自殺するまでとその後
※このお話はフィクションです。
このアパートに来てからずっと、自分自身に違和感があった。
その違和感とは、常に体が気怠いような、何に対しても気概が持てないような感覚。
違和感と言っても、具体的な変化があった訳でも無いのであまり気にしなかった。
確かにあった違和感を私は無視して生活をしていた。
仕事で嫌な事がある事など、日常茶飯事であり、それは何も私に限った話では無いと思う。
誰しも、どんな仕事でも、長く続けていれば多少なりとも嫌な事はあるものだ。
休みの日に職場から電話が掛かって来て、ああ嫌だな。なんて思いながらも私はその電話を無視した。
何も、その時に私が電話に応答しなければ取返しのつかない事態になる事等無いのだ。私の従事している仕事では特にそう断言出来た。
翌日、職場に行って昨日の電話が大した用件では無い事が分かった。
私も誰にも責められる事など無かった。
しかし、ふと私は死にたくなった。
人が自殺する時の感情って、こんな感じなんだなと思った。
気が付いたら、私は自殺の仕方について調べていた。
首吊りは嫌だな、とか溺死は一番苦しいらしいとか、適当に調べた結果、睡眠薬を服用してからの練炭自殺が楽に死ねるらしいと分かった。
調べただけで、特に実行するつもりなど無かった。
ただ、調べただけだった。
しかし、練炭自殺は失敗すると脳にダメージが残る為、途中で救助などされて死にきれなかった場合は死ぬよりも辛い状態に陥ってしまうらしい事が分かった。
そこで、私はアパートの浴室で練炭自殺をした。
市販の睡眠導入剤しか手に入らなかったが、多めに服用すればしっかりと効果があって意識が落ちるのも早かった。
浴槽に浅めに溜めたお湯に半身を浸かりながら、浴室で練炭を焚いた。
意識を失ってから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
ぼんやりとする意識の中、玄関から人の声が聞こえて来た。
「〇〇さん! 〇〇さーん! 居ますかー? 居たら開けてくださーい! 〇〇さーん!」
切迫したような声を上げる男性は、何度も玄関ドアをノックし、それだけでは飽き足らずインターホンを何回も何回も押して本当にうるさかった。
しまった。意識があると言う事は、私は自殺に失敗したのだ。
最悪な気分だ。
この先私は消えない意識の中、植物人間として生き続けなければならなくなった。
「〇〇さーん! 居ませんかー!」
ガチャリ、と玄関のドアが開く音が聞こえてくる。
玄関から聞こえて来るうるさい声は、どうやってか玄関のドアを開けて中へ入って来たようだ。
「……この臭い。だいぶ経ってますね」
男は玄関入ってすぐ右手にある浴室に真っ先にやって来た。
玄関から入って来たは、警察官だった。声を上げていた男以外にも二人居た。
浴室に入って来た警察官達と目が合わない事が不思議だったが、その理由が分かった。
その警察官達は私では無く私の足元を見るなり口元を抑えていたからだ。
ふと、足元を見るとそこには、浴槽の水を吸って少し膨張した私の体だった物があった。
ああ、私は死んだんだ。
死んでしまったんだ。
しまった、しまったしまったしまったしまった!
何で、なんで私は死んだんだ。
どうして、なんで、こんな事に。
何も分からなかったが、ただただ後悔した。
なんて馬鹿な事をしたんだと、本当に後悔している。
警察官達のように、誰も私が見えない。
この先ずっとこの世界を彷徨い続けなければいけない。
私の居ないはずのこの世界を、まるで覚めない夢を見続けるように永遠と彷徨い続けなければならない。
嫌だ。時間が巻き戻せる方法は無いのか。
何か、この死を無かった事にする方法。
そんな事を考えていると、私の遺体が警察官達に運ばれて行って、この部屋には私だけが残った。
他に、どこに行く気にもなれなくて、私はこのアパートの一室にずっと居た。
すると、どれだけの月日が流れたのか、別の人が私の住んでいた部屋に入居してきた。
入居してきたのは、三十代後半の男性だった。
男性を見て、私は心の底から嫉妬した。
いいなぁ、体があって。お願いしたら、その体をくれないだろうか?
しかし駄目だった。この男にも私は見えなかった。
そうだ、良い事を思いついた。
この男が自殺する直前に、体を奪えば良いんだ。
私は男が死ぬよう願った。
毎晩、呪詛のように「死ね」とこの男に唱え続けた。
願いは通じた。
ある日、男がロープで首を吊ったのだ。
あーあ。勿体ない。
死んでしまっては、その体は使えない。
自殺して欲しいが、生きた体を残して貰わないと困る。
早く次の入居者が来ないだろうか?
体を手に入れるのは、かなり難しい事が分かった。
ああ、こんな事なら死ぬんじゃなかった。
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