何故私は愛されるのでしょう? ~風船令息は家格違いの令嬢を溺愛する
uribou
第1話
「エリー、愛しているよ」
「ありがとうございます、ザカライア様」
傍からは恋人同士の甘い語らいに見えるかと思います。
いえ、間違いではないのですが。
正面に座りニコニコしている私の婚約者は、スタインカンプ侯爵家の嫡男ザカライア様です。
そして私エリーはパーネル男爵家の次女に過ぎません。
身分違いでおかしいでしょう?
「ザカライア様がいつもよくしてくださるので、私は幸せです」
「いやいや、エリーにそう言ってもらえると嬉しいな」
ザカライア様は私より五つ年上の二二歳。
もちろん離婚歴などありませんし、温厚でお優しく、若くして宮廷魔道士の一部門を受け持つスーパーエリートです。
私は身分も足りないですし、美人でもありません。
ザカライア様にはもっと相応しいお方がいくらでもいると思うのですが。
どうして私なんかを婚約者として重んじていただけるのか、全くわけがわかりません。
「ん? どうしたのかな? 愛しのエリー」
「ザカライア様は私にとても親切にしてくださいます。もったいないです」
「ハハッ、またその話か。エリーは存在が可愛いからね」
存在が可愛い、とはザカライア様特有の表現です。
頭のよろしい方の表現は私にはわからなくて、当惑してしまいます。
せめてザカライア様の意味するところを知ることができれば、私も尽くしようがあるのですが。
仕方ありません。
せめてザカライア様をお支えできるよう、各方面を学ばなければ……。
◇
「エリーも物好きなんですから」
姉とお茶をいただきながらのお喋りです。
「物好き、ですか?」
「そうよ。だってザカライア様でしょう? 相当な変人だって話じゃないの」
「……とは私も耳にしておりますが、とてもいい方なんですよ?」
どの辺が変人と言われるのか、私にはわからないです。
「本当にいい方は、何度も婚約破棄したりしないと思うわ」
「……」
お姉様の指摘には言い返せません。
私の最も恐れているのはその点です。
ザカライア様は過去数度、婚約しては破棄ないし解消を繰り返しています。
私も婚約破棄されてしまうのでしょうか?
考えると胸がきゅっとなります。
「ザカライア様のおかしなところなんか、一目瞭然じゃないの」
「そうですか?」
「エリーのアイデアで若干マシになったけど」
ザカライア様は頭がおよろしいせいか、あまりファッションに拘りがないようでした。
体形に合った服をお召しにならなかったのです。
そこで私が縫製した服をプレゼントさせていただきました。
裁縫や刺繍は私の趣味なので。
ザカライア様は大変お喜びくださりました。
正直ザカライア様が私を気に入ってくださるというのは、その点しか考えられないです。
「エリーはザカライア様がお好きなの?」
「……はい」
「その辺が物好きだと言うのよ」
ええっ?
ザカライア様は素敵な人ですよ?
「エリーはザカライア様に不満はないのでしょう?」
「ありませんよ」
「全く?」
「全く」
「じゃあ問題ないわ。かつてザカライア様と婚約されていた御令嬢方は、少なからず不満があったようなのよ」
そうだ、以前ザカライア様と婚約されていた令嬢の中に、お姉様と同い年の方もいらっしゃる。
お姉様は私のために話を聞いてくださったのでしょうね。
ありがたいです。
「相手の不満をザカライア様が敏感に感じ取ったから、婚約を破棄するということが続いたんだと思うの」
「そうなのですか?」
「多分ね。だって相手に不満がなければ、婚約破棄なんかするわけないじゃない」
お姉様の言うことはもっともです。
「エリーはいい子だから大丈夫よ。これからまたお勉強なの?」
「はい。私がザカライア様のためにできるのは、教養を身につけることしかなさそうですから」
「真面目ねえ。困ったことがあったら早めに言いなさいよ?」
「はい」
◇
――――――――――スタインカンプ侯爵子息ザカライア視点。
「エリーは可愛い。本当に可愛いのです」
「ベタ惚れではないか」
「ベタ惚れですね」
父上が苦笑する。
「まあお前が満足ならばよい。何よりのことだ」
「大満足です」
「我がスタインカンプ家は政略とは無縁であるしな。この際男爵家の娘でも構わん」
「父上もエリーの作ったこの服は評価しているでしょう?」
「うむ。機能的だな。お前のための服だと思わざるを得ない」
俺はデブだ。
正確に言うと魔力を蓄積すると太ってしまう体質なのだ。
ただこの体質については公表することができない。
痩せている時は魔力を持たず弱いと言ってるようなものだから。
我が国の安全保障に関わるのだ。
口の悪い令嬢達は、俺のことを『風船令息』などと言う。
陰口を叩かれていることも知っている。
まったく失礼な。
しかし痩せた俺は美男子らしい。
過去の婚約者は俺を理解せず、痩せている方がいいなどと異口同音に言ったものだ。
それはできないと話すと、私のことを考えてくれないなどと愚痴る。
うんざりだ。
天下国家を理解できない令嬢など、俺の婚約者に相応しくないのだ。
エリーは違う。
性格が善良で、宮廷魔道士の一部門を統括する俺のことをすごいと素直に感心してくれる。
そして俺の体形のことなど一言も口にしない。
一度痩せた姿を見せた時はさすがに驚いていた。
しかし俺の体調の心配に終始し、また前開きで帯で締める服というものを考案してくれた。
ボタン留めでないのである程度の体形変化は関係なく、太ってる方が似合うまである。
「たかが男爵家の娘だと思ったが」
「叔母さんには感謝しなくてはなりませんね」
エリーは叔母の私塾で礼儀作法と刺繍を習っていた生徒だった。
何度も婚約破棄する俺を見かねて、叔母が推薦してくれたのだ。
エリーを知って、つくづく令嬢に身分の上下など関係ないものだと身に染みた。
いい者はいい、ダメなやつはダメだ。
「小動物のような令嬢だ」
「父上もそう思いますか。可愛らしいし賢いしお淑やかだし忠実だし、最高です」「ただ正直スタインカンプ侯爵家を仕切れるとは思えん」
うむ、家令や侍女頭は伯爵家の出だしな。
男爵家出のエリーを軽んじることは十分にあり得る。
俺のエリーをバカにするなどあってはならないことだ。
「そこで父上に協力を願います」
「どう協力すればいい?」
「俺の最愛エリーに従わないような使用人には、俺が雷を落とすと伝えてください」
「おい、洒落になってないぞ」
確かに俺の雷魔法は王国最強と言われているけれども。
「まあいい。エリー嬢がお前に似合いだというのは同感だからな。スタインカンプ家のためでもある。しかしお前が直々にやれ」
「……と言いますと?」
「庭にトウヒの古木があるだろう? あれをくれてやるから、使用人どもの躾に使うがいい」
◇
今日は初めてスタインカンプ侯爵家邸にお邪魔しました。
外から拝見したことはありましたけど、さすがに広いですねえ。
調度も洗練されていますし、ビックリしてしまいました。
同じ貴族と言っても、男爵家とは天と地の違いです。
侍女や執事の方々も私に丁寧に接してくれます。
侯爵家の使用人ともなるとプライドが高いのかと思っていましたが、さすがに教育されているのですねえ。
感心しました。
皆さん少々ビクビクしているように見えるのはどうしてかな、と思いますが。
「ザカライア様」
「何だい? 最愛のエリー」
「そこのとても大きな木が焦げて折れてしまっているようですが、どうしちゃったんでしょう?」
「うん、雷が落ちて折れてしまったんだ」
「危ないですねえ」
お屋敷の方に被害がなくてよかったです。
あれ、木の話題になった途端、使用人の皆さんが動揺されたようです。
わかります。
滅多に見ないほど大きな木が真っ二つに裂けていますもの。
どれほど怖い雷だったことか。
「今日のザカライア様はお痩せになっているんですね」
「話したかもしれないけど体質でね。急激に太ったり痩せたりするんだ」
「健康に影響はないんですよね?」
「ああ、心配させてごめんね。本当に何ともないんだ」
ザカライア様の顔色が悪いとかはありません。
ムリなさっているわけではないようです。
すごい力をお持ちの魔道士というのは、私の理解の及ばないことがあるんだなあと思いました。
「エリーが俺に作ってくれた服だけれども」
「はい」
前開き&帯の服ですね。
ザカライア様が気に入って着てくださっているので嬉しいです。
「服屋に同じものを何着か作らせたんだ。そうしたらこのファッションを売り出したいとのことでね」
「まあ、そうでしたか」
「どうだろう? エリーさえ良ければ意匠権販売権で儲けることができるけど」
「えっ?」
お金になるということのようです。
私はどうでもいいのですけれども……あっ、ザカライア様の妻になるのに、こんな大雑把なことではいけませんね。
侯爵家を運営していくことも考えなければならない、ということのようです。
「申し訳ありません。私ではよくわかりませんので、ザカライア様の仰ることに従います」
「では我が家が古くから取り引きのある大店があるんだ。一着いくらの勘定であのデザインの服の製作・販売を認めよう。収入はスタインカンプ侯爵家とパーネル男爵家で折半でいいかな?」
「はい、それで結構です。勉強になります」
実家も商売に噛ませていただけるようです。
ありがたいことですね。
「早速だから、その大店に行ってみようか」
「よろしいのですか? お願いいたします」
ザカライア様がニコッとします。
太っている時のザカライア様はマスコットみたいで愛らしいですけれども、痩せている時は目が覚めるほどのイケメンですねえ。
お一人で二度おいしいなんて、私は幸せ者です。
「ノーエリーノーライフだね」
「えっ?」
「エリーなしではいられないってことさ」
「もう、ザカライア様ったら」
何故私を、そして私の何が評価されているのかはよくわかりません。
でも愛されていることを実感します。
優しく手を引いてくださるザカライア様、大好きです。
何故私は愛されるのでしょう? ~風船令息は家格違いの令嬢を溺愛する uribou @asobigokoro
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