いっとくが応急処置したらすぐに出てってもらうからな」

「ああ、悪い」


 イヴァンは力なく答えた、この先どうしすればいいのか、リノはもう城へ通わせることは出来ない、この国の常識に染まらないでいてくれると考えれば仲間の様に感じてどこか嬉しいが、その分の食事や生活が困難になる。せめて一日に一回ぐらいは温かくおいしいごはんを食べさせてやりたかった。


 消毒薬が傷に染み激痛が走りイヴァンは歯を食いしばる。


「どうして、こんな怪我したんだ」


 そんな問いにイヴァンは事の経緯を素直に答える。少し驚き悩んだ表情をするジュリオだったが慰めの言葉など出るはずがなかった。


「お前がいない間、どれだけヴィットリアがつらい思いしてたと思う。どれだけ寂しい思いをしてたと思う。今感じてる痛みをずっと一人で抱えていたんだ。俺が話を聞こうとしてもかたくなに口を割らなかった。お前に何も言わずに出て行ったのも、きっと彼女なりの気遣いだよ。あの朝、あの瞬間も散々な態度をしていたお前を愛していたんだ。自分がつらくて泣いていたんじゃない、お前を想って泣いていたんだ。……俺が言えるのはここまでだ」


 そう言って包帯を強く結ぶ。最後の痛みがぐっと体に伝わってくる。


「ああ、ありがと」


 イヴァンは静かに席を立ちホールに戻ると、アデリーナの隣で息子が幸せそうにお菓子を口に頬張っていた。


「あの、助けてくれてありがとうございます」

「いえ、自分の使命に従ったまでです」


 アデリーナは慌てた様子で否定し言葉を続ける。


「所ですごくかわいい息子さんですね」


 俺と違って言葉遣いがとても丁寧な所からも育ちの良さが伝わってくるが、どこか早口でおかしなお嬢さんに少し笑いがこみ上げてくる。


「ええ、そーなんすよ」

「パッパ」


 リノがそう言って両手を広げる。恐らく抱っこしてほしいのだ、本当に子供の笑顔は不思議だ。どんなにボロボロでもへとへとでもい、苦しくても、元気を与えてくれる。


「よしよし」


 イヴァンの体の中で眠りに着いた息子を見て二人で笑った。心の底から笑顔になれたのは何年ぶりだろうか。


 それから彼女と少し話した。会話はとても楽しく。アデリーナと言う名前だと教えて貰った。訳あって記憶が飛んでしまってこの世界に独りぼっちだという話だった。どこか自分と似ていてすごく話しやすく楽しかった。


 それから、アデリーナに二階の部屋に案内してもらった。


 部屋は一つしかなく、アデリーナと相室になってしまうが彼女は構わないと言った。ほんとにやさしい。


 部屋の左右に置かれたベットの左側をアデリーナが使い、右側のベットをイヴァンとリノが使わせてもらった。


 疲れていたせいか、イヴァンはあっという間に眠りについてしまった。


 次の日。


 目を覚ます室内でリノが一人遊びアデリーナの姿はなかった。リノはイヴァンが目を覚ましたことに気が付くと、急いで部屋から出ていきジュリオを連れて戻ってくる。


「体調は?」


 バーテンダーの服装で食事を持ってくるジュリオはベットの隣の棚に置く。


「似合ってねーとか言うなよ。それとベットの上に溢したら殺す。あとこの先のこと考えとけよ、いつまでもうちにはおけねーからな」

「ああ、悪いな」


 部屋から出ていくジュリオを見届けてから重い体を起こし食事をとる。足はまだ痛く、動かすのは正直辛い。


 食べ終わったイヴァンは足を引きずりながら食器を下に運ぶと、丁度カウンター席に一人の女性のお客さんが来ていたようで微かに話声が聞こえてくる。


「……アは今日も中庭でアデリーナの練習を見に来てくれてるのね。只でさえ忙しくて体にもがたがき始めてるのに……」


 仕事中に邪魔をしてはいけないと思ったイヴァンは片足を引きずりながら静かに部屋に戻った。


 部屋に戻るとリノがイヴァンの帰りを出迎えると服を引っ張ると窓を指さす。


 どうやら窓の外の景色を見たいようだ。アデリーナもここから見える中庭が綺麗だと言っていた。ただリノの身長では窓から外を見ることができない。そういえば、さっきの話で誰かがアデリーナの練習相手をしているとか言っていた気がした。中庭が少し気になるイヴァンはリノを持ち上げると、窓に近付いて外の景色を見る。そこには少し広めの中庭が広がり綺麗に光が差し込んでいたが誰もいない。ちょうど休憩を取っているのか、それとも今日の練習は終わりなのか分からないが、のんびりと綺麗な青空に広がる雲を見つめた。


 もうそろそろ見飽きただろうと、リノを見ると、なぜか中庭をずっと見つめ手を伸ばす。


「うー」


 そんな意味もない声を上げて中庭をずっと見つめていた。何かいるのだろうかと目を凝らすがそんな事はない。


「また今度な」


 腕が疲れてきたイヴァンはリノを下ろし、ベッドに戻り目をつむる。

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