難易度最高ランクのダンジョン攻略を目指す超絶美少女配信者に協力する権利を与えられましたが、ほぼ引退しているのでボランティア活動に従事しようと思います。
第18話 To be or not to be, that is the question(2)
第18話 To be or not to be, that is the question(2)
『おお、四季か。連休初日にどうした? こっちは仕事が盛り沢山で大変だよ』
「悪いがその仕事がひとつ、増えるかもしれないぞ」
電話に出た藤村は連休というのは関係無いのか、どうやら絶賛仕事中のようだ。そんな藤村にシツツメは不安を煽るようなことを言った。藤村の溜息が向こう側から聞こえる。
『勘弁してくれ。ただでさえ、今取り込み中だったってのに』
「……藤村、その相手は初老の男性じゃないだろうな。少し白髪が混じって、リュックサックを背負っている」
『おいおい、何で分かるんだ? まさか四季の知り合いなのか?』
「やっぱりか……」
シツツメはちっ、と舌打ちをする。当たらなくても良い考えが当たってしまい、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。対して藤村の方は驚きつつ、「もし四季の知り合いなら」と断りを入れた。そこには若干の期待が込められている。どうやら人手が欲しいらしい。
『こっちに来て貰えないか? この御柳さんっていう人を説得してもらいたいんだよ。何でも、ダンジョンの中に入りたいらしくてな。話を聞いたら第一階層じゃなくて、そこから先に行きたいんだと。無謀にも程がある』
「ああ、元からそっちに行くつもりだよ、その御柳さんがいるのならな。藤村、ちょっと引き止めておいてくれ」
『分かった。どうにも面倒なことになってきたな』
藤村の愚痴を聞き、電話を切ったシツツメは掃除したばかりの店のシャッターを閉めると、店の裏に駐車してある車に乗り込み、夜桜市のダンジョンへと向かった。車を走らせながら、シツツメは「どうしたもんか」と独り言を呟く。
(嫌な考えが当たってしまったな。どうにか説得できればいいんだが、もしできなかった場合は──)
シツツメは御柳の説得に失敗した時の対応を頭に浮かべた。そうなってしまったら、相当にハードになる。それが成功するかどうかも分からないし、最悪、シツツメ自身の命に関わることだ。だがそうすることでしか御柳を助けられないのならば、シツツメは迷うことなく、今思い浮かんだ方法を取るだろう。
シツツメが夜桜市のダンジョン周辺に到着する。連休初日ということもあり、第一階層だけでも見学したいという観光客が大勢いた。それに加え、凛音が配信をしたこともこの人の多さに繋がっているだろう。
「あれ? あそこにいる人って、もしかして……」
「そうだよ、凛音ちゃんの配信に出ていた人じゃん。シツツメさんだっけ?」
「ねえ、配信で見た映像よりカッコいいじゃん。声かけてみようよ」
周囲からそんな話し声が聞こえ、シツツメは「雨宮の奴め」とここにはいない凛音の名前を不機嫌そうに呟く。凛音の配信に出て、SNSで良くも悪くも取り上げられたことでシツツメの存在は以前よりも遥かに知られるようになった。シツツメを目当てに店にやって来る人間が増えて売り上げもずっと上がったのだが、シツツメとしては面倒だった。近所の子供や、夜桜高校の生徒を相手にだらだらと話している方が性に合っているらしい。
第一階層へと入るダンジョンの入口から離れた場所で、シツツメは藤村と御柳の姿を見つけた。周りの観光客から話しかけられる前に、向こうに歩み寄って行く最中で藤村はシツツメの存在に気づくと、「こっちだこっち!」と手を振った。その様子を見れば、シツツメの到着を心待ちにしているのが分かる。説得は難航しているようだった。
「四季の方からも頼む。この御柳さんって方、頑として俺の言葉に耳を貸さなくてな」
「まあ、やるだけはやってみるさ」
お手上げだと首を振る藤村にシツツメはそう言うと、先ほどまで店の中で話していた御柳と向かい合う。御柳は「おや、シツツメさん」と頭を下げた。できることなら、他の場所で再会して世間話でもしたかった、というのがシツツメの正直な気持ちだった。
「まさかこんなに早く再会するとは思いませんでしたよ、御柳さん」
「藤村さんがお呼びした方は、シツツメさんだったんですね。四季と呼んでいたから、分かりませんでしたよ」
「志津々目四季というのが私の本名なので。ですが、そんなことは今はどうでもいい──御柳さん、私の店で話したことを忘れた訳ではないでしょう?」
「勿論です、しっかりと憶えています。あそこでシツツメさんが私に言ったことは、全て正論です。それに異議を唱える私は間違っている。理解できています」
「ならば、何故ですか」
シツツメの問いかけに、御柳の表情が変わった。憂いを帯び、今にも涙を流しそうだ。御柳から詳しい事情を聞いていないのか、藤村は訝しそうに眉根を寄せる。
「簡単です。息子のことが忘れられないんですよ。息子が行方不明になり、一年も経てば息子の友人たちも次の場所へと進んでいく。段々とその記憶も薄れ、悲しみも和らいで、楽しみを見つけていく。当然です、生きているのですから。ですが、息子だけがそれをできていない。時間が止まったように。私の時間も息子が行方不明になってから、止まったままなんですよ。もっと話に耳を傾けてやれば良かった、何であの時に殴ってでも止めなかったのか──ずっとそんなことを考えているんです」
御柳の言葉は現実を知りつつも、それを受け入れることができずに苦しんでいる人間の悲哀に満ちていた。御柳もシツツメの言葉が正論だということは理解しているが、正論で人を救うことはできない。
藤村はそこで何かを思い出したのか、腕を組み視線を地面に落としている。そして思い当たることがあったのか「そういえば」と顔を上げた。
「一年前、確かに行方不明になった少年がいた。見つけることができず、捜索を打ち切ったが……」
「藤村、それは聞いていなかったぞ」
「四季はその時、立て続けに他の救助に当たっていたから、伝えなかったんだ。だがこちらとしても同じ捜索を続ける訳には行かず、結局見つけることはできなかった」
「だから御柳さんは自分でダンジョンの中に入り、探しに行こうとしていたんですね。……いや、この際だからはっきりと言います。あなたは死にに行こうとしていた。そうでしょう。だからあんな大金を渡す際も、まったく躊躇わなかった。死人に金は使えませんから」
シツツメの取り繕うこともない、率直な言葉。それを聞き御柳は「参りましたね」と苦笑を見せた。どうやらシツツメの言う通りらしい。
「シツツメさんに渡そうと思っていたあのお金は、息子の将来のために貯めていたお金です。ですがもし息子が戻らないのなら、もう必要ないですから。少しでも意味を持たせたくて、シツツメさんに渡そうと思ったのですが、断られてしまいましたからね」
「ダンジョンの中で死のうとしたのは、せめて息子さんと同じ場所でと考えたんですか? 御柳さん、あなたはまだ生きている。あなたの時間はまだ進んでいる。そんなことを考える必要なんてない」
「優しいのですね、シツツメさんは。ですが、もういいのです。息子の時間が止まっているのなら、私の時間だけ進んでも虚しいだけですから」
御柳はもう生きる気力を失っているのか、その声にも力が無い。仮にこのダンジョンに入るのを止めたところで、別の場所で自ら命を絶つ可能性が高い。藤村もそれに気づいているのか、必死に説得の言葉を探しているようだった。
そんな中、シツツメはある決意をする。もし御柳の説得に失敗した場合として考えていた、最終手段だ。できることならばそうならないに越したことは無かったが、これしか方法が無いのならシツツメは迷わずにその方法を選ぶ。
目の前で死のうとしている人間を見捨てる趣味は、シツツメにはないからだ。
「藤村、そっちのデータベースから一年前の情報を探してくれ。御柳さんの息子さんの情報もあるはずだ」
「そりゃすぐにできるが……四季、お前何考えてる?」
「少しばかり、無理と無茶をするだけだ。──御柳さん、息子さんは何かアクセサリーなどは着けていませんでしたか? 指輪とか、時計とか」
「ええと、高校の入学祝いで買った腕時計をしていましたね。大したものではありませんが……」
「もし携帯にその腕時計の画像があったら、確認させてください。捜索に必要不可欠なので」
シツツメの「捜索に必要不可欠」という言葉を聞き、藤村はシツツメの考えが分かったのか「四季、お前まさか」と視線をやった。シツツメは藤村と目を合わせて「ああ」と頷けば、その最終手段を口にする。
「今日の夜から夜桜市のダンジョンに入って、俺が活動できるギリギリまで御柳さんの息子さんを探す。一年も経過していれば白骨化しているだろうが、周辺には身に着けていた腕時計がまだあるかも知れない。そうなれば、遺骨の回収も可能だ」
「虱潰しに探すのか? どれぐらいあの中で捜索するつもりなんだ?」
「言っただろう、俺が活動できるギリギリだ。まあ──長く見て二週間ってところか。第十階層より下に行っていることはないだろうから、そこより上を徹底的に探す」
「……四季、お前の店に良く顔を出している夜桜高校の子たちには何て言うつもりだ。そんなに留守にしていたら、心配されるだろ」
「何も言わない。死ぬつもりなんてないからな。店に関してはシャッターを閉めたままにしておくが、鍵はお前に渡しておくから、たまに様子を見てくれ」
とシツツメは藤村との会話の最中、呆然とその様子を見ている御柳の肩をぽん、と叩いた。そして不敵に笑って見せる。
「御柳さん、あなたはまだ生きている。だから死のうとするな──俺が必ず、御柳さんの息子さんを見つけて帰ってくる。あなたの時間はまだ、止まっちゃいない」
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