想定、冒険者ギルド
「ハンターギルド。直訳すると狩人組合なんだけど、これがすげー罠なんだよ」
「罠なんですか?」
今、あたしに拙いながらも解説してくれているのはレオくんだ。
店長はそんな様子を眺めているだけで、一切口を挟もうとしないばかりか、あたしとレオくんからひっそりと距離を置いていた。何を企んでいるのやら。
「おいらが初めて連れて来てもらった時なんてさ。親父とお袋も一緒だったんだけど、三人もいるくせに何も教えてくれなかったんだよ。漫画やアニメによくある意味不明な冒険者ギルド、みたいなもんだろうと高を括ってたら全然違うんだよ!
実情はハンターとしてギルドに加盟してないと、密猟者扱いされて投獄されるわ、下手をすると処刑されちゃうの! 本当に夢もへったくれもないんだよ!」
レオくんは憤慨している。
そして、その盛大なネタバレに、店長は少し離れた所で渋面をつくっていた。
やっぱり……レオくんが憤慨するような体験をあたしにもさせようとしたのだろう。でも店長、詰めが甘いですよ? ちゃんとレオくんの動向に目を光らせておかないと。
そんなこんなでやって来たのは、ハンターギルド。
犬猫とも鹿とも馬とも牛にも見える謎生物が弓矢で射られているという不思議な意匠の丸い看板と、ミミズが這ったようなたぶん文字だと思われるものが書かれている長方形の看板。この二枚が並んで掲げられている。
看板だけだと微妙な印象だけど、ここがハンターギルドなのだろう。
入り口は……既に開いていた。扉すらない。存在しない模様。
内にも外にも、どちらにでもギコギコと音を立てて開くウエスタンドアは無いんですか? ……そうですか。
レオくんに続いて中に入ると、そこには酒場や食事処が併設されていたりもしない。郵便局や銀行、役場の受付みたいな感じで、更に言えば人などほとんどいなかった。
「あら、レオちゃん。いらっしゃい」
「よぅ、今日はどうした? マサトも来てるのか?」
レオくんはたじたじだ。言葉を掛けてくる相手を直視することなく、そっぽを向いている。それでも満更ではないのだろう、ちらちらとあたしを見ながら何か言いたそうにしている。
何? いい歳して何なのその態度は、しっかりしなさいよ!
先程までハンターギルドが何たるかを語っていた勇ましさは、もはや見る影もない。あたしは初心者なのよ? ここは男の子として、リードすべきところでしょう?
「クックックックッ、やべぇ腹痛ぇ」
「店長! 笑ってないで何とかしてください」
「いやぁすまん。レオの内弁慶具合があまりに面白くて、な。
リース=リーフ=リーブ、新規登録を。登録者はこの娘、代筆は俺がやる」
レオくんは当てにならないと、あたしは知った。
もう君付けは止めだ。今からレオと呼ぶ。喜べ、君は今日からあたしの舎弟ポジションに決定だ。そして、やはりというか頼れるのは店長しかいなかった。
「はぁい、タダヒト。新規登録用紙はこれね。いつも通り二枚。記入が終わったらここに持って来てちょうだい」
◇
「記入するから、佐藤さんは俺の質問に答えるように。
第一問、記載名はファーストネームでいいか? それとも偽名にするか?
第二問、パートは戦士だな。……ん? パートタイマーじゃないぞ。ええとあれだ。ブラスバンドの楽器の違いとか、ゲームなんかでよくある職業みたいなもんだ。次は狩りをする時にどんな武器を用いるか? ってことだな――――」
店長はあたしの首からペンダントを取り上げると、ペンダントトップを二回軽く叩いた。その後は日本語での質問と、都度説明も交えていく。
結果、現地の言語で記入した内容に並び、日本語で記入されたものがもう一枚ある。日本語で記入されたものを参照すると、
名前 :伊織
性別 :女性
種族 :地球人及び日本人
住所 :居酒屋あすかろん アーミル支店
パート :戦士(仮)
武器種別:特殊棍棒(仮)
魔法有無:保留
魔法種別:保留
こんな感じになる。
というか店長が元から記載されていた内容には、店長が訳を入れてくれた。
「魔法?」
「いや、聞くまでもないから端折ったんだが……まさか使えるとか言わないよな?」
「普通に使えませんけど……店長は魔法使えるんですか?」
「使えなくはないが俺のは独特でな。スタンダードな魔法なら俺よりもレオの方が上手い。あいつ、あんなゴリマッチョのくせに、パートは魔法使いだぞ」
店長はまたくつくつと笑いながら、あたしの首に掛けたペンダントを弄った。
そんなことよりも今は魔法のことが重要だ。異世界いえば魔法、魔法といえば異世界モノの定番ではないか!
店長が記入してくれた日本語訳の登録用紙にある魔法有無欄と、魔法種別欄には魔法無しとは記入されていない。ということは、あたしにも魔法を使える可能性があるってことだ。きっと……たぶん……ある、よね? あるって言って!
「あの、店長。あたしも魔法を使えるようになりますかね?」
「どうだろうな。素質と努力次第としか言いようがないよ。まず、こちらの言語への理解が必要になるが、それさえできれば少なく見積もってもひとつくらいは習得できるんじゃないかな」
「うへぇ」
「文字の形さえ覚えればいい。表音文字でしかないだから、英語みたいなもんだ。そういう意味では日本語の方がずっと難しいはずなんだよね。いずれにしろ、覚えておいて損はないさ。こちらの仕事に携わるなら猶更だね」
魔法を使えるかもしれないとモチベーションが上がったにも拘らず、直後に急転直下したことは言うまでもない。でもまあ、救いはある。
あたしはこれでも英語は比較的得意だった方だ。ネイティブな発音ではないけれども、読み書きは出来なくもない。教科書英語に限るが……。
あたしは店長が記入してくれたミミズ文字の登録用紙を、リース何某さんに提出した。
少しして、不思議な青い金属で出来た名札のようなものをもらった。それをあたしの手から難なく奪い取った店長が、ペンダントのチェーンに通してくれた。
紅い宝石のペンダントトップの隣で青い金属板が揺れる。審美眼的にはどうなのかと疑問を呈するところだけど、店長が優しいのでこれはこれでいいと納得した。
「ハンターに階級やらランクなんかねえぞ。あそこはただの事務局だからよ」
まったく頼りにならないレオは、ハンターギルドを出た途端にあたしに話し掛けてきた。ほんとこいつは何なのだろうか? 店長の爪の垢でも煎じて、回らないお寿司屋さんの大きな湯飲みで三杯くらい飲ませてやりたい。
「レオは魔法使いなんでしょ? 魔法見せてよ」
「お、おぅ。でも街中の通りじゃダメだ、逮捕される」
「ここじゃダメなの?」
「危ないからな。所有する建物内や城壁の外だったら平気だよ。生活に密接に絡んでくる魔法や、狩りで使うような魔法の使用にはそういった制限がある。犯罪抑止という意味もあるからね」
要所で注釈を入れてくれる店長には、足を向けて寝られないわね。
ちょっとくらいブラックでも、あたしはこの仕事をやめないと心に誓う。
目指せ、魔法少女! 年齢から言ってもう少女ではないけど、処……ごにょごにょだから似たようなもんよ!
◇
通りを進む店長には相変わらず、黄色い声援が舞う。ちょいちょいとレオに向けられる似通ったものには同世代であろう男の子たちの誘いの方が断然多いけど。
そうしてしばらくの間てくてくと歩けば、三メートルはあるかなぁという街を囲う壁の間際まで来ていた。その途切れた部分にはこれまた大きな門があって、そこで店長は兵士らしき男女と店長が一言二言言葉を交わしていた。
「今日は何狙いでいくのさ?」
「基本のウリ坊を三匹はほしい。あとは適当だな」
「あ、あの店長? 店長もレオも普段着のままに見えるんですけど……」
あたしだけが完全武装で、店長もレオも普段着同然といった姿なの。
それでもレオは少しだけ、服の下にプロテクターのようなものを身に付けているようにも見えなくはないんだけど……店長に至っては完全に自然体だった。
「俺は近接格闘だからね。身動きを制限するようなものは身に付けないんだよ。武器は一応、こういうのを持って来ているよ」
「……カイザーナックル?」
「惜しい、けど違う。これはトレンチナイフ。WW2で米軍が制式採用した塹壕用白兵戦兵装さ。実際はナイフよりも鎧通しみたいな直剣やピックが多いんだけどな」
カイザーナックルとかナックルダスターとか言われる金属板に穴をあけただけのもの。その端にサバイバルナイフの刃がついたものを右手に、店長が言ったようなアイスピックの棒が付いたものを左手に握り込まれている。
なんかすごい様になっているんだけど、店長って実は危ない人? この人、歳も幾つかわかんないし、本当に何者なのかしら?
「レオは?」
「おいらも基本は近接だぜ。新居さんは空手だけど、おいらはレスリング部だし」
「残念ながら前衛しかいなくてね。佐藤さんが慣れたきたら、レオを後衛に固定するのもありかもしれない。但し、今日は佐藤さんには俺の監督の下訓練に取り組んでもらいたい。……というわけで、レオには単独行動を許す。ハンターギルドの定めるルールを遵守し、慎重な行動を心掛けるように」
「おぅ、成果に期待しておけよな!」
「怪我なんぞしようものならお仕置きだぞ?」
レオはあたしと店長を置き去りにして、平原を進んで行った。
でも問題はそこではない。あたしにとっての当面の問題は訓練だ。どういった訓練が施されるのかと、あたしは疑問を抱きながらも期待してしまっていた。
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