第九話 滅亡への序曲

 

 特級妖魔の襲撃。


 星守家はほぼパニック状態だった。


 常ならば明乃か朝陽、もしくは真昼がいるのだが、その誰もが不在。数が少ない星守一族とは言え、他にも宗家の人間はいるのだが、戦える者はたまたま仕事で不在で、残っているのは引退した者と分家がほとんどだった。


 いや、まさか当主達が不在の隙に星守家への襲撃、それも特級妖魔三体が同時になど誰が予想しようか。


「当主と先代にすぐに連絡を! 非戦闘員は屋敷の安全な場所へ! 最悪の場合は隙を見計らい避難を! 私は陣頭指揮に出ます! 術者は結界の強化を最優先に! 楓ちゃん! 補助をお願い!」

「はい!」


 矢継ぎ早に指示を出しながら、結衣は楓を伴い急ぎ妖魔の下へと向かう。


 留守を任されている結衣は突然の事ながらも動揺を最小限に抑え、周囲に悟られまいと毅然とした振る舞いで屋敷を鼓舞していく。屋敷に残っていたり、滞在している門下生達もある程度の力量の者は援護を、そうでない者は避難の指示を出し、自らも最前線にて指揮を執るようにする。


「あれが!」


 屋敷の外に出た結衣の目に展開されている結界を破壊しようとしている、三体の巨大な妖魔の姿が飛び込んでくる。


 一体は巨大な骸骨。おそらくはがしゃどくろと呼ばれる妖魔だ。


 一体は巨大な猪。背中いっぱいに笹と口から巨大な牙を生やした、猪笹王(いざさおう)と呼ばれる大猪だ。


 一体は巨大な蛇に似た化け物。だが胴が太く頭部には口以外は目も鼻も無い。野槌(のづち)と呼ばれる体長は十メートルを超え、太さも一メートル以上ある化け物だ。


 まるで統一性の無い妖怪が三体。それも強さが特級クラスなのは明らかに何者かの意思が介在している。


「決して直接戦おうとはしないでください! とにかく時間を稼ぎます!」

「結界の強化を行います!」


 結衣も楓も霊符を飛ばし結界を強化していく。結界が破られたらおしまいだ。特級一体ならばまだしも、三体同時と今の戦力で戦うなど自殺行為でしか無い。


「くそっ! なんなんだこいつら!」

「無駄口を叩くな大和! とにかくこいつらを侵入させるな!」


 分家の大和とその父親である武蔵も霊符で結界の強化を行っていく。


 大和もその父の武蔵も退魔師としては優秀だが、流石に特級を相手にするには力不足すぎる。彼らが対峙できるのはせいぜい最上級まで。それも守護霊獣こみでも最上級中位が関の山だろう。


 残っていた門下生達も、できる限り霊符を飛ばし微力ながらも結界を強化していく。


 結衣は屋敷の結界の起点へは数名の術者を向かわせて強化しており、多少の時間は稼げるはずだ。


(朝陽さん、できる限り早く戻ってきてくださいね! ここは何とかしのぎますから!)


 悲痛な叫びを心の中で行いながらも、結衣は自らが出来る最善を尽くすのだった。



 ◆◆◆



 京極本邸の一角では、政財界の大物や六家の面々が集まった会食会が開かれていた。


 それぞれ一族ごとに机が用意され、豪華な料理が振る舞われている。酒も上等の物がいくつもあり、未成年にはジュースやノンアルコールも用意されている。


 時たま、先代や長老衆が入れ替わりで挨拶に来たり、話をしに来たりするのだが、大半の者は今は秘中の儀の準備で忙しいらしく、この場に来たり長居したりはしないでいた。


 代わりに京極家でもベテランの女中がこの場の面々を丁寧にもてなしてる。


 ぶるるるるるるる


 そんな中、真夜のスマホが震えた。マナーモードにしていたため、音はしなかったが長く振動していたため、電話であることに気づいた。


(誰だ?)


 緊急時の対応のため、この場の大半の人間はスマホなどを持ち込み、いつでも連絡が取れるようにされている。真夜はディスプレイを確認する。番号は個人のようだが登録に無いものだった。


 場所が場所だけに、このまま放置するかと考えたがどうにも嫌な予感がした。


 だから真夜は明乃や朝陽に断りをいれると、電話にでれる場所まで移動する。その間も電話はコールされ続けている。


「……もしもし」


 真夜は通話ボタンを押す。


『ひひひひ。星守真夜だね』


 電話の向こうから枯れた老婆のような声がした。自分の名を告げられた事で、間違い電話の可能性は消えた。


「誰だ、あんた」

『私はオババというお前に恨みを持つ山姥だよ』


 山姥と相手は名乗った。真夜の警戒度が一気に跳ね上がる。念のため周囲を確認すると十二星霊符で簡易結界を発動する。


「俺に恨み?」

『そうさね。お前さんは私の敬愛するお方、六道幻那様を亡き者にしてくれた奴だからね』

「!?」


 真夜は六道幻那という名に驚愕の表情を浮かべる。


『私はあの方の最期を直接は知らぬ。じゃがこのオババは山姥だがイタコのまねごとも出来る。だから知ることが出来たのさね。あのお方がなぜ死んだのかを! 誰に殺されたのかを!』


 オババは怨嗟の言葉をまくし立てる。あの方の魂を口寄せして、断片的ではあるがその最期を聞いた。若い少年に殺されたと。


『だから私は調べに調べた。そうしてたどり着いた! お前にぃっ! このオババに出来る事すべて行い、時間を費やし、お前を突き止めた!』


 執念を感じさせるオババの言葉。あの方を殺したお前を許さぬとオババの金切り声が響く。


『しかしあのお方を殺したお前をこのオババでは殺せぬ。だからこのオババはお前にも同じ思いを味あわせてやることが復讐じゃと考えた。お前の大事な家族、奪ってくれるっ!』

「おい、何をするつもりだ?」

『ひひひひ! すでに始まっておる! 主力がいない星守をあの方が残した特級妖魔三体に襲わせておる! 陥落も時間の問題じゃ!』


 真夜は思わず息を呑む。だが星守にも結界が張られている。それにそんな事が起こっているなら、明乃や朝陽に連絡が行くはずだ。


(落ち着け。動揺して相手につけいる隙を与えたら相手の思う壺だ)


 ここでうろたえたり、感情を悟られてはいけない。真夜は自分を落ち着かせながらも老婆との会話を続ける。少しでも情報を得るためだ。


「星守の本邸には結界がある。それに時間を稼げば親父達がすぐに救援に向かう。特級クラス三体でも親父と鞍馬天狗なら敵じゃねえ」


 超級クラスを討ち取れる朝陽と超級クラスの鞍馬天狗。この二人ならば駆けつければ問題ない。鞍馬天狗の移動速度は並大抵では無い。それこそ戦闘機クラスの速度を出せるので、京都から星守の本邸まで二十分もあれば着いてしまうのだ。朝陽と一緒でも身体能力強化と結界などで防御すれば問題なく随行できる。


『ひひひひ。確かに特級妖魔三体ではひとたまりもなかろう。しかしその三体が超級クラスの力を得れるとすればどうなるかな?』

「何を馬鹿な事を。そんなことできるわけ……」


 無いと言いかけて、真夜ははたりと以前の事件を思い出す。それは異世界から帰還して朱音と退魔に向かった先で出会った一体の鬼の事。


(まさか……)


 真夜の額から嫌な汗が流れた。


『ひひひひひ! あのお方の遺品よ! 妖魔の力を爆発的に強める呪具! 使用後はその身体は崩壊するが、短時間ならば急激な力を得ることが出来る! 超級三体ともなれば、星守朝陽でも敵では無い! 無論、お前には勝てぬだろうが、それまでにお前の生家も家族も殺し尽くしてやるわぁっ!』


 オババの言葉が本当か嘘かわからない。だが嘘と断じることが出来なかった。あの事件の犯人は未だにわかっていないと聞いていた。


 だがもし本当に六道幻那だとすれば。そしてその遺品が残っていたとすれば。


『せいぜい絶望するがいい! 私からあのお方を奪った罰を受けるがいい! ひひひひひひっ! あひゃひゃひゃひゃ!』


 狂ったように嗤い続けるオババの声が途中で途切れた。通話が切れた。向こうが切ったようだ。


 真夜は急ぎ、会場へと戻ろうとする。と、そこへ同じように電話を片手にした朝陽がやって来るのだった。



 ◆◆◆



「そうか。よくやってくれたオババよ」

『いえいえ。これくらい問題ございません。おそらく奴は動くでしょう。これで時間も稼げます』


 先ほどまで恨みに狂っていた山姥の声では無く、どこまでも落ち着いた声でオババは幻那と話をしていた。


 真夜の連絡先はあらかじめ、ぬらりひょんが秘密裏に調べていた。真夜の学校や関係者に秘密裏に接触し、その能力を駆使して番号を入手したのだ。


 オババと真夜との会話はオババの演技に過ぎない。山姥の本性を出したものではあったが、主のために復讐に狂った振る舞いをしていたのだ。


「すまぬな、お前にも苦労をかける」

『いえいえ。何をおっしゃいますか。では幻那様、オババは最期まで星守を引きつけます故。一足先に向こうで貴方様の悲願の成就を祈っております。ご武運を』

「ああ。先に行って銀牙と共に待っていてくれ。京極を滅ぼしたと吉報を届けると約束しよう」


 ピッと幻那はスマホの通話を切った。星守真夜への連絡を終えたオババは即座に幻那へと連絡を寄越したのだ。


 オババは星守の本拠地で死ぬ覚悟だった。少しでも時間を稼ぐために。幻那の存在をできる限り気づかせないために。


「どうやら上手くいきそうじゃのう」

「ああ。見ろ、奴らが動いたぞ」


 幻那は強大な力を持つ者達が、京極の本邸から飛び出したのを京都タワーから確認した。


 隠蔽の術などをかけてはいたが、消耗を抑えるためかそこまで強力では無かったため、鞍馬天狗の術で同行した者達の数も何者なのかも、今の幻那には丸わかりだった。


「星守は全員本拠地へと戻ったか」

「当然であろう。そのためにオババに危険を承知で星守真夜へ連絡させたのだ」


 星守は真夜や朝陽だけでなく明乃と真昼も同行したようだ。


 確かに陣頭指揮や戦力、事後処理も含めて明乃も真昼も必要になるだろう。


 特級妖魔三体の出現。それだけでは星守朝陽と鞍馬天狗だけで対処出来る。


 もし最初から超級三体をけしかけたとすれば、他の六家やあるいは京極も星守への恩を売るために動いたかもしれない。万が一に京極家にも動かれれば面倒なことになる。


 しかしこれが途中から強化されれば。そしてその事実を知るのが真夜だけかあるいは星守一族だけだったならば。


「無論、超級三体でも星守真夜だけで対処可能。星守朝陽と鞍馬天狗がいればより確実であろう」


 他家を巻き込めば色々と問題も発生する。特に本邸を襲撃され、それを他家に助力され撃退したのでは示しが付かない。だから自分達だけで解決する。自分達で解決できる戦力があるのだ。この場合、真夜だけで無く念のために明乃や真昼まで動員するはずだ。


「星守真夜は一度、私の妖霊玉で強化された鬼の存在をその目で見ている。銀牙の報告では自滅の可能性を示唆していたが、おそらくは星守真夜に倒されたのだろう」


 だからこそ、真夜はその危険性を理解している。朝陽と鞍馬天狗であろうと手に余ると。


「星守真夜の力は秘匿されている。だから他の一族を巻き込む事はしないであろうし、それにいかに鞍馬天狗と言えども、そこまで大勢を連れて短時間で星守まで戻る事は難しいだろうからな」


 消耗を考えなければどうかはわからないが、超級妖魔三体との戦闘の事を考えればできる限り消耗は抑えたいところだろう。ならば少数精鋭で事に当たる方が得策だろう。


「そしてこの策の利点は奴が途中でこちらの策に気づこうが、こちらにとって優位に事が進められるという強みがある」


 特級妖魔三体と妖霊玉三つは確かに大きな出費だが、時間稼ぎができるなら安いものだ。それに……。


「仮に奴が、奴らが京極の襲撃を察して引き返してこようとも、星守での事後処理も考えれば、おそらくは星守明乃は動けず、星守朝陽と星守真昼もそれなりに消耗しているだろう。移動を行う鞍馬天狗もな」


 あえて電話をかけることで動揺を誘い、こちらの真意を見抜けぬようにする。さらに戦力と切り札を伝えることで相手の選択を強要する。


 幻那の名前は出すが、死んだままであるとして黒幕はおらず、本命を悟らせぬようにし、時間稼ぎも行いつつ、なおかつ露見した場合でも真夜達の消耗を強いることが出来る。


「誠に恐ろしい奴よのう。しかしこれで……」

「ああ。策は成った。そしてすべての準備は整った」


 月が輝いている。満月で美しい光が周囲を照らしているが、幻那の周囲だけ不気味な陰で覆われていた。


 彼の周辺の空間が歪む。闇の中にうごめく爛々と輝く、京極の敷地を見据える無数の目。


「さあ、始めようか。……今宵、京極家は滅亡する」


 最強の妖術師・六道幻那が雌伏の時を経て、ついに動き出すのだった。


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