第21話 アデリーナの誇り

 アデリーナは気持ちを切り替えるために街を散歩する。その町は200年後と何ら変わりなく平穏で平和だった。建物の変化も住民たちの表情もいたって穏やか。表向きには幸せそうな町に見えるが、その裏で苦しんでいる人々の姿をこの人達は知らない。すれ違う人々誰しもが笑顔を受けべ手入るからこそ、幸せそうに暮らしている住民に怒りを感じてしまいそうになる。


 そんな中、何か揉めている姿が目に映った。皆が当たり前に幸せで当たり前に笑顔であるからこそ、揉め事が異様に目立つ。その場に視線を向けると、20過ぎの男性がお金も払わず商品を持ち去っていた。


 アデリーナは代わりに店の人に代金を払ってから急いでその男性を追いかける。


「あなた!」


 大きな声の呼び止めに反応を示さない男にアデリーナが手を伸ばすと振り向きざまにいきなり攻撃を仕掛けてくる。ただ一般人の攻撃だけあって、威力も動きもないその蹴りをアデリーナは掴み、男に説教をした。


 初対面のはずなのに自然と口が動き、偉そうに説教をしてしまったアデリーナは逃げるようにその場を去った。事情も聴いてないのに、一方的に怒ってしまった。それに何でこんな態度を取ってしまったのか分からない。何か胸が熱く、喉がかっとなり、目頭が熱くなる感覚を感じる。


 あの男の表情が忘れられなかった。この世界で一人絶望し寂しさに溢れているあの目が頭に焼き付く。どこか自分に似ている、何も知らないのにもかかわらずそう感じる自分がいた。アデリーナの知らない記憶の中で、彼と知り合いだったのだろうか。


 気分転換のはずが全く気分転換になっていないことに気が付くといつの間にか日が暮れかけていた。


「帰ろう」


 アデリーナは独り言を溢し、来た道を引き返す。そんな時、3人の衛兵とすれ違った。咄嗟に身構えてしまうが、その衛兵はアデリーナに眼もくれず駆けて行く。何か嫌な予感がしたアデリーナは衛兵の後を追いかけた。


 アデリーナは赤いマントで身を隠すと、その内側に鎧を生成し民家の屋根の上へ跳躍する。視界が開けたおかげで、衛兵たちの行動がよく見えた。


 アデリーナは静かに屋根の上を移動し衛兵を追いかけた。


 そして、しばらくすると何者かが衛兵に追いかけられているのを確認することができた。その者は先ほどあった名も知らない男だった。ようく見れば、男の腕の中にまだ幼い子供がいる。それにも関わらず衛兵はお構いなく一般市民へ攻撃を始める。


 ——無抵抗の相手に!それも子供を抱える一般市民に攻撃するなんて‼


 容赦なく投げられる槍にアデリーナの体が勝手に動く。しかし、鞘にかけたその手から剣が引き抜かれることはなかった。


 今のアデリーナに命令をくれる人はいない。ブルーのようにそばで意見をくれる人もいない。この世界で自分だけがいないこうな感覚に捕らわれる。


 そもそも目の前の出来事の経緯をアデリーナは知らない。あの男は盗みを働いていたのだから、子供を誘拐している可能性すらある。むやみやたらに首を突っ込むべきではない。『炎の暁』の皆に迷惑をかける結果を残してしまう可能性すらあるのだ。以前の最下邸の様に。


 ——そうだ。そもそも私は『炎の暁』に入ったわけではない。アリーの騎士だった経緯があって、ともに行動する様になっただけ。そもそもアリーがあんなにも甘いから、幾度となく作戦を失敗させてきたんだ。シルビア様でないとこの世界をまとめることはできない。争いが絶え間なく繰り返されるだけだ。


 最下邸の存在から目を背けるように自分にいい気かせる。


 アデリーナが背を向けて歩き始めた矢先、子供の泣き声が夜の街に響き渡った。しかし、住民たちは誰も様子を見に行こうともせず何事もないように笑顔を浮かべている。


「クソッ!」


 大きな悪態をつき振り返ったアデリーナは兜を生成し、剣を引き抜き駆けだした。


 ——困っている人がいるのに見捨てることなど私にはできない。自分の中にある騎士の誇りがそれを許さない。何のために強くなりたいの!何のために戦うの‼助けたいと思った人を助けるために私は戦う。

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