4章 アウベニール

第51話 アウベニール

 私達がザラの村を出て数日。

 かなり遠いところに高く白亜はくあの城壁が見えてきた。


「あれが王都アウベニールですか?」

「そうなのです。グランツ王国の王都アウベニールなのです」

「ここってグランツ王国って言うんですね」

「知らなかったのです⁉」


 ネムちゃんが驚いて聞いてくる。


「はい。私は師匠がいない時は、ずっと1人でいましたので」

「そ、そうなのですね……。申し訳ないのです」

「特に気にしていませんよ。それよりも……」

「?」


 私はネムちゃんにそう返し、不安な気持ちで王都を見る。

 ネムちゃんが不思議そうにしていたけれど、彼女もすぐに私と同じような顔になり、げんなりする。


「これは……一体どれだけかかるんだろうねぇ……」

「……」


 ミカヅキさんの言葉に誰も答える事はない。


 それもそのはずで、王都に入ろうとしている列はとてつもなく長く、門まで見えないくらいだ。


「まぁ……並ぼうか」

「そうですね……」

「はいなのです……」

「何してようか……」


 クルミさんが仕方なく言った言葉に私達は頷き、のんびりと並ぶ。


 それからしばらくして……。


「それでさー! もうこの前なんて魔法を使い過ぎてポーション飲まないとやってられない感じだったんだよー!」

「クルミさんはポーションが好きだから飲んでたんじゃないのです?」

「えーそれもあるけど、それだけじゃないっていうかー」

「もう、なにか教えてほしいのです!」


 という感じでいつも話しているのと大差はなく、私達の番が来るまであっという間だった。


 門番でも特に聞かれることはなく、忙しいからさっさと行けとすら思っているような感じだ。


 そして、私達がアウベニールの中に入ると、人の波だった。


「これは……」

「並んでる時から思っていたけど……宿取れるかな?」

「ですねぇ」


 クルミさんに返す言葉は重たい。

 それほどに人が多く、圧倒されてしまう。


 私達が入ってすぐの所にいると、後ろから声をかけられる。


「お嬢ちゃん達。さっさと行ってくれ」

「あ、すいません」


 私達はクルミさんを先頭に一列になって進む。

 街を歩く人達もそれぞれ向かう場所があるのか、中々前に進まない。


「これは……どうしようかな……」

「ゆっくり……行くしかないんじゃないですか?」

「だよねぇ」


 私達はゆっくりとだけれど進み、近くの宿を見つける。

 だけど、


「悪いねぇ、もう満室なんだ」

「そうですか……」


 次も、


「ごめんねぇ、1か月以上前からもう予約でいっぱいなのさ」

「わかりました……」


 更には……、


「空いてますよ」

「本当ですか⁉」


 これまで20軒くらい満室と言われて来てのこれだ。

 流石にやっとか……という安堵が出てくる。


 宿の受付である、仕立てのいい服を着た太めの人はもみ手に笑顔で話す。


「ええ、時期が時期だけに少々お高めですが……お一人につき5万ゴルドです」

「5……5万ゴルド⁉ しかも……1人につきですか⁉」

「はいぃ。我が宿は王都の中でもかなり高級な宿になりますれば。4人合わせて1泊20万ゴルド……と言いたい所ですが、サービスで4人で1泊15万ゴルドでいかがでしょうか?」


 胡散臭そうな顔を浮かべているけれど、背に腹は変えられない……だろうか。


 そう思って後ろを振り返ると、3人ともやめようという顔をしていた。


「すいません。やめておきます」

「そうですか。ですが、他の宿も空いていないと思いますよ? 裏のような……治安の悪い場所を除いて」

「……失礼します」


 それから私達は外に出て話し合う。


「どうしましょうか?」

「まぁ……ラミルさんのを使うしかないんじゃない? 高いらしいけど……あたしは宿で寝たいし」

「わたしも宿で寝たいのです……。街中で野宿は嫌なのです」

「アタシもふかふかのベッドが恋しいよ」


 ということで、ラミルさんの宿を探すことになった。

 だけど、問題も起きる。


「私! あの屋台が食べたいです!」

「サフィニアさん。その言い方は屋台ごと食べるつもりに聞こえるのですよ」

「そうなってもいたし方ない所存しょぞんです!」

「流石にそれはダメなのです!」

「そんな……」


 私が食べたいと思って見ていると、ミカヅキさんに引っ張られる。


「はいはい。サフィニア。今回はちゃんと宿を取る事を決めてからね」

「ミカヅキさん……ダメですか?」

「ダーメ。言うことを聞きなさい」

「はい……」


 私はミカヅキさんに説得され、私は大人しくついていく。

 そんな事が数回あった後、何とかラミルさんの言っていた宿『青い渡り鳥』に到着した。


 宿の場所を聞いたり来るのにかなりの時間がかかってしまい、空はすでに暗い。


 その宿は先ほど1人5万ゴルドを要求された所よりも高級そうで、高さも4階建てというものだった。


「これ……大丈夫かな……」


 クルミさんの言葉に心配になるけれど、いかなければ始まらない。


「行きましょう」

「そうだね」


 私達が中に入ると、想像していたよりもかなり高級そうな場所だった。

 泊っている人達も裕福そうで、身なりもとてもきれいだ。


 受付に向かうと丁寧に頭を下げられて、すぐに断りの言葉をもらう。


「申し訳ありません。新規のお客様はお断りを……」

「あの、これを」

「? はい」


 私はラミルさんからもらった手紙を受付に手渡すと、受付のお姉さんは一度裏に引っ込む。


 それからすぐに出てくると、泊ってもいいという言葉をもらえた。


「特別にご宿泊していただいて構いません。ただ……料金がかかることになります」

「あの……いくらでしょうか……」


 正直不安だ。

 1人5万ゴルド。

 あの宿よりも質のいい宿……。


 一体何万ゴルドかかるのだろうか。


 受付のお姉さんは申し訳なさそうに言う。


「それでは、4人で一部屋、一泊4万ゴルドになります」

「……なんて?」

「ですから、4人で一泊4万ゴルドになります」

「……安いですね」

「ええ⁉」


 私の言葉に受付の人は驚く。

 でも、さっきの話を聞いた後であれば、当然だと思う。


 私がその事を話すと、彼女は納得して話してくれる。


「なるほど。それは危なかったですね。時々いるんです。そういう詐欺さぎまがいのことをする宿が」

「それは……いいのでしょうか?」

「法でのお話……ということであれば問題はありません。我々も多かれ少なかれそういったことはしますからね。ですが、そういう事をしていれば、いずれ消えていきますよ」


 そう言って微笑む受付さんはちょっと怖かった。


 私達は部屋に案内される。

 部屋はとても広く、家具の素人の私が見ても高級品だと感じさせるものだった。


 ベッドが人数分あり、大きなテーブルにソファもついている。


 案内してくれたお姉さんは一礼して話し始める。


「お食事もご用意できますが、いかがなさいますか?」


 私はみんなの顔をうかがうと、疲れているようだった。

 私が外に出て買ってきてもいいけれど、一度くらいはここで食べてもいいのではないだろうか。


「いいですか?」

「うん」

「お願いしますなのです」

「問題ないよ」

「ではよろしくお願いします」


 私がそう言うと、彼女は満面の笑みで頷いてくれた。


「かしこまりました。それではすぐにお持ちしますね」


 彼女はそう言って部屋から出て行き、私達は思い思いの場所に腰を降ろす。


 私とネムちゃんはベッド、クルミさんとミカヅキさんは向かい合う様にしてソファに座った。


 クルミさんが大きく伸びをして体をほぐしながら言う。


「ふ……くぅ! いやぁ……それにしてもすごい人だったね。いくら何でもこんなにいるとは思わなかったよ」

「本当にそうなのです。わたし1人だったら人の波に流されてどこかに漂着ひょうちゃくしていたに違いないのです」

「ははは、確かにそれはあるかもね。すっごい人だったし。っていうか、みんなこれなんのために集まってるの?」

「知らなかったのです?」

「うん。ポーションが飲めればそれでいいから」


 クルミさんはそうあっけらかんと言っていたけれど、ネムちゃんはじとっとした目でクルミさんを見て言う。


「そんなことではお祭りを楽しめないのですよ」

「楽しむ?」

「はいなのです。今回のお祭りは第3王女様の祝いらしく、王女様の好きな物が振舞われるとか」

「それがどうして楽しいの?」

「今回はあれですが、そのお祝いの成り立ちを知っておけば、どんな事があったのか……等想像できるではないのですか!」


 ネムちゃんはそう言って楽しそうにしている。

 彼女はそうやって過去に思いをせて、今に繋がる何かを楽しみたいのかもしれない。


「なるほどねぇ。まぁ、あたしはポーションが一番だから気にしないよ」

「クルミはぶれないねぇ」

「それがあたしだからね」


 ミカヅキさんの言葉にクルミさんはニヤリと笑って答える。

 それからのんびりと話していると、部屋がノックされた。


 コンコン。


「どうぞー」

「失礼いたします」


 そう言って部屋に入って来たのは、豪華な食事を持って来てくれた先ほどのお姉さんだった。

 彼女は台車で運んできた食事を次々にテーブルの上に並べていく。

 全てを並べ終わると、一礼をする。


「これで食事は全てになります。何かお聞きしておきたいことはありますか?」


 彼女がそう聞いてくるので、私は気になっていた事を聞く。


「あの、このお祭り……というのは、何を楽しんだらいいのでしょうか?」


 今の所宿を探すだけで終わってしまったので、できれば何をしたら良いか聞きたいのだ。


 お姉さんは優しく微笑んで答えてくれる。


「それはお客様次第ですよ。この祭りの目玉であるパレードを楽しむもよし、今回限定で開かれる舞台や大会等を楽しむもよし。近隣諸国から多くの商人が集まった今回限定の市に行って掘り出し物がないか楽しむもよし。より詳しいお話が知りたい場合は、受付にお越しください。どこで何がやっているをお教えします」


 そう言って彼女は去っていく。


「自分次第……」


 そう言われて、何をしようか。

 何を楽しんだらいいのだろうか。

 少しドキドキで胸が高鳴ってくる。


「サフィニア」

「クルミさん……」


 クルミさんが優しく笑顔で言う。


「サフィニア。楽しむのもいいけど、あたし達、お金を稼がないとここから追い出されるからね?」

「……はい」


 私達の明日の予定が確定した。

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