第15話 森で1人?


 私は深夜だというのに、怒鳴り声が聞こえる町中を静かに歩く。


「おい! 予備の準備もしておけ!」

「ええ⁉ でもゴブリン相手にそこまでします⁉」

「何があるか分かんねぇからやるんだよ! いいからさっさと動け!」

「はい!」


 後衛の人達は忙しそうに動き回り、私の様子など気にも留めないように荷物を持って走っていく。

 そんな人達とすれ違い、私は閉じられた門を人に見られないように跳んで外にでる。


 町の外は月明かりで想像よりも明るく、草原を優しい風がなでていた。


「こっちだよね」


 私は静かに走り、急いで森に向かう。


 すぐに森に到着し、後ろを振り返るけど、誰かが跡をつけている様子はなかった。


「良かった……誰かにバレたらまずいもんね」


 私が来ているのは西の森だ。

 ゴブリンの大集団がせまっていると言われている方になる。


 なんでこんな所に来ているのかと言われたら簡単で、私が殲滅せんめつすればいいと思ったからだ。


 被害が出る前に私がゴブリンを殺しきる。

 それができなくても、大部分の数をけずっておけばみんなの戦いが楽になると思う。

 私達が戦って、誰かの目に付くことを嫌う。

 クルミさんの事を考えたらこれが最善だと思ったからだ。


「でもその前に……」


 私はマジックバックから昨日の夕飯の残りを取り出した。


「流石に戦っている最中にお腹が減ったら困るからね。食べられるうちに食べておかないと」


 昨日の夕食はギルドで出してもらった大きなパンと、ファングボアの肉だった。

 少し冷めてしまっているけれど、昨日はあれだけ美味しかったんだ、多少は冷めても美味しいに違いない。


 私は安全な場所で食べようと考えて、木の枝に座って食事を始める。


「……」


 パンを食べると、どこかぼそぼそしていて、美味しいとあまり感じられないような気がする。

 ファングボアの肉も脂身がきつくて食べたいと思えるようなものではなかった。


「……」


 それでも、私は食べる。

 冷めてしまったからそうなのかもしれない。

 そんな思いを胸に食べ続けて、どこか思う、きっと……温かかったら美味しいに違いない。


 だから、今は我慢して食べる。

 これからやることには食べておくべきだからだ。


 少し時間をかけて食べきり、片づけをしてから枝の上に立つ。


「よし、行くか」

「どこに行くの?」

「!!!???」


 私は急に聞こえた声に驚きつつも後ろを振り返ると、そこにはクルミさんが杖に座って宙に浮かんでいた。


「クルミさん……」

「サフィニア? どこに行こうとしているの?」


 そう口にする彼女の雰囲気はとても怖い。

 なにか恐ろしいものと対峙たいじしているような気持ちにさせられた。


「サフィニア?」


 そう怒ったように話すクルミさんに、私は正直に話す。


「今からゴブリンを殲滅せんめつしに行こうと思っていました」

「どうして?」

「町が危険なら誰かが戦わないといけないと思って……それに、ゴブリンがたくさんいても私なら問題ないです」

「それで自分だけで、あたし達にも相談せずに1人で来たわけだ」

「……ごめんなさい。でも、皆がケガをしたら悲しいです」


 私はそう言うと、クルミさんはぐいっと顔を近付けて聞いてくる。


「ならあたしは、君が1人でゴブリンと戦いに行ったと聞いてどんな気持ちになったと思う?」

「……」

「あたしだってサフィニア1人で戦ってほしいなんて思っていないんだ。大丈夫って言っても戦いには何があるかわからない。君が傷ついたら悲しいし、あたしが魔法で焼き尽くせば良かったって思う」

「……」

「サフィニア、君があたし達を大事に思ってくれているように、あたし達だってサフィニアの事を大事に思っているんだ。だから、全部1人で抱え込まないでよ」


 彼女はそう言って私を優しく抱き締めてくれる。


「クルミさん……」

「確かに今町は危険な状態ではあるかもしれない。でも、それはこの町に住む人達の問題だよ。君が助けてあげたい。なんとかしてあげたい。その気持ちはとても素晴らしいけれど、全部やってあげては君がこの町からいなくなった時にどうしようもなくなるよ」

「はい……。すいませんでした」


 クルミさんにそう言われ、私は申し訳ない気持ちになる。

 それと同時に、そこまで私の心配をしてくれることに温かさを感じた。


 その事を表す様に、クルミさんが私を抱き締める力は変わらず優しかった。


「ううん。いいの。そうやって……何とかしようとする気持ちは本当にすごいと思う。それも自分からそんな風に思えるなんて、英雄の才能あるよ」

「そんなのはいらないです」

「そっか。あ、でも、もしあたしが変になったら止めてね」

「クルミさんが変になるなんて想像できないです」

「ほんと? これもお姉さん力の賜物たまものかな」

「なんですか? それ」

「ふふ、気にしなくてもいいよ。それじゃあ戻ろう」

「はい」


 こうして私はクルミさんと一緒に静かにリンドールの町に戻った。


 宿では気持ち良さそうに寝ている2人に気付かれないようにベッドに戻る。


 寝る前に少しだけクルミさんに聞く。


「そういえば、どうやって私が行くって分かったんですか?」

「簡単だよ。いつも全部きれいに食べるし、一緒にご飯を食べてる時も最後までいるのに、昨日はすぐにいなくなったでしょ? 不思議に思って当たり前だよ」

「そうですか……」

「そう。明日は早いんだからもう寝よ?」

「はい。おやすみなさい」

「うん。おやすみ」


 私達はそれだけ交わすと、眠りについた。


******


 翌日、私達はギルドの指示通り南の森から少し離れた草原にいた。

 空は少し雲で覆われていて、雰囲気はかなり暗い。


 他の冒険者達もかなり緊張しているのか、そわそわしている。


 そんな雰囲気を、Dランク冒険者の人達が笑ってほぐそうとしてくれた。


「お前達、そんなに緊張しなくても問題ない。事前予測でもこっちの方に来る可能性は低い。だから肩の力を抜け」

「でも……」


 しかし、他のFランク冒険者の人達は、私達と同じくらいか、それよりも年下でかなり不安そうな顔をしていた。


「参ったな……」


 この空気を何とかできないものか、そう考えていたら、クルミさんが近付いてくる。


「ねぇねぇサフィニア」

「なんでしょう?」

「ちょっと料理を作ってくれない?」

「今ですか?」

「うん。軽いものなら食べれるだろうし、君の料理の腕を見せて」

「分かりました。ではかまど等はお願いしてもいいですか?」

「もちろん。任された」


 理由は分からないけれど、クルミさんがいうので何か理由があるのだろう。


 私達はDランクの人に許可をもらって、調理を始める。


「ネムちゃんはスープの準備をお願いします。できれば薄めの軽いのがいいです」

「分かったのです」

「ミカヅキさんはこの材料を切っていただけますか?」

「構わないとも」


 そうして20分も経つころには軽い料理、パンに焼いたベーコンやチーズを挟んだ食事が完成した。


「皆さん。これでも食べてください!」

「……」


 ただ、他の人達は少し警戒しているのか手を付けない。


 そんな時に、ミカヅキさんが手に取って食べてくれる。


「うん! これは美味しいよ! ベーコンはカリカリに焼かれていて、その熱でチーズも溶けていて舌が溶けそうになるくらい美味しい!」


 彼女の芝居しばいがかったセリフは他の冒険者の興味を引いたらしく、1人、また1人と食事を受け取っていく。

 そして恐る恐る食べると、すぐに顔色が変わる。


「うん! 美味しいよこれ!」

「ほんと、しかも緊張で朝あんまり入らなかったから、今食べれて本当に助かるの!」


 彼らはそんなことを口々にいって、料理をめてくれる。


 これはこれで作ったかいがあると思う。

 これから戦闘になるかもしれないけれど、ずっとガチガチでは戦うのも戦えない。


 クルミさんはそんな事を見越していたのかもしれない。


 みんなで食べていると、この場の雰囲気もだいぶ緩くなってきて、それぞれに談笑ができるくらいには軽くなった。


 Dランクの冒険者が近付いてきて礼を言ってくる。


「助かったぜ。これでなにかあった時にも固まって動けないってことはないだろうよ」

「なにかあるかもしれないんですか?」

「さぁ? だが、なにもないと気を抜いているより、なにかあるかもしれないと考えている方が生き残りやすいだろうさ」

「なるほど」

「ま、お前達も無理はするなよ。戦いの場は……生き死にの場だからな」

「はい」


 そんな事を話したり、料理を作って渡していると、北の方から人が走ってくるのが見えた。


「あれは……」

「ありゃ……北の森に行ってるEランクの奴だな。なにかあったか? お前達! 全員集まれ!」


 Dランクの彼はそう言って私達を集め、Eランクの冒険者の方に走っていく。


 そして、私達にも聞こえるように、Eランクの冒険者は叫んだ。


「大変です! 北の森でも西と同じくらいのゴブリンの集団が現れました! 急いで助けに来てください! レーナさんが、レーナさんが死んじゃう!」

「⁉」


 彼女の言葉に、私達は衝撃を受けた。

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