第11話 最下邸

 永遠の大地、中央草原。


 赤騎士たちに剣の稽古をつけていたアデリーナは剣を鞘にしまい休憩に入る。数十人の他の赤騎士もアデリーナに一礼するとその場から離れ思い思いにやるべきことをこなす。


 アデリーナも鞘に剣をしまうと同時に身に着けていた鎧と兜全てを消失させる。心地よい風がアデリーナの薄い赤いレースを吹き抜けていき肌をなでる。鎧を身に着けないのは『炎の暁』に敵意がないことの意思表示と、住まわしてもらっている礼儀の意味もあった。


 アデリーナは立ったまま茫然と綺麗な青い空を見つめた。雲一つない快晴。綺麗な青が空一面に広がっている。


 その景色にアデリーナは思い耽る。


 炎の魔女のアリーと話したあの日、アデリーナは炎の暁に入り三日が過ぎた。新参者だからだろうか、皆に注目されていたアデリーナは早々にミヤという一人の赤騎士に目を付けられに決闘を挑まれた。ブルーから教わった剣技のおかげでミヤに勝つことができたが、その中で剣技を買われたアデリーナは気が付けば指南役になっていた。ブルーに教えて貰った剣術が今のアデリーナを支えている。


 剣を打ち合うたびに、安心できる信頼できる親友の消失を思い知る。弟子として追いかけていたアデリーナは今や赤騎士たちの師匠の立場にある。どうしても立場に慣れず気後れしてしまうところがあるアデリーナには今までの様に剣を振ることができなかった。


 鞘にしまわれていた愛剣を抜き空にかざす。ブルーを思い起こす青空に数匹のドラゴンが気持ちよさそうに空中を優雅に飛んでいた。なぜ炎の魔女は氷の魔女を襲うのか。シルビア様は『炎の暁』の攻撃を防ぐことはしても決してこちらから攻めようとはしなかった。いつも決まって攻撃されるのを待つだけで、その理由を教えていただけることはなかった。


「やあ、アデリーナ」


 背中から聞こえるジュリオさんの声にアデリーナは鞘に剣をしまってから振り返り一礼をする。


「こんにちは、ジュリオさん」

「ああ、今日も元気そうだね、天気もいいし……それにいつ見ても君は綺麗だ。女神の様に、美しい……」

「ありがとうございます、日差しも心地よくより一層身が引き締まります。所でどういったご用件でしょうか?」

「あ、ああ。その要件って言うのは、そろそろ城の裏側を見ておいてもいいじゃないかって。数日たって気分も少しは落ち着いたんじゃないかってね、はは……」

「分かりました。その件ですね。それではすぐに支度します、ついでですのでアリーには私から報告しておきます」

「あ。……ああ」


 ジュリオはどこか元気のなさそうな声をアデリーナの背中にかけるがその声が聞こえる事はない。



  ***



 ラベンダーノヨテ西域国、地下水路。


 ジュリオを先頭にアデリーナは2人で地下水路を進む。アリーは手が外せない用事があるらしく後程、合流する手はずになっている。


「先ほど右手に見えた階段をのぼるわけではないのですね」


 以前隠し階段で地下水路に着いた時とは違う方向に歩いていくジュリオにアデリーナは声をかけた。


「ああ、この国の裏側を見せるといったろ。その答えがこの先にあるのさ、まあ見た方が速い」


 ランタンを持って前を歩いているジュリオの方からまたあの鼻を突くような甘い香りが漂ってくる。


 思わず眉をひそめるアデリーナにいう。


「キツイ臭いだよな、でも大丈夫この香り自体に悪性はないから」


 2人はさらに奥に進むと開けた場所に出る。その場は明るい光が灯され天井にひかれた網目状の鉄でできた細い通路が伸びる。下にはたくさんの鉄格子で小分けにされた部屋があるが、使われている様子はない。


「牢獄?」

「ああ、そんなようなものだな」


 そう言って、さらに奥に進むと、何やらがやがやと物音が聞こえ始める。それは次第に大きくなりあのキツイ臭いも強くなっていき、遂にその理由御目の当たりにしアデリーナは思わず両手で口を覆った。


 二十代から四十代の無数の女たちが体を拘束され無理やりに犯されている。声の正体も臭いの理由もこの光景を見れば一目瞭然だった。


「ここにいる人たちはほとんどがここで生まれここで死んでいくんだ。外の世界も何も知らずにな」


 あまりにも非人道的な光景に現実を受け入れられない。私はこれを知らずにいままでずっと生きて……。


「この先が適年齢の過ぎた者たちの生活場所だ」


 ジュリオの言葉で我に返るアデリーナはその先を進んだ。


 開けた場所の床に見たこともない細かな魔法陣が張られ今も青く輝き魔法が発動されている。


「ここでは食欲と性欲と睡眠欲しか保証されていない。だから、皆が性依存症になって、食べる時と寝ている時以外は性欲をただ晴らしている。その性力から魔力を吸い取るのが下に描かれている魔法陣。この魔力で国のエネルギーを賄っているんだ」


 喘ぎ声が鳴り響く地下の世界で、かすかに聞こえるうめき声をアデリーナは聞き逃さなかった。


「この声は?」

「あの先からだが……」


 そう指だけ指して進もうとしないジュリオにアデリーナが早足で向かった。


 近づけば近づくほど聞こえてくるたくさんの絶叫と叫び声に足が竦む。しかし、見ないでいることなどできるはずなかった、今までこの国のために戦ってきたものとして。


 広がる空間にひかれる魔法陣の上で七十過ぎの男女が苦しみながら地面に倒れている。指先や足先など、体の端の方から白くなっている。中には白くなった腕がもげている人もいるが、血は出ていない。


「何なんですかこれは!」


 隣に来たジュリオを問いただすように聞くアデリーナ。


「80を過ぎた人は、女王陛下と同じ場所に行けるという名目でみんなここに連れてこられるんだ。ここでは生力をゆっくりと蝕まれていき体をゆっくりと違う物質へと変えられていく。やがて体は全てあの白い粉へと変わってしまうんだ」


「あの白い粉は」


 アデリーナの言葉にジュリオは事実をただ淡々と述べた。


「食料に変えられる」


 その言葉に嫌な予感がアデリーナの中で思い抱くがジュリオが代わりに代弁した。


「国が支給する支給用のパン。あの原料はあの白い粉、人間なんだよ」


 受け入れがたい真実に一瞬困惑するアデリーナ。しかし、目の前で起こる光景がまぎれもない真実だと言っていた。この国のために、たとえ己の命を犠牲にしたとしても戦い続ける。そんな教えをシルビア様から受けていたアデリーナにとってこれはあまりにも残酷な現実。許せない、許せるはずがなかった。


 知り合いも家族もいない。何も知らない世界に取り残されていたアデリーナの心は『永遠の大地』で心を許すことができずにいた。心のうちに抱いていたその思いをすべて否定された。


 今までたまっていた鬱憤が一気に溢れ出すここにアデリーナの怒りの炎を止められるものは誰もいない。


 アデリーナは一瞬で体に鎧を身に纏うと、鞘に手をかける。


「おい!なにしてるんだ!落ち着け!」


 怒りに支配されたアデリーナの耳にジュリオの警告が届くことはない。


「市民を守る騎士としてこんな悪魔のような状況を目の前にして、何もしないでいられますか!」

「アデリーナ!落ち着いてくれ!ここでこの施設を破壊しても何の解決にもならない。俺たちが地下通路を利用して潜入していることがばれてしまうし!それに上に住む市民たちに罪はない!」

「……」


 隣にいるジュリオの叫び声がアデリーナの心に微かな冷静さを取り戻させる。アデリーナは怒りで震える手で力強く鞘を握った。怒りに負けないよう、抜いてしまいそうな剣を必死に抑えつける。


 しかし、痛みで悶えるたくさんの人々が今も目の前で苦しんでいる。今まで通ってきた部屋でも苦しんでいる人々はたくさんいた。


 魔法機具につながれ永遠に搾取される男性たち、体を固定されただ子供を産む道具にされている女性たち。


 ここで生まれた子供たちは親元を離れ地上で分配される。そんな現状を許せるはずがなかった。


「だめだ!やめろ!」


 勢いよく抜いた剣に烈火の如く怒りの炎を込める。


「ここの真上は氷の魔女の城だ!」

「烈火!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る