店長の身体のひみつ




「あのぅ。店長が最初頃みたいに、訓練してくれたりは?」


 頼れる先輩リエルさんは、刀を手にしたまま呆然としたまま役に立たないの。なので、あたし自らが店長へ質問してみた。


「……経過観察中だったアーミルからの撤退が早まった影響で、現在俺が抱えている案件がルゥ族に関するものだけとなった。この機会を逃すのは実に惜しい。いつ何時、新たなお願いが降ってくるか分かったものでもない。それが単発案件なのか、継続的な案件かも不明だが、どうせ何もないなんてことはないだろう。故に、ルゥ族関連の案件を次の段階へと進める好機は逃せないし、逃すつもりもない。その結果、俺はとにかく忙しくなるのは間違いない。

 しかし、この店を閉めるという選択肢もなくてな。先輩が近隣地域に与える影響が過大で、店は継続して営業しなくてはならない。とはいえ、だ。俺が顔を出せない以上は誰かが引き継いでもらう必要がある。ただ、佐藤さんはまだ見習いの見習いに等しいので、リエルに店長代行を務めてもらおうと考えている。

 それでも課題がない訳でもない。

 常連へのアンケートの結果を踏まえると、うちの最大の売りは肉の旨味だという。由って出入り業者から仕入れることは不可能、客が逃げる。やはり別世界から調達する必要に迫られた訳だ。一応、これには幾つか候補地があるにはある。許可も得てはいるがな。

 候補地の一つ。ガダウェルは治安が悪化傾向にある。ある組織が主導して混乱を助長しているのが原因なんだが。その関係上、ガダウェルに出入りするならば対人戦闘に慣れておいた方がいい。まずは心構え、次に技術……だが技術は一朝一夕で身に付くものでもない。だから心構えと、初心者でも可能な護身の類い若しくは組み討ち基礎でも先輩に叩き込んでもらおうと考えた次第だ」


「長話しで論点を逸らしたつもりか?」


「……まったく、これだから先輩は面倒くさい。

 結論から言うと俺が訓練を付けることはできない。壊してしまう。いや、言葉を濁さず言うなら殺してしまう。

 この体は出力調整も何もかもがマニュアル操作でな。一応リミッターのようなものも設定しているが、咄嗟の場合には簡単に外れる。あと、楽しくなってくると勝手に外れてしまう。結果、佐藤さんたちは肉塊どころか肉片も残らないだろう。壊れても時間経過で元に戻る、先輩みたいな相手なら出力を引き上げても問題はない」


「何を言うか、問題しかないわ! お前さんに潰された儂の左肩は、最近ようやく元に戻ったばかりなのだぞ!」


「……それは先輩が脆すぎなんだよ」


「やかましいわ!」


 あたしの質問をきっかけにして、店長とお侍様がまた口論を再開してしまった。店長がお侍様を揶揄っているように見えてしまうのだけどね。


 それにしても……


「マスターの指パッチンは、殴る蹴るを抜きに相手を制するためなのよ」


「……なんでエマも?」


 いつの間にか正気に戻っていたリエルさんと、半泣きのエマが言うのよ。エマのはほとんど独り言だけど。店長が治安の悪化を指摘している以上、ガダウェルで暮らすエマの安全を考慮してのことだと思うのよね。


「ガダウェルは近い内に荒事へと発展する。無くても、俺がそう誘導する。だからエマも含めて訓練しておけ」


「いまいち腑に落ちぬ部分もあるが、まあ良かろう。こやつらの鍛錬に付き合うてやろるのも吝かではない」


「一定の成果が見えるようであれば、第二候補地での狩りも解禁できる」


「まったく、どこに連れ出すつもりであるのか……。これだから神格持ちの使徒は手に負えぬ」


「余計な事、言うんじゃねえ」


「なんだと、この!」


 補足説明をする店長にお侍様が喰って掛かって、またもや言い争いに発展したのよ。それでも、あたしたちが新たに課せられた訓練内容は変わらないのよね。

 今も店長はお侍様と両手を組み合って、双方が蹴りを入れ合っているの。傍から見ている立場だと、子供同士の喧嘩みたい。それも幼い子同士の。


「あれ、止めなくていいんですか?」


「いつものことね。互いに手加減しているもの。放っとけばいいわ」


 あたしには、店長が膝やら回し蹴りを入れる一方、お侍様が防御に徹しているように見えるのだけど。リエルさんは止めなくていいと言う。


「マスターが少しでも本気をだせば、お侍様は今頃肉団子よ。あんなのじゃれているだけよ」


「あのじゃれ合いは放置するとしてもですね。第二候補地というのは、一体どこなのでしょうか?」


「さあ? マスターが出入りする世界のいずれかなのでしょうけど」


「――たぶんだけど冥界だと思うよ。本来なら生者は入れない世界だけど、今はもう一つの世界として確立していると聞く。新居が居候しているのも、その旧冥界だからね」


 今の今まで店長やお侍様の会話に入ることもなく、部屋の入口にある鳥居に身を預けていたオーナーさんが、あたしたちの会話に加わって来た。

 最初こそ驚いたものの、オーナーさんは生前の店長と付き合いのある人物でもあり、お侍様の子孫でもあるのよね。それならばある程度、店長の考えも読めてしまうかもしれないわ。


「先輩といい、お前といい。この一族は余計なことばかり」


「陽太は関係なかろうが!」


「ほらね、大当たりだよ」


 苦虫を嚙み潰したかのような店長の表情を見ればわかる。オーナーさんの推理が的中したのよ。


「おばあちゃん先生の所?」


「……旧冥界のエントランス地域。その手前までの侵入許可は下りている。許可の下りた地域を踏み越えるようなら問答無用で見捨てるがな。エントランス地域は今一番混沌としていている地位で、粛清を免れた監督者やら亜神やらが跳梁跋扈する危険地帯だ。俺もリスクを顧みない阿呆の面倒まで看るつもりはない」


「よもや、ここから繋げるつもりか!?」


「安心しろ、先輩。何も冥府への直通路を築くわけじゃない。繋がるのは冥界の端も端。エントランス地域の外縁。地球圏にまだ地獄が存在しない頃の名残り。当時接続されていた地域に繋がるだけだ」


「ほう」


「エマの質問への答えになるが、先生が住むのはエントランス地域の内部地域だ。知らせてはおくが、たぶん来ないだろう。侵入許可地域は今や、先生の祖母にあたる海神が仕切る地域となっているからな。運が良ければ、俺が先生に引き継いだ事業の関係でこっそり来訪する可能性はあるが……それも海神の不在をついた形になるだろう」


 あたしがまだ会ったことのない店長のお師匠様。兼、エマの先生に会える機会はいつになるのだろう? お侍様との訓練の成果が一定レベルに達したら、と店長は言ったわよね。

 最近はアーミルへの出入りが出来なくなった関係で、魔法○女への道は閉ざされ気味なのよ。まだ完全に閉ざされたわけではないけれども。

 一定の成果というものが、どの程度を指すものか不明なれども、就職初日から始まった戦闘訓練と比較できるものなのかしら?



 対人戦闘よね。

 現代社会を生きる上でも女の立場からすれば、覚えておいて損はないと思うの。

 それも教えてくださるのは神様で、お侍様よ。多少過激なのかもしれないけど、あたしは乗り気でいる。ちらとリエルさんを見れば、リエルさんもまた店長に預けらえた刀を手に気合を入れている最中だった。


「エマも、やる!」


 半分以上涙目だったエマも、何が原因だか……たぶん冥界に出入りできるという理由なんでしょうけれども。両の拳を握ってやる気を見せているわ。


「嬢ちゃん、それを儂に向けるのはやめろぉ。それは後輩だから刃が通らぬのであって、儂は難なく斬れるんからの!」


 気合の入ったリエルさんが抜き身で構える姿に、お侍様が怯えていらっしゃる。


「木刀でも用意するか」


「得物は要らんじゃろ?」


「指導方法は先輩に任せた。今日から俺はほぼ向こうに付きっ切りになる。店は仕入れも肉の在庫も含め、今月は乗り切れるよう手配してある。一応、俺も顔が出せれば出すが、店の仕切りはリエルに委任する。好きにやれとは言わんが、まともに営業してくれればそれで十分だ。…………じゃあ、あとは頼む」


 店長の言葉の後にリエルさんがひとつ頷くと、店長の姿が掻き消える。

 今日の営業は既に終わっているので、明日からリエルさんが店長代行を務めるのよね。一応、あたしは店長候補なのだけど、まだまだひよっこだもの。


「陽太、お前はもう帰れ。嬢ちゃん達も稽古は明日からとしよう」


「午前中は仕込みもあるので、午後からで構いませんか?」


「うむ、そちらの都合に合わせよう」


「そういうことに決まったわ。エマは時間を調整してこちらに来て、伊織ちゃんは着替えも持ってきなさい。寮のお風呂は使えるけど、汗臭い服のまま電車に乗るのは女の子としてはつらいでしょ?」


 狩りだったら下着の上にツナギを着用後、プロテクターを付けることで急所や関節の保護をできたのだけど。護身術となるとそうもいかないわね。


「訓練用にジャージを持参して着替えるようにします」


「それがいいわね。私もそうしよ。エマちゃんの分も私が用意しておくわ。バカ息子が育ち過ぎて小さくなってしまったやつが結構あるのよ」


 あぁ、レオが中学高校で着ていたジャージがあるのかも。ほら、学校指定のやつとか。あれってすごく無駄よね。

 男の子はそうでもないかもしれないけどさ。あたしは高校生くらいから身長も体重も体型もそう変化がなくて、今でも着ようと思えば着れるのよ。唯一欠点があるとすれば、左胸に校章が入っているくらいなもの。

 デザインも色もそう悪くはないのだけど、校章さえはいってなければね。でも、秋冬のパジャマの上に羽織るにはちょうどいいのよ。

 パジャマ姿なんて、誰に見せるわけでもないもの。

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