どぐう、たべてみた。(再稿)
トサカザムライ
第1話 運命の分岐点
早朝6時。
歯を磨き、身支度を手早く済ませ、家を出る。目的地はもちろん、大学だ。
家を出ると静かな澄んだ空気の中で名も知らぬ鳥の鳴き声が聞こえてきてなんとも気分がいい。早起きをするメリットは、健康でも生活習慣でもなく、車の音や工事の騒音もない時間帯ならではの自然を感じられる所だと思っている。
俺が今住んでいる、ココ熊取町は数十年前までは住宅地よりも田畑が目立つ田舎の町だった。しかし、俺が中学、高校と上がる頃には、住宅地が増加し、地域を囲む大きな山々は削られ巨大なアスレチック施設ができ、人口や地域の収入も増加の一途をたどっている。
2018年にはふるさと納税額が76億円を超え全国9位にまでなったこともあったとか。
幼い頃、家の窓から見えていた緑豊かな景色は、見事に白や黒のコンクリートの塊に変化してしまっていた。この町で生まれ育った身で言うのも抵抗はあるが、若者が寄り付かない所か、持ち味の自然さえ消滅しかけていてこの町の良さが何なのか全くわからない。人々がこの町にお金を落とすのはどういう理由なのだろうか。
かつての地元を懐かしみながら変わりすぎてしまった通学路を進み、駅に向かう。
俺は高校も地元からそう遠くない所だったため、大学に上がるまでこんなに朝早くから通学することがなかった。だから、はじめて登校した日は驚きを隠せなかった。なんと朝の6時台でも電車は連日の満員なのだ。俺は通勤ラッシュを舐めていた。こんなに朝早くから始まるものだとは思っていなかった。せいぜい7時30以降だろうと。しかし、現実は違った。
俺が乗る電車はJR阪和線の快速。降りる駅は天王寺だ。一番乗り込む人が多いのは、鳳(おおとり)以降なのだが、その前の和泉府中の段階でほぼ車内での身動きは取れなくなる。三国ヶ丘や堺ともなれば息をするのもやっとという状態だ。昨年、韓国のハロウィンイベントで人が多すぎて死んでしまう事件があったが、俺もいつそうなってもおかしくないと覚悟だけはしている。
ちなみに俺は乗り物酔いがひどいので、乗り物に乗る際は座らない派だ。
外の風景を見ていると酔いにくいので、よく運転席付近に立っているのだが、風貌も相まって熱心な鉄道オタクだと勘違いされがちだ。しかし俺は、断じて鉄オタなどではない。
運転手の人と目が合うたびに嫌な顔をされるが、あの反応は十中八九、俺のことを厄介なオタクだと認識していると思われる。
時刻は6時40分を過ぎたところだ。駅のホームで電車を待っていると俺の後ろに次々と人が並んでいく。育ちのよさそうな風貌の学生。毛根が定年を迎え、髪が退職寸前のおじさん。
定年まで働いても、報酬が貰えるどころか、チリの一つも残さず消えてゆくであろうおじさんの髪の毛に心の中で別れを告げていると、電車が到着した。ドアが開き、俺を筆頭に一斉に乗り込んだ。
俺は通学中、ヘッドホンを装着し、音楽を聴いている。ジャンルはアニソン。
ここまでの話を聞いていて、なんとなく察した人も少なくないと思うが、俺はアニメオタクである。いや、俺の趣味はこの作品においてはどうでもよかったな。
車内に乗り込むとまず、Apple musicで自作のプレイリストを開き、その中からその時、一番聞きたいプレイリストを再生する。普段は、年単位で選曲した20××年アニソン傑作選というのを再生するのだが、今日に限っては、“少女歌劇☆レヴュースタァライト”のサントラを聴きたい気分だった。
クラシック顔負けの華麗な音を聴きながら、窓の外を眺める。通学には1時間半以上かかり、本来なら参考書を読むなどして、貴重な通学時間を有効活用したいところだが、乗り物酔いがひどく、そうもいかないのがつらい所だ。
列車は、到着予定時刻より5分遅れて天王寺に着いた。ヘッドホン越しだが、乗客に詫びを入れるアナウンスが聞こえた。
俺は急いで改札を出て、近鉄・阿部野橋駅へ向かう。改札を通ると河内長野行きの準急列車が出発しようという所で、車掌がベルのようなものを鳴らし、扉を閉めようとしていた。
大急ぎで走り、なんとか扉が閉まる寸前に乗り込むことができた。
目的地は藤井寺駅だ。そこからバスに乗って大学まで向かう。ちなみに近鉄電車は今年度から、数十円の値上げをしたらしい。通学定期を買っている俺にはさほどの影響も感じないし、言われないと気づかないレベルなのだが、何人かの担当教授が値上げに嘆いていたのは知っている。大学の教授というのは交通機関が数十円値上げした程度で、嘆くほど貧乏なのだろうか。俺の職業観が吹き飛んだ。
通学定期といえば、近鉄バスの通学定期が完全にデジタルに移行し、紙の物が買えなくなったのだ。これを機に、電車の定期もデジタル化していちいち紙に記入して窓口まで行き、購入する手間をなくしてもらいたい。
藤井寺に着く頃には、スタァライトの楽曲も劇場版まで進んでいた。
改札を出て、駅下のバス停に向かうため、階段を降りようとしたときに、階下で少女が倒れているのが見えた。
この地域は、老人が多く、町を見渡せばいたるところに腰がくの字に曲がったご婦人が視認できる。この駅もそういったご老人が多く利用されるのだが、ココの階段は段差が高くなっており、そういった利用者に優しくない。
必然に、階段の途中で躓いて転ぶ人がいるのも日常茶飯事である。足元のおぼつかない少女を見てなごんでいると、少女の前にスーツ姿の男が現れた。男は手元のスマホにご心中で、足元に倒れている少女に気づいていない。
「あぶないっ!!」
男の革靴が少女の小さな身体を襲おうとした瞬間、俺の口が今日初めて言葉を射出した。普段から友人はおろか、家族ともろくに会話を交わさないからだろうか、とっさに出た俺の声は盛大に裏返っていて、某ビジネスくず芸人のような甲高い声であった。しかし俺の叫びも虚しく、男のリーマンシューズは少女の身体を貫いた。
ん?貫いた??
周囲の視線が俺に集中する。俺はその視線に目を合わせない。根っからの陰キャ体質な俺は、集目されるのが苦手なのだ。
男は少女に一瞥もくれない。それどころか、俺以外の周りの人間は、少女に気づいてもいない様子だ。
自分は今まで、幽霊などの類を視認できたことはない。
しかし、階下にいる少女は間違いなく、俺だけに見えている。いや、勘違いだ。そう自分に言い聞かせ、他の者と同様に、何食わぬ顔で階段を降りた。バス停で大学直通バスを待つ。待機中、何度か少女の方に目を移していたが、その間、何人もの人が彼女の身体を貫いていったが、誰も彼女を一瞥もくれなかった。
やはり、彼女は俺にしか見えていないのだ。しかし、なぜ彼女はこんなところでずっと倒れているのだろうか。
少女のことを少し不憫に思ったが、幽霊を助けるほど、俺は心根の優しい人間ではない。
交差点の方から、バスが来るのが見えた頃、ようやく少女が起き上がりどこかに向かって歩き出した。
いや、どこかというか。これ俺の方に向かって来てね? やばい。逃げたい。しかしここで逃げてしまっては俺が彼女を視認できているという事になり、そうなると何をされるか分からない。相手は幽霊だ。決して関わってはいけない。でも、、、やっぱり怖い‼
恐怖に耐えきれず、俺は目を閉じた。これなら相手が幽霊だろうと関係ない。さぁとっとと去るがいい幽霊少女よ。
俺の肩になにかが乗ったのを感じた。この感触はバックなどではない。間違いなく人の手だ。しかも相当小さい。
正月にあった親戚の子供を彷彿とさせるその柔らかく艶やかな手の感触に俺は確信した。
俺の上にあの少女が乗っている。
いやいやいや嘘だろ。なんで?
なんで俺の肩に乗ってるの??
なんで!?!?
心臓の鼓動が激しくなるのが分かった。この動揺を悟られてはなるまいと、必死に落ち着かせるが一向に落ち着けない。
当然だろ!幽霊だぞ!!
ゆ!う!れ!い!
これまで幾多の人間に恐怖を与え続け、多くの家庭で子供のいたずら防止剤などに使われる幽霊。
そんな空想上の化け物が今自分の肩の上に乗っているのだから、落ち着けるわけがない。俺は今、人生で一番頭を働かせていた。
「××〇〇***」
耳元で誰かが話している。俺はヘッドホンをしているため当然に聞こえない。しかし、次の瞬間、ヘッドホンが耳から離れ、耳に清々しい夏風を感じた。そして
「お主、ワシが見えておるのか?」
耳元で聞こえたのは、年齢と声が反比例したかのような可愛げのある声だった。
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