クラスの眠り姫を起こしたらお世話係を任された件〜ダウナー美少女が僕に甘えてくる〜

まちかぜ レオン

第1話 大智、お世話係に任命される

「姫川さん、きょうも寝てるよ」

「だねー。授業中、ノンストップだったもん」


 時は昼休み。昼食を終えたクラスメイトが、ある女の子についてひそひそと話している。


 教室の真ん中の席で、ぐっすり眠っている女の子。


 姫川結夢。僕と同じく高校二年生だ。


 小柄な体格で、つぶらな瞳と茶色がかった髪がチャームポイント。


 特筆すべきは、彼女が学校にいる時間のうち、半分以上は寝ていること。本当にずっと寝ている。


 ふつうは指導をされそうなものだが、テストの点数はいつもトップレベル。課外活動の成績も抜群。それゆえ、姫川の行為はなかばスルーされている。


 姫川はよく眠るので、まず眠りの姫川と呼ばれるように。


 眠りの姫川だと長いので、略して眠り姫。


 そういう変遷を経て、彼女は【眠り姫】というあだ名をつけられている。


「次は体育だよねー! 早く支度しなきゃ!」

「やばぁ〜! 急ご急ご!」


 そういって、先ほどのクラスメイトは更衣室へと消えていった。


 座学の時間、眠り姫が素晴らしいひとときを過ごしているのは知っている。


 ただ、男女別という理由から、体育をどうしているのかは知らない。俺が教室を出るときには、まだ姫川は寝ているのが常だ。


「すぅ……すぅ……」


 いい寝息を立てている。窓際の席にいる姫川。さぞかし心地よいのだろう。


 きょうも姫川をスルーしよう。俺はただのモブだ。関わり合いになることもない。


 俺はまだ昼飯を食べていた。前の授業が移動教室で、かつ終わった後に質問をしたためだ。


「大智、もう行くぞ」

「まだ食べ終わってないよ、暁斗」

「なら下駄箱あたりで合流な!」

「りょーかい」


 友人の暁斗は、ソフトボールの初回とあって、ワクワクが止まらないらしい。


 そういうわけで、偶然が重なった。


 食べ終わると、ほとんど人はいなくなった。俺と姫川だけだ。


「すぴー」

「……」

「すぴー」

「……」


 静かな教室。聞こえるのは寝息だけ。否が応でも意識する。


 チャイム。


 このままだと遅刻は姫川は確定。俺も然り。


「時間ですよー」


 囁き声でいってみる。無反応。


「起きてくださーい」


 トントントン。机を軽く叩く。無反応。


 まったく起きる気配がない。いつもこうなら、かなりまずいな。


 放っておくわけにもいかないので、なんとか起こそうとする。軽い揺さぶりは無意味と気付き、だんだんと揺さぶりを強くする。


 これはなかば無意識で、やらかしてしまった、と気付いたのは。


「……誰?」


 とてつもなく不機嫌そうな姫川の顔を見たときだった。


「俺は佐久間大智。クラスメイトだよ」

「そうなの?」

「もしかして覚えてない?」

「クラスメイトの顔も名前も、ほぼ一致しないから」

「悲しいな」


 俺は認知すらされていなかった。


「ともかくな、急がないと体育遅れるぞ」

「そう」


 無関心もいいところだ。遅刻することに抵抗や罪悪感はないらしい。


「それはそうと、人様の睡眠を邪魔した罰は重いから。責任取ってよね」

「せっかく起こしたのに、その態度はないだろう」


 ぷぅ、と頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。よほど起こされるのが嫌だったらしい。


「いつもは来夏に起こしてもらってるから」

「市川さんはきょうは休みだな」

「すっかり油断してたの」


 市川来夏はクラスメイトだ。姫川とは真逆といっていい。明るく元気な健康ガール、俗にいう陽キャだ。


 朝のホームルームによれば、家族で海外旅行だという。しばらく戻ってこないそうだ。


「だから私は悪くないの」

「市川さんを信頼しすぎだよ」

「来夏は来夏だから」


 いつもウトウトしている可憐な女の子。そんな幻想は儚く崩れ落ちた。かわいいのは確かだが、ずいぶんと生意気だ。


「理由になってないじゃないか」

「私と来夏の中では話がついてるの」


 ふむふむ、と俺は頷いた。


 チャイムが鳴った。遅刻確定だ。俺も姫川も、着替えすらしていない。


「ああ、もう間に合わないよ」

「そうね」

「淡々としてるな」

「だって遅刻する正当な理由があるもの」

「姫川の怠慢だよ」

「むむむ」


 怠慢ということはわかっているらしい。 


「決めた」


 ややあって、姫川は口を開いた。


「来夏はしばらく来ない。きょうみたいに遅刻ばかりするのも、すこしは気が引ける」

「正常な感覚を持っていてよかったよ」


 姫川は軽く笑うと、俺の方をじっと見つめた。


「だから、佐久間」

「ああ」

「来夏がいない間――私のお世話係になって」

「お世話係?」  


 姫川はニコニコとしている。


 お世話係。


 この感じだと、姫川を起こしたり面倒を見たりするってことだよな。


「……それってパシリと同義じゃね?」

「お世話係」

「いや、パシリじゃなくとも使用人みたいじゃん」

「お世話係、だよ?」


 彼女は折れそうにない。


「俺が断ったらどうする?」

「困る」

「正直だな」

「だから、その……お願い」


 目を潤わせて、上目遣いで迫ってくる。


 こんなことをさせてまで、断ってしまったら。


 男は廃る。人としてなにか大事なものを失う気がする。


「わかった。お世話係、引き受けよう」

「やったー!」

「俺とて薄情ではない」

「じゃあ、最初の仕事を頼んでいい?」

「おう」

「私の着替え、手伝って?」


 要するに、制服を脱がせて体操服を着せろということだ。


 そういうことだよな……?


「姫川って痴女なのか?」

「あ」


 いつも市川さんに頼む感覚だったのだろう。完全にやらかしている。


「わ、私ひとりで着替えるから! 間違っても引き受けないでよね、バカ!」


 いって、教室を走り去った。更衣室へゴーだ。


「バカはどっちだよ……」


 俺もちょっと経ってから、更衣室へと足を運んだ。

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