ノック音

 これは、アパートで一人暮らしをしている大学生のAさんから聞いた話。

 居酒屋でアルバイトをしていたAさんは、帰りが遅くなる事が多く寝る前は動画を見ながら寝落ちする事が日課になっていた為、基本的に就寝時間は深夜の二時から三時が多かったと言う。

 ある日、いつものようにスマホで動画を見ていたAさんは玄関のドアをノックする音が聞こえた気がした。

 ゲーム実況の動画を見ていた時だったため、動画の音では無いはず。何かの音を聞き間違えたのだろうと思ったAさんだったが、その後も何度かノック音が聞こえた。

 スマホ画面に表示されている時刻は深夜の二時を過ぎた頃。こんな時間にノック音がするはずがない。

 動画内の音だろうか? でも誰もノック音に言及していないと思いつつも試しに見ていた動画を止めて、静かになった室内で耳を澄ませてみた。

 虫の鳴く声さえ聞こえない静寂の中、確かに玄関の方からドアをノックする音が聞こえて来た。

 

 コンコン。

 

 小さいが、確かに二度続けてドアがノックされている。

 こんな時間に尋ねてくる友人など居ないAさんは、ゾッと背筋に寒いものが走った。

(間違いない。誰かノックしてる)

 ノック音の正体について考えている間にも、二度。コンコン。コンコン。と玄関はノックされている。

 その音は一回目よりも二回目の方が大きく、三回目は更に強くドアが叩かれている。

(一体誰だ? お隣さんが間違えてノックしてるのか?)

 音が大きくハッキリと聞こえたAさんは、誰かが居る事を確信してドアスコープを覗いた。

 恐る恐るドアスコープを覗くと、何も見えない暗闇。

 一瞬深夜だからかと思ったが、誰かが手でドアスコープを塞いでいた事に気が付いたAさんは、誰かが悪戯でやっている事を確信した。

「こんな夜中にいい加減にしろ!」

 外でドアスコープを塞いでいる“誰か”にイラついたAさんは、力いっぱい玄関ドアを開けた。

 しかし、外には誰も居ない。

 そんなはずは無いと思ったAさんは、下の階に続く階段に誰か隠れていないか見に行ったが、外には誰も居ない。誰も潜んでいる気配もない。

 階段を下りるような足音も聞こえなかった。

 Aさんの住んでいるアパートは鉄階段の為、音を一切立てずに一階へ降りる事は不可能だった。

 まるで狐に化かされたような釈然としない気持ちのまま、仕方なく自室へ戻ったAさんは玄関に入ると目が合った。

 リビングのドアの隙間から玄関に戻って来たAさんを見ていた目は、ニタァっと笑う。

 恐怖のあまり家を飛び出したAさんはすぐに警察に通報し、一緒に自宅に誰か潜んでいないか確認したが誰も居なかった。結局、Aさんの悪戯として処理された。

 その出来事があって以来、Aさんはすぐにその物件から引っ越したそうだ。

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