リエルさんとオレイン
店長はエマから桶に入った使い魔オレインを受け取った後、諸々の処置を終えて以降にはいつの間にかその姿が確認できなくなっていた。
「リノルとオレインはマスターよりも私の方が一緒に居た時間が長いのよ!」
「それってどういう?」
リエルさんと店長の関係をあたしはイマイチよくわかっていないのよね。
リエルさんがあの脳筋レオのお母さんであるという事実を除けば、の話よ。
そこに使い魔オレインという新たなファクターが加わったのだから、わからないことだらけ、とも言う。
「マスターの使い魔になった順序としては最初にリノル。次にアゲハちゃん。その次がオレイン。その後にアポカリプス、次いでヒルデガルドなの。厳密にはアポカリプスはマスターの子供で、ヒルデガルドに至っては預かりものなのだけど……」
「――えっ、子供!?」
「そこに反応するのね! アポカリプスはマスターの正当な子供よ。とある神様との間に生まれた……正確にはマスターの因子を吸収して生まれた仔だけど、似たようなものだわ。その辺はマスターに訊いてもはぐらかされるから、アポカリプス本人に訊ねた方が手っ取り早いかもしれないわね」
エマやヒルデガルドが勝手に父親と慕っているのとは異なる。実子が存在するという事実に、驚きと共に脱力してしまったあたしがいた。
「ふふ、そう驚くこともないわよ。神様方はそこらに転がっている石ころとでも子供を作れるのよ。マスターや叔父様に叔母様も結構な割合であっち寄りだから、子供を作るとなれば性的な接触なんて必要ないのよ」
「性的な接触って、そんな露骨な……」
「伊織ちゃんもマスターがどういう存在なのかは知ったでしょう? 血も流れなければ、肉も骨ない。ただ虚空が人の形を成しているだけ」
店長は人間ではなかった。
店長が先輩と呼ぶ、お侍様も……恐らくは人間ではない。だけど、人間臭さはある。それは店長も含めた話で……。
今気付いた。リエルさんはあたしに優しく諭しながらも、自己確認をしているように、悲し気な瞳をしていた。
そういえば、嘗てのリエルさんも店長に恋心を抱いていた……ような台詞を吐いていたような。そんなリエルさんも店長の正体や現実を鑑みた後、求婚してきたレオの父親に絆されてしまったのかもしれない。
店長が人間でなくなっていようと関係ない。存在が人間では無くなってしまったかもしれないが、人間としての心が無くなってしまったとは思えない。
あたしは……限りなく少数に等しいかもしれない可能性に掛ける! 店長への恋心を諦めてしまったリエルさんに、どうこう言われたくはない!
あたしが店長への恋心云々を覚悟を決めている間に、リエルさんはオレインが陣取るフライヤーに火を入れていた。
「いいわね、オレイン。揚げ物は完全にあなた任せよ? あとはムニエルだけど、隣のコンロも使えるわよね? あなた、ここで仕事してたこともあるでしょう?」
「ああ、オーブンは任せて。ただ、タイミングはあなたが教えなさいよ?」
「粉は私が付けるわよ! あなたは揚げと焼きの加減を見るの、いいわね?」
フライヤーの内側でぷるぷる震えているオレインに向かって、リエルさんが一方的に要望を伝えていた。
「大丈夫。この子はやれば出来るの! 私が育てたのよ!」
あたしが危ない人を見る目をリエルさんに向けていると、気付いたリエルさんはそう答えた。
「実際にあたしが育てたのよ? 姉さんにはリノルとオレインを育てる作業は向かなかったから私がほぼ十日措きにコアを与える仕事をしてたの。マスターがコアの補充に訪れる十年毎に、五百年くらいね」
「コアですか?」
「えーと、コアの説明をするのは難しいわね。……ああ、うん、あれよ。伊織ちゃんは戦闘訓練で、インスタントコアを用いた泥人形と訓練したことはない?」
「泥の猪と訓練しました」
釘バットを一本だけ渡されて、戦闘訓練を積まされたのはいい思い出だけど。筋肉痛に苛まれた研修は、今思い出してもブラック労働に近いナニカだった。
「マスターが入手した謎の物体を調理前の揚げ物油に落として、偶発的に生まれたのがリノルだと聞いているわ。それがインスタントコアだったというだけの話なのだけど……。インスタントコアというのは地面や水溜まりに放り投げることで、その場凌ぎの盾を産み出す、錬金術の技のひとつらしいのよ。
でも、マスターはリノルを使い捨てにすることができなかった。だから、新たにコアを創造して与え続けた。そしてそれが今のリノルであり、オレインなのよ。
この子たちに必要だったのは新たな思考ルーチンとも言えるプログラムが施されたコア群。でもコアの吸収には時間が掛かる。幾つものコアを吸収させるには、それこそ莫大な時間が必要だった。だから丁度よくマスターと出逢った私たち姉妹が選ばれたの。だというのに、姉さんは早々にリタイヤして私がずっと面倒を看てきたのよ」
うーん?
訓練終了後に店長が毎回握り潰していたのがコアなのかしら?
まだ見ぬリノルさんも、オレインと同等だというリエルさんの言を鑑みるに油で出来たスライム状の何かなのだろう。でも、コアとやらを握り潰していた店長に、そんな悲壮感はなかったように思えたけど。
いずれにしろ、リエルさんがオレインを育てたという事実は変わらないのかもしれない。声を大にして言うことでもないような気が、しないでもないが。
「あ、そうそう」
「どうかしました?」
「この子たち、使い魔だから……」
「だから?」
「マスターと繋がっているのよ!」
「それで?」
「マスターと五感が繋がってるの!」
「それは……重大事ではないですか!?」
要するに。
使い魔オレインが見聞きしたことが、手に取るように店長に伝わってしまうということよね?
エマから使い魔オレインを受け取って、いち早く姿を消した店長が、オレインを通じてこちらを監視しているということなのでしょう?
「だから伊織ちゃん、サボるとバレるわよ」
「いや、あたしはサボったりしませんが……早く言ってくださいよぅ」
「エマちゃんの使い魔は小鳥型で可愛いのに、マスターの使い魔は一癖も二癖もあるのよねぇ」
エマにも使い魔が存在するという事実に驚きながらも、店長の使い魔であるオレインの視界がどういったものかを考えてしまう。何せ、オレインは油なのだ。
フライヤーに収まっている時点で、それ以外は見えないだろうに。
「オレイン、私と伊織ちゃんの賄いよ。今日はマスターが賄い用に白身魚を多めに発注しているわ。あなたの復帰確認も兼ねているのね」
フライヤーから棒状に油が伸び。フライヤーの隣に置いてある油切り用の金網を叩いた。
「フライなんてオレインには簡単すぎるでしょう? だからムニエルにしましょう。ここに粉を叩いた白身魚を用意してあるわ」
リエルさんはわざとらしく勿体付けてフライヤーの横に、薄力粉塗れの白身魚の載るバットを置いた。
オレインが伸ばした油の腕がバットの上の宙空を這うが掴むことはない。次いで、オレインは棒状の先端を人の手のように五指に分け、コンロを指差した。
「はいはい、フライパンね。バター乗せるわよ。火加減は弱火にしてあるわ」
五指に別れた指は「よくやった」とでもいうように親指を立てた。
油のくせに、何て人間臭い動きをするのよ。
リエルさんも返事もないのに、人間を相手にしているかのような返答をしているけれども。本当に、使い魔オレインとリエルさんの間には長く続いただけの関係性が成り立っているようだわ。
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