第13話 トレント
ズボォ!
「なに⁉」
地中から飛び出した茶色い何かは、森の近くにいたミカヅキさんの足にまとわりついて持ち上げる。
「きゃああああ⁉」
「今助けます!」
私がそう言って助けようとする前に、ミカヅキさんはヒョイと湖の方に投げられた。
「え?」
「え?」
投げられる直前、私とミカヅキさんの目が合い、一瞬何が起きたのか理解しようとした。
「ああああああああ!!!」
そんな考えようとしている間にミカヅキさんは湖に放り込まれた。
湖の中ではミカヅキさんがバシャバシャと水を叩きながら叫んでいる。
「おぼれるー! たすけてー! 死ぬ―! もう無理ー!」
「そこくらいの深さなら足が着きますよ!」
「もうだめだー! お終いだー!」
しかし、私の声は聞こえておらず、かなりパニックになっていた。
「今助けに」
「待って!」
クルミさんの鋭い声が聞こえ、そちらを向くと彼女は森の方に杖を構えていた。
彼女の言葉を
「トレントがいるのです! 今別れるのは危険です!」
「トレント⁉」
「Cランクの魔物でかなり
私はそう言われて、森の方をみるけれど、木の魔物なんてどこにもいない。
「どこ⁉」
「今も擬態してるんだよ。どこから攻撃されるかわからない。だから警戒しなくちゃ」
「そんなことしてたらミカヅキさんが!」
「相手の数も分からないんだ! それに、地下から攻撃もしてくる! 戦力を分散させるべきじゃない!」
「それなら!」
私は拳を振りかぶって地面を思い切り殴りつける。
ドゴォッ!
地面の砂が
「なにしてるの!⁉」
「こうするんです!」
私は木の根を全力で引っ張る。
「グオオオオオオオオ!!!???」
すると、森の方から一体の木の魔物が姿を飛び出てくる。
幹の中心部辺りに
「あれがトレントなのです!」
「分かった!」
「え? 防御力は高いのです! 倒すには時間がかかるのです!⁉」
「大丈夫!」
私はトレントが落ちてくる辺りに先回りして、右手で
「せいやー!」
バギィ!!!
トレントの体を真っ二つに砕いて、その破片が周囲に飛び散る。
私がトレントを速攻で片付けてミカヅキさんを助けに行く!
そうすれば問題ないはずだ!
「……」
「……」
「とりあえず助けて来ますね!」
私は2人にそう告げると、急いでミカヅキさんを助けに向かう。
彼女は湖の中でぐったりとしていて意識がなかったので、私は抱えて戻ってきた。
2人は呆然とトレントの
「あたしの魔法でなんとかしようと思ってたんだけど……。出番なかったや……」
「わたしも……弱点とか色々と提案しようと思っていたのですが……。パワーってすごいのですね……」
そんな事を話している2人に私は声をかける。
「ネムちゃん! ミカヅキさんの様子を
「わ、わかったのです!」
私はミカヅキさんを砂浜に寝かせる。
「『回復魔法:
ネムちゃんが回復魔法をかけると、ミカヅキさんはすぐに意識を取り戻した。
「ごふごっふ! もういや! こんな人形の様な服なんて着てられない! もっとハンマーを握らせて!」
「ミカヅキさん! しっかりしてくださいなのです!」
「え……その声……アスカじゃない?」
「アスカではなくネムなのです。大丈夫なのです?」
「あ……ああ。すまないね。ネムちゃん。アタシはもう平気さ。それよりもトレントと戦わなければならない。もう大丈夫」
ミカヅキさんはそう澄ました顔をして立ち上がった。
「トレントならもういないのです」
「え? どうして?」
「サフィニアさんが倒してくれたのです。パワーは正義だったのです」
「パワー……正義……? なんでもいいけどよくやってくれたね。流石アタシが見込んだ人だ」
そう言ってミカヅキさんは私のアゴをくいっと持ち上げる。
私はなんでそんな事をするのだろうと見つめていた。
そんな彼女に、ネムちゃんが言う。
「水が苦手だったら先に言ってくれれば良かったのです。というか、あれだけ
「……」
「……」
ミカヅキさんの顔から滴り落ちる水滴が多くなったような気がする。
「まぁ、そんな事はいい。それで、水緑石は採れたのかい?」
「話をそらしたのです」
ネムちゃんの言葉はおいておいて、私はマジックバックから水緑石を取り出す。
「取れましたよ」
「おお! すごい! やっぱりあったんだね!」
私はそれらを彼女に差し出す。
「はい。ではどうぞ」
「え……交渉もなしで渡してくれるのかい?」
「はい? だって依頼はここについてくる事と取ってくることだったのではないですか?」
「それは……そうだけれど……」
ミカヅキさんは驚いた目で私を見てくる。
あれ? 見つけるのは簡単だったし、そもそも渡して包丁を修理してくれるという話だったはず。
だからどうして彼女が驚いているのか分からなかった。
「どうかしたんですか?」
「……いや。そうだね。受け取らせてもらおう」
「はい」
彼女が受け取った時、クルミさんとネムちゃんがぽつりとつぶやいていた。
「ポーション代……」
「100万ゴルド……」
「くく……」
そんな2人の言葉が聞こえたであろうミカヅキさんは苦笑する。
「本当に全部出してくれるとは……。君達が取ってきてくれたんだから、半分くらい欲しい。そう言ってもおかしくないのに」
「でも、これは私の包丁を修理してくれる……ということですし」
「そうかい。そこまで言われたら……なるほどね。最高の包丁に仕上げてあげよう」
「よろしくお願いします!」
師匠からもらった大切な包丁だ。
それも腕のいい鍛冶師、しかも貴重な素材を使って直してくれるのであれば、お願いするのが当然だろう。
でも、私のお腹にはそんなのは関係なかった。
頭を下げたタイミングで、お腹が鳴る。
グゥゥゥゥゥ。
このままだと町まで持ちそうにない。
というか、レーナさんが言っていたではないか、湖には大きな魚がいる……と。
なので、みんなに少し聞いてみる。
「あ……あの、ちょっと……魚を獲ってきてもいいですか?」
「ああ、好きにするといい」
「ではちょっと潜って来ますね!」
私はそう言って、湖に飛び込む。
そして、泳いで魚を獲る。
この湖の魚は中々すばしっこかったけれど、私の速度には勝てない。
「皆さん! 獲って来ました!」
「……」
「……」
「……」
「あれ? どうかしたんですか?」
私が聞くと、クルミさんが魚を見上げながら聞いてくる。
「そんな……大きな魚どうやって捕まえたの?」
「4mはあるように見えるのです」
「
「水中で頭に一発入れて動けなくしてから持ってきただけです!」
私はみんなに説明するけれど、ミカヅキさんはちょっと引きつった笑顔をしている。
「サラリと普通の事みたいに言ってるけど、そんな簡単にできることじゃないと思うんだ」
「まぁまぁ、それよりも早く食べましょう! お腹が減って今すぐにでも食べたいんです!」
早いところこの魚を捌きたい、いや、食べたい。
私の頭の中はこの魚をどうやって食べるかでいっぱいだった。
「なら、その魚の解体はアタシがやろうかな」
「え? ミカヅキさんがやってくださるんですか?」
「これでも鍛冶師、刃物の扱いには詳しいからね。解体もできるんだ。それに、ずぶ濡れじゃないか。クルミちゃんの魔法で温めてもらうといいよ」
そういうミカヅキさんもクルミさんの魔法で服を乾かした後のようだ。
「そうそう。サフィニアはこっちにおいで。解体の手伝いはネムちゃんがやってくれるし」
「任せて下さいなのです」
クルミさんはそう言って炎の魔法を使って、私の体や服を温めてくれる。
本当は自分で解体とかをしようかと思ったけれど、濡れたままではきっと良くないという事で任せることにした。
「ありがとうございます」
「これくらいやらないと、本当になんで来たの? って言われそうだからね」
「クルミさんにはいつも助けられていますよ」
「サフィニア……。そんなこと言っても何も出ないよ? ポーションいる?」
「いりません」
「つれないなぁ。次飲んだら美味しいかもしれないのに」
「流石にポーションをそんな理由では飲めないです」
「そう? 美味しいのになぁ」
クルミさんはそんな事を言いながらどこからか出したポーションを飲んでいた。
「クルミさん……禁止……と言った気がするんですけど……?」
「……これはポーションに似た何かだから」
「そうなんですか……」
私がじとっとした目で彼女を見ていると、彼女はがばっと頭を下げてくる。
「ごめんなさい!」
「頭を上げてください。私こそ少し……やりすぎてしまったかもしれないので、飲んでもらってもいいですよ」
「サフィニア……ありがとう。やっぱり飲む?」
「いりません」
適当な事を話しながら待っていると、ミカヅキさんが戻ってくる。
「解体は終わったよ」
「本当ですか? では早速調理を始めますね」
クルミさんも十分に反省してくれただろうし、もう大丈夫だろう。
というか、今はそれよりも魚を食べることの方が大事だ。
私は解体された魚を調理しようと行動を始めると、ミカヅキさんがさらに声をかけてくれた。
「かまどはアタシが作ろうか?」
「かまどを作れるんですか?」
「当然。これでも刃物の扱いは並み以上だよ?」
「でもかまどを……ですか?」
「ああ、こうやって……こう!」
スパッ!
ミカヅキさんがそう言って近くに転がっていた大きな石を片刃の剣で切ると、小さなトレントの石ができていた。
「すごい! そんなこともできるんですね」
「任せたまえ、アタシの刀の腕で作れないものはないよ」
そう言ってくれた彼女に頼み、かまど等を準備して調理を開始する。
今日は大きな魚なので切り身ごとに焼き、それに味付けをしたものにする。
ネムちゃんがいつものように料理にあったスープを作ってくれて、4人で楽しく食事をした。
魚の調理は久しぶりだったけれど、結構満足が行くようにできて、皆もっと食べたいと言ってくれたのだ。
沢山作ったかいがあるというもの。
「サフィニアちゃんはいいお嫁さんになるね。アタシのところに来るかい?」
そうミカヅキさんが冗談を言ってくる。
「ダメだよ。サフィニアはポーションに合う最高のつまみを作り続けてもらうんだから」
そういうのはクルミさん、なんとも彼女らしい。
「ダメなのです。サフィニアさんはワールドマップ完成に必要な人なのです」
ネムちゃんのやりたいことがしっかりと前に出ているらしい。
「私は誰の物でもありませんよ。あ、ミカヅキさん」
「ん? なんだい?」
「その……私がそこそこ戦えるっていうことは秘密にしていただけないでしょうか?」
「……理由があるんだね? 当然いいよ。君には助けられたしね。それくらいなんでもないとも」
「ありがとうございます!」
そんな事を話して楽しく食事を終え、私達は町に戻る。
「なんだか騒がしくないですか?」
ただ、町の中はもう夜だというのにかなり活気があった。
「だねぇ……なにか町でやろうとしているのかな?」
「どうでしょう」
「そういえば、ネムちゃんはワールドマップを作ろうとしているんだよね?」
「そうなのです」
「じゃあ、サフィニアちゃんは何をしたいのかな?」
ミカヅキさんに聞かれて、私は素直に答える。
「私は師匠を探しています」
「師匠? 名前は?」
「師匠の名前はクレハと言います」
「クレハ……もしかして、髪は赤茶色の女性だったりするかい?」
「師匠を知っているのですか⁉」
「ああ、それなら……」
もう少しで聞ける。
そんな時に、遠くからレーナさんの声が聞こえる。
「お前達! 無事だったか!」
「レーナさん?」
彼女はかなり
「いいか。良くお聞き、明日にはゴブリンの大集団がこの町に来る。戦えないなら……逃げな」
そう話す彼女の瞳はとても真剣だった。
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