第50話 ザラでの最後の夜
「ヒュドラの死体について、詳しく聞きたい」
そう語るアザミさんの片目はとても真剣だった。
私が前に出て、彼女に聞く。
「詳しく……とは、どういうことでしょうか?」
「どうしたもこうしたもない。ヒュドラの死体を我々も確認したが、頭の部分……あんな……あんな凹みはなかったはずだ!」
彼女はそう叫んで一歩前に出た。
背中からはやっぱりかと言いたげなクルミさんの視線が飛んできている気がする。
私はそっぽを向いて言う。
「み、見間違いじゃないですか? きっと……皆さんの攻撃が当たっていたんですよ!」
「いや、あんな風に凹むような攻撃は誰もやっていない。第一、頭のウロコが一番固いんだぞ? オレ達の攻撃では傷つけることすらできなかった」
「そ、そんな……きっと……あれですよ。気付かなかっただけですよ!」
「いや、そんなはず……」
「そんなことありません! 大丈夫です! 《
私は自信満々に言い切る。
2人は私が絶対にそうだ。
というように言っているため、そうなのかな、という感じで思っているに違いない。
「そ、そこまで言うのであれば……そう……なのか?」
よし! このまま押せば行ける!
私はそう確信して、さらに言葉を重ねる。
「そうですよ! 私達はEランクが1人とFランクが3人の駆け出し冒険者なんですから! だからヒュドラのとどめの一撃を入れるなんて事は絶対にありませんよ!」
「う……うむ……。そう……か……そうかもしれないな……」
アザミさんはそう言って納得してくれた。
やった!
そう思っていたら、カトレアさんが口を開く。
「ヒュドラの件、本当に感謝しています。でも一番は……」
彼女はそう言って、ネムちゃんの前にひざをつく。
「あなたです。ネムさん」
「え……あ、は、はいなのです」
「あなたが私を助けてくださったからこそ、ヒュドラの件に関しても感謝することができる。今……生きている命があるということに感謝いたします」
「無事で良かったのです」
ネムちゃんはそう言って優しく笑う。
カトレアさんはそれを見て、話を続けた。
「そう言っていただけて助かります。ですが、私にできることがあればなんでも言ってください。命の値段にかけられる物はないのですから」
「なんでも……」
ネムちゃんはそう言われてなんと答えようか悩んでいる。
でも、思いついたのか答えた。
「わたしは今、ワールドマップという物を作っているのです」
「ワールドマップ?」
「はいなのです。世界の全てを記したそれを作ろうとしているのですけど、次の目的地である王都アウベニール。ここの周辺で何か新しく見つかったこと等あったら教えてほしいのです!」
ネムちゃんがそう言うけれど、カトレアさんはアザミさんと顔を見合わせて難しい顔をしていた。
「アザミ、何かある?」
「オレ達はそういうのに
「いえ……こちらこそ申し訳ないのです……」
申し訳なさそうな顔をしているネムちゃんに、カトレアさんがおそるおそる聞く。
「代わりと言ってはなんだけれど、王都にある美味しいお店……特に甘味の美味しいお店だったら教えられるんだけれど……それではダメかしら?」
「いいのです!」
「え……」
「いいのですよ! わたしも甘いものはとっても好きなのです!」
ネムちゃんがカトレアさんに詰め寄っている。
というか、さっぱりしたものが好きだと思っていたけれど、甘いものの方が好きなのかもしれない。
「そ、そう。それなら……」
それからカトレアさんにはどこのお店のこのお菓子が美味しい。
特にこの商品についての成り立ちは……というようにかなり細かく教えてくれたし、なんなら材料とかレシピまで知っているような口ぶりだった。
かなり懇意にしているお店もあるらしく、お店の優待券ももらうことができた。
「ふぁぁ~~!!!! これはとっても楽しみなのです! 早く王都に行きたいのです!」
ネムちゃんはもらった優待券を大切に抱え、目をキラキラとさせていた。
それにクルミちゃんが笑って言う。
「ネムちゃん。まずはご飯にしよう?」
「はっ! そ、そうなのです。甘いもの食べた過ぎて我を忘れてしまったのです」
それから、私は《
「アザミさん。カトレアさん。他のお2人も一緒にどうですか?」
「いいのか?」
「はい。みなさんの分もありますので」
「感謝する。すぐに呼んで来よう」
「はい。後、ラミルさん達はどこにいるか知りませんか?」
「それならそろそろ帰ってくるころだと……」
アザミさんがそう言う所で、玄関の方で人が入ってくる音がする。
「はー! これでとりあえずは終わったかしらね!」
「そうじゃな。ワシ等もやっと仕事から解放され……と、お主達、何をやっておるんじゃ?」
ラミルさんと村長さんが帰って来た。
「ちょうど良かったです! ご飯を作りすぎたので、一緒に食べませんか⁉」
それから、《
アザミさんはミカヅキさんに辛い物を勧められて食べていた。
ただ、彼女は辛いのが苦手だったのか、涙目になりながらも、強気な
カトレアさんはヒュドラを倒したらもう我慢する必要はないという事で、色々とご飯をとても美味しそうに食べてくれている。
食べるペースはとても早く、一瞬の内に飲み込んでしまう。
でも、その美味しそうに食べる姿、一口食べる度にほほに手を当て、『美味しい』と言ってくれるのは私の胸を満たす。
ラミルさんも仕事が問題無くなったからか、お酒を取り出して飲んでいた。
おかずもたくさん食べてくれて、美味しそうにしていたのは師匠を思わせる。
「……」
騒がしい夜は終わった。
でも、また……明日も、その次も、きっと……楽しい夜を過ごせると、私は確信していた。
******
翌日。
すぐにでも王都に向かいたいという事で、私達は東の門に来ていた。
見送りに来てくれたのは《
「それでは、皆さん! お気をつけて!」
私がそう言うと、皆さんは苦笑して言葉を返す。
「それはこっちのセリフだ。ヒュドラはいないとはいえ、森だからな。気を付けてくれ」
アザミさんがそう言ってくれる。
「はい。ありがとうございます」
「アザミさんもお元気で」
「ああ……そう……だな。それと……カトレア」
「ええ」
私達の前にカトレアさんが出てきて、少し真剣な目で話す。
「もし……王都で何か力になって欲しいということがあったら言ってね? 私達は……王族とも多少繋がりがあるからね」
「王族……そんなこと言ってもいいのです?」
ネムちゃんが思わず聞いていた。
カトレアさんは頷いて答える。
「ええ、昨日……私達パーティで話し合いましたから。あなた達なら……言ってもいいと。それに、王都のお店の情報だけではちょっと……足りない気がしましたから」
「それは……ありがとうございますなのです」
「いえいえ、こちらこそです」
王族との繋がり……まぁ、あんまり使う事はないだろう。
クルミさんも取り
そんな事を思っていたら、ラミルさんが何か手紙を差し出してくる。
「それじゃあ、あたしからはこれかな」
「はい?」
私は手紙を受け取る。
「それは王都の『青い渡り鳥』っていう宿の紹介状だよ」
「宿の……ですか?」
「そ、祭りが始まるにはもう少しあるけれど、もうそろそろ宿がなくなると思うからね。ただ、そこ……少し高いから、もし他に宿がありそうなら違う方を取ることを勧めるわ」
「ありがとうございます」
「いいのよ。それじゃあ気を付けてね」
「はい! 皆さんもお元気で!」
私達はこのザラに少ししか滞在はしなかった。
だけれど、とっても……楽しい、素敵な経験ができたと思う。
次の王都でも……こんな……いや、もっと楽しい……素敵な体験ができるといいな。
私達は、ザラの村から出て、まっすぐに王都を目指す。
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《読者の皆様にお願い》
ここまで読んで頂いて本当にありがとうございます、これにて3章は終わりとなります。
引き続き4章に入っていきますので、よろしくお願いします。
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