第六話 圧倒
「はぁっ!」
「ガァァァァァァッ!?」
真夜の攻撃は苛烈を極めた。赤面鬼も一方的に攻撃を受けているだけでは無く、その豪腕で真夜を叩き潰そうとする。しかし攻撃が彼に当たることは無い。彼はその攻撃を見切り、確実に回避していく。豪腕から放たれる攻撃は、その余波だけでもかなりの衝撃を周囲へとまき散らすが、真夜はすべての攻撃を霊符で防御している。
「ぬるいぞ」
確かに鬼の一撃は速く、重い。まともに受ければ、それだけで人間の肉体など石榴のようにはじけ飛ぶだろう。
しかし真夜は異世界にて、様々な戦闘経験をしている。勇者パーティーの武王にも手ほどきを受け、筋が良いとお褒めのお言葉を頂いた。反面、剣などを含めて武器全般の扱いにおいては、二流以下だと言われたので、何とも言えない気分になったのは秘密だが。
真夜の主な攻撃手段は打撃系で拳によるものである。足技もあるが、殆ど使わない。別に使えないわけでは無いのだが、手の方がしっくりくると言う理由であり、ただのこだわりである。
とは言え、やはり外に放出できない欠陥上、素手での方が霊力を直接相手にぶつけられると言う意味では、手の方が有効的である。足だと服や靴が邪魔でそのままだと損傷してしまう可能性が高いのだ。
さらに真夜が異世界において、勇者パーティーの守護者と言われたのには理由がある。
「!?」
「この霊符を抜けるもんなら、抜いてみろよ」
真夜が掌をかざすと、そこに霊符が移動し、巨大な防壁を作り出す。霊符が中心となりさながら魔法陣のごとく幾何学模様を前方に展開し、妖力の上乗せされた赤面鬼の右腕の突きによる攻撃を完全に防ぎきった。
「凄い! あれをまともに受けても防ぎきるなんて!」
朱音も思わず声を上げた。あの一撃を身をもって体験している彼女からすれば、真夜の防御がどれほど優れてるのかがはっきり分かる。
この霊符は衝撃をただ防ぐだけでは無く、分散し、相殺している。そうでなければ、防御できても衝撃で真夜の身体が後方に吹き飛ばされてしまうだろう。
しかし赤面鬼の一撃の威力の大半は散らされ、真夜には何の衝撃もダメージも与えられなかった。
彼は異世界ではタンクの役を担っていた。自分が前に出る場合や、霊符による仲間の遠隔防御など、前衛にいながら後衛である聖女や大魔導師の防御まで行える盾役であり、その防御力は勇者パーティー随一にして、歴代最高に最硬であった。
「この防御なら、お前の攻撃でも余裕で防げるな。あと攻撃は……」
ぐっと左の拳を握りしめ、一気に脇腹に叩き込む。
「グガァッ!?」
「おまけだ!」
さらに右手に霊力を収束させる。あまりの霊力の収束に、真夜の拳が光り輝いていた。
「グギガァッ!?」
みぞおちに叩き込まれた拳をそのまま振り抜くと、鬼の巨体が浮き上がり、そのまま後方へと吹き飛ばされた。
「うそぉっ!?」
朱音があり得ない光景に驚愕を露わにする。鬼を退魔師とは言え人間が、しかも特級の鬼を素手で殴り飛ばすなど、退魔師だからこそ信じられなかった。
「な、なんで素手で鬼を殴り飛ばせるの!?」
「霊力を込めて殴れば、誰でも出来るだろ?」
「出来るわけ無いでしょ!? お父様や叔父様だって出来ないわよ!」
真夜の言葉に「そんな事出来るかぁーっ! うがぁーっ!」と怒った声を上げる朱音。
霊力に物を言わせた力押しなので、あまり褒められたものでは無いかも知れない。しかしシンプルゆえに、その威力は絶大だ。
「まあ効果的な攻撃だと分かっただけでも良しとするか。これで大半の妖魔には対応できるな」
「いや、明らかにあたし達よりも強いって話になるんだけど。しかもあたしやあの水波は霊器を持ってるんだけど、それよりも真夜の攻撃の方が威力が高いわよね?」
増幅器を使っても勝てない相手を、真夜は素手で圧倒したのだ。どう考えても真夜の方が強いだろう。
「ガァァァァッッッ!」
だが吹き飛ばされた赤面鬼が再び咆吼を上げた。妖気がさらに増幅されていく。怒りに震えるかのように、筋肉が盛り上がっていく。
「そんな!? まさかまだ強くなるって言うの!?」
「……いいぜ。今回はとことん付き合ってやる」
真夜からすれば、相手がパワーアップするのを待ってやるなど本来あり得ないのだが、さらに強化しても対処可能であると判断した事と、自分もまだ切っていない奥の手があるのでこのまま見逃すことにした。
この異常な成長の、否、進化とも言うべき現象の原因を確かめようと考えたのだ。
(こいつは明らかにおかしい。その原因はおそらくあの額の宝石。あれが何なのか、調べる必要はあるし際限なく強化されていくのなら、どこまで行くのかある程度確認しておく必要がある)
だからこそ、真夜はあえて見逃した。しかし、その変化は唐突に終わりを迎えることになる。
「グ、ギグガァァァァァァ!!!!」
突如、赤面鬼が苦しみだした。頭を両手で押さえ、さらに苦しそうに口からは胃液などをはき出している。
膨らんでいた筋肉が、急速にしぼみだした。圧倒的な妖気が霧散していく。身体がどんどんと小さくなり、人間と同じような大きさになると、そのまま倒れ込んだ。
パリンと額の宝石が砕けると、そのまま赤面鬼は息絶える。その身体もまるで砂のように崩れ妖気の塊へと変化し、散り散りに霧散していった。あとには黒く染まった地面だけが残った。
「な、何が起こったの?」
「……いくつか考えられる理由はあるが、例えばこいつが強化を続けられたのは、額の宝石みたいな物が原因で、無理矢理強くなりすぎた反動でこうなったって可能性だな。急速な強化に身体が耐え切れなくなったのかもな」
「じゃああの額の宝石って、一体何だったのよ?」
「さあな。流樹の言葉が正しいなら、こいつは元々上級の中程度の妖魔だった。それが最上級、特級に凄まじい速さで成長、いや進化していった。おそらく妖魔の力を高める増幅装置か、あるいは餌の類いか」
だがすべては推測の域を出ない。証拠となるものはすべて消えてしまったのだから。
「こいつが元々持っていなかったのなら、考えられるのは誰か、あるいは何者かがこいつに埋め込んだって事だろ」
「誰かって、一体誰がそんな事したのよ」
「それこそ情報が少なすぎて、判断のしようが無いだろ? まあ一つ言えるのは、かなりやばい奴って事だな。こんな物を作ることも、作れることもだ。それどころかこれを上級妖魔に埋め込む事も、それを実行しようって考えも全部が俺からしたらやばいとしか思えないぞ」
「確かにそうね」
真夜の言葉に、朱音も同意する。もしこれが他でも起こりえるのなら、それは退魔師達にとって脅威どころの話ではない。
「これ、すぐにでもお父様達に報告するわ」
「そうした方が良いな。星守の方には……、俺が言っても信じるかどうか」
信じるかどうか、微妙なところだ。説明するにしても、そんな相手を前にどうして無事なのかを問われるだろう。
「よし、こうしよう。こいつは自滅した。その時間稼ぎをしたのは朱音ってことにすれば、星守も納得するだろう。お前もそう報告してくれ」
「はぁっ!? 何言ってんの! あたし達が無事なのは、真夜のおかげじゃない! 何であたしがそんな真夜の手柄を横取りしないといけないのよ! それに色々と説明して貰わないといけないこともあるんだけど!」
朱音は真夜に詰め寄る。聞きたいことなど、山ほどあるのだ。
「まあ落ち着け。色々と説明はしてやるから。俺がどうしてここまでの力があるのかも含めてな。でもな、今は朱音の手柄って事にしておいてくれ。その方が話がスムーズに進む」
落ちこぼれと言われた真夜が訴えるのと、火野一族の宗家の一員であり、霊器を持つ朱音が訴えるのとでは、どちらが他の一族や退魔師達は納得するかなど火を見るよりも明らかだろう。
「それに、あいつらは俺が戦ったところを見てないだろ? 言ったところで誰も信じねえだろ」
「……あんた、まさかそれ狙ってやってない?」
朱音は真夜が自分の力を隠すために、わざと彼らの気を失わせたままにしたのだと疑った。真夜は何も言わない。その事で、余計に朱音は疑念を深めた。
「ああっ! やっぱりそうなんでしょ! 何でそんな事するのよ! あいつらに見せつけてやれば良いじゃない! 真夜が強いって事を! 今まで馬鹿にしていた奴らに思い知らせてやりなさいよ! 俺はこんなに強いんだって!」
「悪いが、そんな事するつもりはねえぞ。そりゃいつかは大っぴらにするつもりだけど、それは今すぐじゃない。それにかっこ悪くないか? 強くなって今まで見下してた奴を見下すのって? 別にそれが悪いとは言わないし、そう言うのもありだとは思うが、少なくとも俺は今はそれをするつもりは無い」
「何でよ? 悔しくないの? それに強くなったんだったら、別に誰に憚ること無いじゃないの。そりゃ、強くなる方法にもよるだろうけど」
他者を犠牲にしたりして得た力なら問題だが、努力によって強くなったのなら、寧ろ誇るべきだろう。
「……まさか真夜。あんた人に言えない方法で強くなったんじゃないでしょうね?」
朱音の視線に険しさが増す。彼がそんな事をするとは思えないし、思いたくも無いが、ここは確認しなければならない。真夜が何故力を隠そうとするのか、その理由が思い浮かばないからだ。
「そんなに睨むなよ。別に人様に言えないような理由でも、無関係な人間を食い物にして得た力でもないぞ」
ただ人に信じてもらえるかどうかは怪しいところではある。いくら退魔師達でも、異世界の神様に召喚されて四年すごして、強くなりました。帰ってくるときは、異世界にいた時間分若返らせてくれて、時間も五分しか経ってませんでした。と説明して、即座に納得する者がいるのだろうか。
自分ならそんな話をされたら、頭、大丈夫か? と割と本気で思うし病院に行くことを勧めるだろう。
仮に朱音がそんな事を言い出せば、あからさまに可哀想な子を見る目をする自信がある。
「それも含めて後で説明する」
「本当でしょうね? 嘘ついたら許さないわよ」
「わかった。ただ信じるかどうかは朱音次第だけどな」
「話の内容次第ね。でもそれなら、別に喧伝してもいいじゃないのよ。そりゃ仕返しするとか復讐するとかならともかく、ただ自慢する事がかっこ悪いとは思わないわよ」
「まあ俺にも色々と考えがあるんだよ。とにかくこの場は朱音の手柄にしてくれ。借りにでもしといてくれれば良いぞ」
「寧ろ私の方がいくつも借りを作ったと思うんだけど」
はぁっと朱音はため息をつくと、真夜の言葉を了承した。
「わかったわよ。不本意だけど、この場はそうしましょう。でも帰ったらきっちりと説明しなさいよね」
「おう。帰ったらな。じゃあ結界を解くか。けど、朱音。気をつけろ」
「何がよ?」
「誰かに監視されているような気がする」
「……それ、本当?」
「確信は無いが、可能性はある。だから結界を解いた後も警戒しとけよ」
「わかったわ。会話にも気をつけたら良いのね?」
こういう所では察しが良いので助かる。
「そうだ。念のため、お前にも護符を貼り付けておく。この霊符には隠形の術も組み込んである。貼り付ければ、対象も隠形の術が使えるが、今は霊符だけを隠しておく」
「ねえ、それってかなり高度な術よね? 何でそんなのぽんぽん使えるのよ。本当に貴方が真夜かどうか疑わしくなってきたんだけど」
ジト目で見てくる朱音に、真夜は苦笑する。
「俺の偽物ね。じゃあ俺と朱音しか知らない話でもしてやろうか。そうだな、じゃあ出会った頃の朱音が公園で……」
「わあぁっー! それ無し! それは言わない約束でしょ!?」
「これで信じられないなら、次はそうだな。俺の実家の風呂場で……」
「ちょっ! 待って! お願い! それも忘れてって言ったでしょ!? わかった! わかったから! うん! 貴方は真夜で間違いなし! はい、決定!」
顔を真っ赤にしつつ、朱音は真夜がこれ以上何かを言わないように声を張り上げる。
「わかってくれたようで何よりだ」
「ううっ。なんだか墓穴を掘った気がする」
「気にするなって。とにかく気をつけろ。いきなり攻撃される可能性もあるぞ」
「わかったわ。警戒は怠らないから。あいつらはどうするの?」
「まだ寝かせておく。周囲を警戒して、何も無かったら起こしてやるさ」
真夜は朱音の背中に霊符を貼り付けると、結界を解除した。
「………」
「………」
朱音が無言で真夜の方を見ると、彼は首を縦に振った。まだ見られている気配がすると言っているのだ。
だがしばらく警戒していると、先ほどまで感じていた視線のような物が消えた。
「……どうやら行ったみたいだぞ」
「何だったの、一体?」
「さあな。こいつの監視の様なもんだとは思うが、これ以上厄介な事に巻き込まれたくは無いんだがな」
真夜は切実にそう思ったが、残念なことに彼らはすでにとある男の復讐劇に巻き込まれていた事を、この時は知る由も無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます