二 おかえり〈対〉
天と地が、逆さまになっている。
天の上を歩きながら、
気を抜けば体が持っていかれそうな感覚だった。空の上を歩くのは
やがて目の前の景色がゆっくりと変わり、軍靴の裏に固い感触を覚えた時、淡い光に満ちた階段が目の前にあった。
見覚えのある階段は、
その階段を羽坂は上った。
階段の丸窓から見える景色は淡い光に満ちている。踊り場の大窓から下を見下ろすと、パン屋〈ほのか〉が見えた。澄人と共に通ったお店だ。羽坂にとってはいつも見ている景色だったが、今はまるで光を通したように美しい世界だった。今、自分が見ている景色が澄人の見ている世界だと気付くのに時間はかからなかった。
澄人の目を通して見る世界は屹度、美しいだろうと思っていた。それは本当だった。息を呑む程に美しい世界に後ろ髪を引かれながら、羽坂は玄関の扉の前で止まった。
呼び鈴を鳴らすか迷って、羽坂は普段と変わらずに扉を開けた。来客を告げる鈴の音は軽やかに響き、いつもの景色が目の前に見える。土間には澄人の靴が隅に揃えられていた。
その靴を見た時、羽坂は自分の目がじんわりと熱くなるのを感じていた。息を呑み、靴を見つめていると、自分を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。
「羽坂さん?」
澄人の声に顔を上げると、いつの間にか台所に繋がる内扉の前にいた。妙な違和に振り返り、玄関を見ると、澄人の軍靴と共に自分の軍靴が並んでいる。いつの間に靴を脱いだのかを疑問に思う間もなく、羽坂は内扉の把手をつかんでいた。
内扉を開けると、椅子に座っている澄人と目が合った。〈
「澄人……」
ずっと、待ちわびていた姿に目が熱くなる。涙の膜が張る前に羽坂は俯き、目を閉じた。
椅子を引く音がして、澄人がこちらに向かう足音が聞こえる。自分の前で立ち止まった澄人に両頬を優しく包まれて羽坂は目を開けた。
両頬を包んで自分を見上げる澄人に、羽坂は幼い頃の澄人を見た。自分に何かあれば澄人は敏感に察し、その度に自分の両頬を小さな手で包んでいた。それは澄人を抱きしめることが出来なかった希世さんの精一杯の愛情を、澄人が真似たのだ。あの頃の自分にとって、澄人は救いだった。やがて、澄人が年を重ねると両頬を包まれることはなくなった。
両頬を包まれたのは、澄人が幼い時以来だと懐かしんでいると、澄人の色素の薄い灰色の目が揺れた。自分をまっすぐに見つめている瞳は薄い涙の膜が張り、ゆらゆらと揺れながら
「本当に、羽坂さんですよね……?」
自分の両頬を優しく包む澄人の手を上から重ねると、その手を握りしめたまま、羽坂は小さく、何度も頷いた。不安そうな表情をしていた澄人は力が抜けたように微笑んだ。
ずっと、見たかった笑顔に応えるように羽坂も優しく微笑み返した。
はね出し縁に並んで座りながら、淡い景色を眺めていた。
羽坂は胡坐をかいて座り、右隣では澄人が正座をしている。澄人の手の中には自分があげた〈
「羽坂さん。ちゃんと、ご飯、食べていましたか?」
迷っているうちに先に口を開いたのは澄人だった。自分を見上げるまっすぐな目に気まずさを覚えた羽坂は目を逸らした。
「……ああ」
答えてから、羽坂は即座に否定した。
「いや、違うな。この半年は高久の所に厄介になっていた」
澄人は困ったように微笑んだ。
「道理で。
探すの、大変でしたよ――と微笑む澄人に羽坂はどこか、くすぐったいような心持ちだった。
「……ああ」
「羽坂さん。私が居なくても、ちゃんと生きていてくださいね……」
柔らかな声が胸を刺す。
羽坂は胡坐から正座に姿勢を正して、澄人に向き合った。
「澄人。申し訳なかった」
羽坂は澄人を前に深々と頭を下げた。
「俺は……あなたを地獄に付き合わせたくなかった。俺が勝手に始めた地獄は、自分一人で始末をつけるつもりでした」
幼い澄人を抱きしめて眠ったあの夜から、決めたのだ。例え、先行く道が地獄だとしても澄人の手を取ることはしない、と。地獄を歩む道は自分一人で行くと決めたのだ。
(あなたがこの先を穏やかに生きていけるならそれで良かった)
「……羽坂さん。顔を上げてください」
静かな声だった。羽坂は頭を上げて、澄人を見た。
澄人は〈彼岸ノ桜〉の箱を開くと、その中から一本の煙草を取り出した。血と泥に汚れた煙草には掠れた文字が刻まれている。その文字を書いたのは羽坂だった。
「あなたがくださった煙草です」
「ああ。覚えている」
「本当に何を書いたか、覚えていますか?」
悪戯っぽい笑顔を浮かべた澄人に羽坂は答えた。
「……羽坂澄人。
谷屋から雪村へ姓を変える時にはあんなにも揉めたというのに、雪村から羽坂へ姓を変えるのは拍子抜けするくらいにあっさりしたものだった。証人として名前を書いた高久も驚いていたことを覚えている。
「この煙草に名前を書いた羽坂さんの覚悟を……私は知っています」
澄人は煙草を〈彼岸ノ桜〉の箱に仕舞うと、軍衣のポケットに入れた。そうして羽坂に笑みを向けると、ゆっくりと立ち上がった。
「羽坂さん。こちらに」
澄人は一度、部屋の中に入ってから羽坂を振り返り見た。羽坂もゆっくりと立ち上がり、澄人の後をついていった。台所に一度、出てから澄人が向かったのは、自分の部屋の、壁一面の本棚だった。愛おしそうな目で本棚を眺める澄人の隣に並ぶと、澄人は顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。
それから、澄人は本棚に手を伸ばして、本を取った。白い装丁に銀の箔押しで『風の別れ』とある本を羽坂に見せた澄人は、優しい手つきで本を開いた。
文字がある筈の本の中身は、真っ白だった。
「全部、真っ白なんです」
そう言って澄人は壊れものに触れるように頁をめくった。澄人の言う通り、本はどの頁をめくっても、真っ白だった。
「ここは、〈
澄人は本を閉じると、元の場所に戻した。
「〈鏡ノ径〉様の体で、この部屋に帰って、本を手にした時、私、とても嬉しかったです。私は、少しでも帰って来られたのだと……嬉しかった」
本棚に手を触れたままの澄人の言葉を羽坂は、ただ聞いていた。澄人は羽坂を見上げると
長い
「……羽坂さん。私、ずっと、あなたに言えなかったことがあります」
澄人の目は本棚に向けられている。澄人の見ているものを追うように羽坂は本棚に視線を移した。本の題名ははっきりとした文字を見せずに朧げな形となり並んでいる。
なのに、何が書いてあるのか分かるのだから不思議なものだ。
ぼんやりと本棚を眺めていると、澄人が迷うように口を開いた。
「〈
澄人の告白に羽坂は無意識のうちに歯を食いしばっていた。
「でも、誰にも言えなかった。……特にあなたには、言いたくなかった」
澄人の声は震えていた。
「羽坂さんに言えば、あなたは屹度、私の為に手を汚してしまうのでしょう。そうなるならばいっそ、産土神と成って、あなたの内に在れたらと、一瞬だけでも、思ってしまいました」
羽坂は澄人の声を聞きながら、心臓が早く脈打つのを感じていた。
でも――と澄人は続けた。
「でも、それだけは、出来なかった」
澄人の手が、白い指が、『風の別れ』の本を愛しく撫でる。
「高久さんと過ごして、それだけは出来ないと、気付かされたのです」
澄人はゆっくりと本から手を離した。
「私の命は、私だけのものではありません。母上様から始まり、
澄人は顔を上げて、羽坂を見た。
「……そして、あなたが、私の命を包むように守ってくださった」
羽坂は澄人を見た。澄人は泣き出しそうな表情で自分を見つめていた。
「私が羽坂さんの家に初めて泊まった夜のことを、覚えていますか?」
羽坂は頷いて、微笑んだ。
「覚えています」
澄人は微笑んで、俯き、一度、目を閉じた。溢れるものを堪えるように目を固く閉じてから、澄人は目を開けた。そして、ゆっくりと振り返った。羽坂も振り返り、澄人の視線の先を見た。寝台の奥、澄人の部屋と、羽坂の部屋を隔てる一枚の引き戸を、羽坂は澄人と見ていた。
「あの時、とても怖かったことを、覚えております」
澄人が八歳の時、〈
「怖くて当たり前ですよ。俺も怖かったですから」
だが、澄人は困ったように微笑んだ。
「……羽坂さんが死ぬかもしれないと思うと、怖かったんです」
――羽坂さんは?
あの時の青ざめた澄人の顔を思い出した。あの青ざめた顔は恐怖ではなく、自分の身を案じたものだったのだと、今頃になって、羽坂は気付いた。
澄人はそんな羽坂を見て、苦笑している。
「羽坂さんは、いつも私のことばかりで、自分のことは置き去りですね」
「……俺は」
その先は言葉にならなかった。澄人は引き戸に視線を移して、言葉を続けた。
「羽坂さん。私、あの夜のことを、覚えています。布団の中で、幼い私を抱きしめてくれたあの手の温もりを、今も覚えています」
柔らかな声が過去を紡ぎ語る。
「……羽坂さん。〈迫桜高原ノ乱〉の後、私が布団で眠れなくなった時も、あなたは私をあの時と同じように抱きしめてくれました」
羽坂は言葉ひとつでその時のことを思い出した。当時、澄人は〈白天ノ子〉専用の寮で暮らしていたのだが、〈迫桜高原ノ乱〉以降、日に日にやつれ、目の下に隈が出来る程だった。他の〈白天ノ子〉から澄人が眠れていないことを聞いた羽坂は、心配と同時に、何故、自分に頼らないのかという怒りを覚えていた。
あの時、羽坂は無理に澄人を自分の家に連れて帰ったのだ。
「〈迫桜高原ノ乱〉の後、私は布団で眠れなくなって、食事もまともに取れなくて……軍務以外は寮の部屋でぼんやりと過ごしていた私を羽坂さんは連れ出してくださいましたよね」
澄人は懐かしそうに目を細めた。
「連れ出された先は羽坂さんの家で、お風呂が用意されていて、まずは体を温めろ、と怒られました」
あの日を思い出しながら語る澄人がささやかな笑い声をあげる。
「風呂に入っている間に私が勝手に帰らないように軍装を隠された時には監禁されたと思いました」
あらぬ台詞に羽坂は瞠目していた。その後で気まずくなり、頭をかくと、澄人は少し意地悪な笑みを向けた。
「羽坂さんが用意した寝間着を身に着けて、あなたが台所で料理する後ろ姿をずっと、眺めていました。何もしなくて良いと言われて、台所の椅子に座りながら、あなたの後ろ姿を眺めたあの時、羽坂さんが作った料理、覚えています。豚の角煮でした」
時間のかかる料理を作ったことを、羽坂は覚えている。澄人を引き留める為にわざと、手の込んだ料理を選んだのだ。それが豚の角煮だった。
皮付きの豚の毛を処理して、茹でるところから始めた料理は澄人を引き留めるのに充分だった。後ろで澄人の気配を感じながら、洗い物をしている間に羽坂は自分の、澄人が自分を頼ってくれなかった怒りをも静めていたのだ。
「出来上がるまで、時間がかかるから、風呂に入ってくる。火の番を頼むって言われて、私、羽坂さんにこっそりと帰ろうとしたことを見透かされたのだと、驚きました。羽坂さんの私服を勝手に借りようとしたんです」
「……あなたに火の番を頼んで良かったです」
心の底から言うと、澄人は申し訳なさそうに笑った。
「あの時の角煮、とても美味しかったです。久々に、味のする食事でした」
本当に美味しかったです――と澄人は嬉しそうに言った。
「でも、夜、私は眠れなかった。布団をかけて眠ることが、どうしても出来なかったんです。布団をかけると……私を守る為に〈
あの夜、風の流れる気配に起きた羽坂は、あの頃と同じように
名前を呼ぶと、澄人は驚いた顔をして、羽坂を見ていた。
分かっていた。
澄人が布団を被って眠れないことは分かっていたのだ。羽坂は無言で澄人の腕を引き、自分の寝台の傍まで歩かせた。
先に布団に入った羽坂は、片手で布団を上げると、戸惑う澄人を見上げた。
「来い」
暗闇の中で澄人の目が揺れる。
「羽坂さん……。私、もう、子供ではないのですよ?」
「子供だろうと大人だろうと、構いやしない。いいから、来い」
澄人は淡い暗闇の中で苦笑いした。ゆら、と影が動き、寝台が軋む音がする。澄人が寝台に乗ると、僅かな冷たさが肌に触れた。澄人が自分の中におさまったことを確認してから、羽坂は布団を掛けた。
八歳の澄人を抱きしめるように強張った背中に手を回す。あの頃よりも大きくなった澄人に羽坂は心の底から安堵していた。一度は澄人の死を覚悟した〈迫桜高原ノ乱〉で誰よりも澄人の生を望んだのは自分だと痛感させられたのだ。
羽坂の背中に澄人の右手が、
あの頃と違うのは外気にさらされた澄人の体の冷たさだった。冷たい体を温めるように抱きしめながら、羽坂は澄人が生きていることに心から安堵したのだ。
大きくなった、それでも自分より小さな体を腕の中に抱きながら、羽坂は澄人が眠りに落ちるまで起き続けたのだ。
「……あの時のように抱きしめられながら、私、心の底から、安堵したんです。私は、生きていていいのだと……安堵したんです」
澄人は羽坂を見上げた。
「私の命を包むように、羽坂さんが抱きしめてくれたから、私は、私を救う為に命を賭した人たちを思い出せたんです。羽坂さん。私に言ってくれましたよね? あなたを傷つける為の言葉を取ってしまったら、一番、悲しい顔をするのは、私を守ってくださる方だと」
それは純喫茶店〈
「だから、私は何があっても、生きようと決めたんです。命尽きるその瞬間まで、生を手放さないと決めたんです。あなたが、あなたが守ってくださったこの命を……絶対に手放さないと決めたんです」
覚悟に満ちた、確かな声だった。
「――澄人」
「羽坂さん。私は、生きます。絶対に、生きて、生きなければいけない。兄上様を……いえ、
(あなたは……強いな)
羽坂は微笑んで、頷いた。
誰よりも強く、誰よりも澄んだ人を前に羽坂は頷いた。
「澄人。頼みがある」
「はい」
「俺と共に、地獄に落ちると言っただろう? それは今も、揺らがないか?」
澄人の色素の薄い灰色の目は羽坂から目を逸らすことなく、まっすぐに見つめている。澄人は羽坂の言葉を受け入れるように頷いた。
「はい」
「なら、俺と約束を交わしてくれ。そうすれば、少なくとも、〈真平良之国〉からは狙われなくなる。……ただ、俺かあなた、どちらが死んだ時、道連れになる。それでも良いなら、約束を交わしてくれないか」
澄人は驚いた顔をしたが、やがて嬉しそうに微笑んで、頷いた。
「……春子さんに、言われたんです」
「え?」
「いつか、穢れを得る日が来るかもしれない、と。その方法は、もしかしたら、あなたの意にそぐわないものであるかもしれない、と聞かされておりました。いつか、人を殺す日が来るかもしれない。あるいは別の穢れを得るかもしれない。それでも……いつか来たる日への覚悟は決めていました」
澄人の手が、ゆらりと伸びて羽坂の胸の真ん中に添えられる。色素の薄い灰色の目は羽坂の目を見つめている。水面に踊る光のように、その目はきらきらと輝いていた。
「羽坂さん。名前を書いた煙草を渡されて、〈家籍〉を結ぼうと言われた時、私がどんなに嬉しかったか、分かりますか? 〈縁ノ結〉ではなく、〈家籍〉を結ぼうと言われた時、私、本当に嬉しかったんです」
澄人の頬の上を涙がつたう。表情を変えずに涙だけを流したまま、澄人は問いかけた。
「私……羽坂さんと、ずっと、家族でいて良いんですか?」
「当たり前だろう……!」
羽坂は澄人の体をかき抱くように抱きしめた。あの頃よりも大きくなったというのに自分の腕の中におさまってしまう小さな体だった。
澄人の手が羽坂の背中に回される。自分を求め縋る手に答えるように羽坂は澄人の体を更に強く、抱きしめた。
「澄人。良いんだな?」
覚悟を問う羽坂の腕の中で澄人が頷いた。
「羽坂さんとなら地獄でも構いません。これからは、あなたと共に手を汚しても生きていきたい」
羽坂は目を開いた。その目から涙が零れ落ちる。
「……共に堕ちよう。地獄まで」
途端、周囲の景色は花が爆ぜるように消えていった。無数の花びらが形を成して、羽坂と澄人を包み込んだ。背中に押し当てられた手の、覚えのある感触に羽坂は胸を締めつけられた。
希世さんと春子さん、そして、城ノ戸と稲生の手、澄人を守り、亡くなった人の手の温みが羽坂と澄人を抱きしめるように背中に添えられては消えていった。
自分だけではない。多くの人々に守られて、澄人は生きている。
「羽坂さん」
澄人から体を離すと、澄人はぼろぼろの姿に変わっていた。淡い灰色と変わった髪は乱れ、白い軍装は泥と血で汚れていた。
それでも澄人は今までに見た中で一番、美しく微笑んだ。
「私が目覚めるまで、待っていてくださいね」
羽坂は頷いた。
「ずっと、待っている」
そうして澄人はゆっくりと目を閉じた。自分の胸の中に倒れた澄人を、羽坂はしばらくの間、優しく、それでも強く抱きしめた。
「……おかえり。澄人」
目が覚めるその時に、ただいまを聞けるように祈りながら、羽坂は澄人を力強く、抱きしめた。
天と地が、逆さまになっている。
下にある天の色は静かな夜明けを告げていた。闇の色が薄くなった空の奥には無数の星がひしめき合っている。
――羽坂さん。
声が、聞こえる。
その声は思わず振り返ってしまいそうな哀しい響きを
振り返ってはならない。なのに、声は自分を絡め取ろうとする。
心を許したつもりはないが、油断していた。振り返るなと警告しておきながら、声は羽坂を振り返らせようと呼ぶ。何度も呼ばれる名前にいつしか感覚が狂っていくのが分かる。上下左右、逆さまになった世界で前後が危うくなりかけたその時だった。
――こっちだよ。
聞き覚えのある幼い声だった。この声を羽坂は聞いたことがある。
羽坂は、はっ、と息を呑んで顔を上げた。
顔を上げると、目の前に少年か少女か分からない中性的な顔立ちをした子供が立っている。見覚えのある顔に羽坂は驚きに目を開いた。少女は凛々しい表情を柔らかくして、頷いている。
――ついて来て。
そう言って背を向けて歩き出した少女の後を、羽坂は歩いた。きびきびとしているのに、どこか、ゆったりとした歩き方だった。
子供の頃から変わらない歩き方だったのだな、と懐かしみながら歩いていると、いつの間にか天地は元に戻り、道は開けていた。
――こっち。振り返っちゃ駄目だからね。
少女は羽坂を迎え入れるように手を広げ、指をさした。少女の指の先には、光に満ちた出口があった。
「ありがとう」
お礼を言うと、少女は嬉しそうな顔をした。友とよく似た顔だった。それでも、表情の乏しいあいつなら、絶対にしない顔だった。
「ありがとう。……
羽坂は名前と共にもう一度、御礼を言った。名前を呼ばれた少女は驚きながらも、頷いた。
――またね!
言葉の示す未来を望みながら、羽坂は振り返らず、光に満ちた出口の方へと歩き続けた。
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