とある都市の一幕~人々の生命が騒ぐ街~

つづり

英雄になりたかった小麦粉引き~追憶のたった一日の友達~

第1話 英雄になりたかった小麦粉引き

 小麦の国と呼ばれたある国にある、一都市、ドルコー。円形の形をした城塞の中にあるドルコーの東区で、その男は小麦粉をせっせと袋に詰めていた。


 男、マルクは小麦粉引きで、日毎小麦を引き、粉にしている。生まれがけしていいわけではないが、計算が少しできるのと、何より愛想がいいので、周囲のパン屋や食堂、宿屋の食事用の小麦粉を提供していた。

 子供も妻もいる、今ではすっかり小麦粉引きとして立派に務めを果たすマルクではあるが、じつはかつての夢は英雄だった。


 かつて世界を再生したと言われる英雄のようになって、世界中を駆けめぐりたいと、今のマルクすれば少し笑ってしまう夢を持っていた。


「あんた、今日も粉だらけねぇ、顔をふきなよ」


「お、ありがとな。今日は特に扱う量が多かったからな」


「ふふ、白い粉のせいで、まるでおしろいみたい……私よりべっぴんになるつもり?」


 妻はくすくすと笑う。そしてくるりと背中を向け、鍋の中身をくるくるとかき混ぜた。赤みがかかった肉がごろごろ見える。今日はなかなかのごちそうになるかもしれないなと思った。それにしても、縫い物で稼いでる、妻の手のひらは、若いながらも日に焼け、働き者の手をしている。

 マルクは頬を濡れた布で拭いながら、そういえば結婚して十年経っていることを思い出した。息子のヨハンも大きくなってきたし、そろそろ二人目がいても……と思っていると、せわしなく足音が聞こえてきた。


 入り口のドアが開かれる。


「ただいまぁ。おなか、すいたぁあ」


 ヨハンがお腹をおさえて、カバンを床にずるりとおろした。

 マルクと妻は二人で顔を見合わせ、ふふふと笑いあった。

 息子のヨハンには働かせず、ちょっと無理して、ちゃんとした学校に行かせてた。文字や数字が完全にわからないでは、生きるうえではあまりに辛い。自分も育ちはそれほど良くはないが、教育のおかげで今の職業で生活が出来ているのと思うので、自分と同様ヨハンにも学校に行かせてた。

 

 ヨハンに手洗いをさせ、遊びで汚れた頬を布で拭う。

 拭われている間、気持ちよさそうに目を細めていたヨハンは、マルクが拭うを辞めるとこう言った。


「あー終わちゃった」


「あのなぁ、そんなに顔をキレイにしたいなら、あとは自分で拭け」


「やだよー、お父さんに拭われたい」


 抱きついてくるヨハンは、ほんとうに甘えん坊の顔をしていた。マルクは父親を早くに失っていたこともあって、自分を父親としてすがってくるヨハンに強く出れない。うれしくてたまらなくなる。


 しかし表に出すには昔と違って恥ずかしいので、できるだけ落ち着いた表情で、ぽんぽんと背中を撫でるように叩いた。ヨハンは嬉しそうに、体に顔を擦り付けてくる。そして急に、あって声を上げた。


「ねえねえ、お父さんって忘れられない友達っている?」


「忘れられない?」


 急にどうしたと思って話をよく聞くと、学校で、友達に関する話が出たのだという。


「お父さん、いっぱい友達いるから、逆にその中でも忘れられない人っているのかなって」


 友達というより取引相手が多いのだが、実際仲良いので、子供の目には友達が多く見えるのだろう。その無知さがかわいいなと思いながら、マルクは自分を振り返る。


 忘れられない友達か……。たくさん出会ってるし別れもあった。その中でも一人、鮮烈に覚えている存在があった……なと。


 マルクはヨハンの頭をぽんぽんと撫でた。

膝をつき、ヨハンと目を合わせて語りかけた。


「昔俺は英雄になりたかったんだ、そして……その夢に関わる忘れられない友達がいたんだ」

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