第14話 最古の騎士

「烈氷」


 中世的な声で静かに私の死刑を宣言する。


 その時だった。


「迅風(シンフウ)!」


 どこからか現れた赤と白を基調とした騎士がアデリーナの前に立ち剣技を叫ぶ。目の前の赤騎士が魔力の籠った赤い輝きを放つ剣で空気を切る。その水平切りがブルーに届くことはなかった。


 しかし、代わりに剣から生み出された風圧がブルーの行動を抑制する。ブルーの動きは次第に鈍くなっていき、正面にいる騎士の1メートル前で完全に制止する。


 アデリーナを助けたその騎士は、他の赤騎士とは明らかに鎧の色も放たれるオーラも違う。ただ微かに自分に近い何かを感じた。


 目の前の騎士は腰を低くするとアデリーナとは比べ物にならない程の魔力を熱として身に纏い剣を構える。


 ——これなら勝てるかもしれない。


 アデリーナにそう思わせる程の魔力が熱となって肌で感じる。


 だが、ブルーはその間にも次の行動に移っていた。未だに風に抗い続けその結果、静止しているブルーが手のひらにその騎士に向け突き出し魔法を囁いた。


「グリージュ・ライア、……アーク・スペア」


 ——この状況で⁉しかも二属性同時詠唱⁉


 二つの属性の魔法を同時に発動させることなど、今のアデリーナにはできない。ましてや、未だに剣に魔力は魔力が流し、あの最強の剣技『烈氷』を発動いようとしている最中などもってのほかだ。


 しかもブルーは相手の剣技で発動を抑制されてしまっている烈氷の発動を諦めようとはしていない。


 ブルーの足元から3つ以上の分厚い氷のとげが謎の騎士の迅風という技で作られた風の防壁を打ち破る。


 守りが消えたと同時に手の平から30センチ程の水砲が勢い良く伸びていく。その間にもブルーは流れるように烈氷への構えに入っていた。


「真轊(シンウン)‼」


 謎の騎士はそのすべてを打ち払うかのように力強い声が聞きなれた技名を口にする。


 時が止まったかのような静寂の中で起こる爆発が視界を白く染める。遅れて届く衝撃波がアデリーナの世界に音と色を蘇らせた。


 周囲の建物は吹き飛び、気が付けばブルーは大通りの向こう側に倒れていた。


「早く行きましょう、時間稼ぎでしかありません」


 そう言って伸ばされる手にアデリーナは戸惑っていると騎士は体へと手を伸ばす。


「ごめんなさい」


 短く言い捨てるとアデリーナをお姫様抱っこしてその場から立ち去った。


 ——どうして私はまたこんな状況に!


 アデリーナは騎士の腕の中でそんな声にならない心の叫び声をあげた。



  ***



 ラべンダーノヨテ聖域国。


 南南東、第12区、商店街大通り外れ。


 ジュリオが営む酒場、ここに来るのはまだ2回目だ。


 カウンター席にアデリーナ、アリー、そしてその隣に先程助けてくれた騎士が並んで座る。


 彼女の名はヴィットリア、『炎の暁』最古の騎士で最強の騎士と言われている。ただいろいろな事情で炎の暁を抜けていたそう。出会ったばかりの私には詳しい事情は聞けない。ただ『炎の暁』最強の騎士というのは、うなずけるだけのものを先ほど目の前で見せられたので疑う余地はなかった。


「綺麗に塞いでおいたから、ばれる心配はないと思うよ。ただしばらく戻れそうにはないね」

「そうですか」


 ヴィットリアが返事をするがアデリーナは何も言えなかった。二人と違い私はまだ付き合いが浅い、それにこんな事態に陥ってしまったのは私のせいなのだから。


「アデリーナ、気にしないで。しばらくここに住めばいいんだよ!」

「っしゃ!」


 カウンターの奥の部屋からそんなジュリオの声がかすかに聞こえて気がする。


「ジュリオ」


 アリーの言葉にそそくさと部屋の奥から姿を現すジュリオに言葉を続ける。


「大丈夫なら、しばらくアデリーナをここに泊まらせてあげてー」

「はい、大丈夫です!」

「じゃあ私たち二人は先に失礼するね、アデリーナはしっかり休んでね~」


 アリーは優しく微笑むと席を立ち、ヴィットリアもそれに続いた。


 アデリーナは自分のボロボロの体を今一度見つめる。


 氷の魔女、炎の魔女。そんなもの一切関係しない自分の力で自分の望むように未来を変える。そう意気込んでいたけれど、私はあまりにも弱い。今回の戦いでそれを痛いほど痛感させられた。私は未熟だからこそもっと強くならなければいけない。


 少なくともあそこで苦しんでいた人を救えるほど。


「ヴィットリアさん」


 気が付けば私は席を立ち、彼女の名を呼んでいた。


 彼女は足を止めると振り返る。兜の内側から見据えるその瞳にアデリーナは深々と頭を下げる。


「無理を承知でお願いします」


 今であったばかりで、何か事情があり忙しそうにしているのも先ほどの炎の魔女との会話で重々理解はできていた。


 それでも騎士としてアデリーナにはかなえたい願いがあった。救いた人々がいた。変えたい未来があった。


「私に剣を教えてください」


 静まり返る酒場。深々と頭を下げるアデリーナのお願いにヴィットリアの返事はない。


 やはり無理だった、そう思い顔を上げようとした時ヴィットリアが声が届いた。


「いいわよ」


 その優しい声に顔を上げると、目の前まで歩いてきたヴィットリアはアデリーナの肩に両手を添える。


「でも、その前に。まずは休みなさい。そしたら私の知る限り、全ての技を教えてあげる。ただこれだけは覚えておいて、その力は私達のために使わなくていいわ。自分のために、自分の信じた者のために使いなさい」


 その言葉はまるで私の気持ちを見透かしているかのようだった。


 何も知らない。心の整理がつかない。炎の魔女へ忠誠を誓いきれていない。この世界のどこにも居場所がない私に、そんな私の決意を後押してくれているような、その言葉だった。

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