第5話 蛇が動く

「あら、うっかりしておりましたわ。

 航平様とフレンド登録を……。

 いえ、真実を知ればこの鏡の世界には戻られませんでしょうし、現実で仲を深めるが吉でしょうか?」


 コウがログアウト手続きを始めた頃。

 カフェに残されたリン.ドウは、今後の方針を思案する。

 そこへ、


「失礼します。

 お客様、少々お時間を頂けますか?」


 カフェ店員NPC、プログラム制御で動く人形がやって来る。

 店員NPCにはあり得ない不機嫌な顔で、客が滞在している最中の個室へやって来ると言うあり得ない行動だが、


「どうぞ?

 どうせ、直ぐ来ると思っていましたわ」


 予想していたリン.ドウは平然と返す。


「失礼します。

 自己紹介は必要でしょうか?」

「結構よ。

 どうせ、羽黒はぐろの分家の分家クラスでしょ?」


 覚える気もないわ! と言わんばかりの態度だが、彼女にはそれが許されるだけの格がある。


「では、単刀直入に。

 上からの警告です。

 "八神に近付くな"」

「本当に直球ね。

 けど、誤魔化しはいけないわ。

 上じゃなくて、羽黒の一部による警告でしょ?」


 不敵に笑うリン.ドウ。

 そこに先ほどまでの少女の雰囲気はない。


「……同じことです」

「下っ端相手ならともかく、私相手に通じない話よ。

 確かに八神航平様は羽黒真幸様の御子息。

 だけど、真幸様が斗真様に嫁ぐ際に、羽黒家の意向から距離を置くと言う条件で、他の家を説得したのも事実。

 だから、誤解を生む言い回しはしないように」

「……」


 懇切丁寧に説明され、リン.ドウと言う少女のアバターを使う女性の本体が、勇み足に出た小者ではないと理解させられたカフェ店員は、沈黙を返すしかない。

 どれだけ分が悪くとも、あっさり引くわけにはいかないのが、社会人の辛いところだ。


「大体、本当に上からの警告なら、今みたいな迂遠な真似はしないでしょ?

 アカウント接続を切っても良いし、ガーディアンを派遣しても良い。

 わざわざ、NPC乗っ取って警告って時点で、上層部の関与はないわね?」

「! 失礼いたしました!

 こちら、当店の割引チケットになります。

 お詫びにお受取りください」


 図星を指されたのか、急にNPCらしい反応になるカフェ店員。

 実際、これは位置ログ計測をミスった時のリカバリープログラムである。

 恐らく入り込んでいた者が接続を切ったのだろう。


「……逃げたか」

「お客様?」

「ありがとう。

 貰っておくわ」


 不安そうなNPCからチケットを受け取りながら、羽黒家も一枚岩じゃなさそうね。

 と内心呟くリン.ドウ。

 この情報は、八神家と血縁関係にあると言う圧倒的アドバンテージを持つ羽黒を揺さぶるチャンスかもしれない。


葛森くずもり北嶽きただけにも流しましょ。

 真上まかみは同年代の女の子はいなかったからはずだから放置で……』


 策謀家の狐の家と脳筋気味の鬼の家柄は良いが、律儀でお行儀の良い狼は止めておきたい。

 と言う具合に、羽黒の情報を高く買ってくれそうな家を思案するリン.ドウ。

 もちろん、


『航平様が振られたって情報は秘密……。

 いえ、これも流そうかしら?

 羽黒にも可愛らしい双子がいたはず、航平様とは従姉妹だから、顔見知りになったばかりの私1人じゃ分が悪い』


 こうして、少し仲良くなっただけの少女に、自分の状況を話してしまった航平は、自ら女難を呼び込むことになった。


『けれど、あまりにも自分達に都合が良い。

 航平様が振られた日に、いきなり接触出来るものなのかしら?

 まさか、羽黒の暴走を牽制しようと言う運命の悪戯かしら?』


 ……そこまで思考を進めて苦笑するリン.ドウ。

 今、運命と言うか因果律を調整している存在が誰なのかを考えれば、十分あり得る話だと。

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