第5話 景都

 景都は苑の最西端にあり、様々な外部民族の領土に接している。交易も盛んだが争いも頻発する地域だ。天下太平の世と言えど、外部民族との紛争は未だ後を絶たない。


 宇軒らが馬車を降り、城門に近づくと二人の人物が彼らを出迎えた。

「錦衣衛の使者様、ようこそいらっしゃいました。景都軍の副官、万永福です」

「兵部判官の孫璟奨と申します。都察院の使者様はご一緒ではない?」

 孫判官がそう尋ねたため、高指揮使が宇軒を指した。

「この方が都察院の李殿だ」

 ばん副官とそん判官は驚いた様に顔を見合わせたあと、媚びるように笑った。

「あぁ!これは失礼致しました。あまりにもお若いので……」

 そばかすの散ったひげの生え辛い顔と平均より小柄な体格のせいで、宇軒は年齢より若く見られることが常だった。そのせいか官吏だとひと目で分かった人はいない。このような態度を取られることも日常茶飯事であった。

「都察院左副都御史の李宇軒と申します」

 宇軒がにこやかに拱手すると、高指揮使たちもそれぞれ名を名乗り、早速と景都の西の城門に併設された屯所に案内された。


 通された応接間には、景都軍の指揮官である高将軍が待ち構えていた。

「朝廷の命により、調査に参りました。こちらは、都察院の李殿、錦衣衛の東小旗と壁小旗です」

 高指揮使がそう皆を紹介する。宇軒も拱手した。

「都察院左副都御史の李宇軒と申します。今回の副使を務めております」

「ここの指揮官をしている、高龍慶だ。調査の話は、朝廷から文が届いている」

 高将軍は高指揮使以外を見て、面倒そうに言った。宇軒はそんな高将軍に構わず話を進める。

「では、まずお伺いしますが、外部民族のナイマンに軍の内部情報が漏れていると感じたことはございませんか?」

 高将軍は高指揮使よりやや野性味のある顔の眉間に皺を寄せた。

「そういった疑いがあるのは聞き及んでいるが、全く心当たりがない。ここ三月に四回程、物資の搬入に乗じて奇襲を掛けられているが、搬入日時を都度変更することにしたため次はないだろう」

 高将軍は自信あり気に言う。

「見張られて搬入日時を割り出されたと?」

 高指揮使が問う。

「そう考えている」

 高将軍は視線も向けずに答えた。

「その四回ともが、食料と武器の搬入の時です。しかも、兵の入れ換えで警備が薄くなった時だけを狙われている。その度に、食料と武器を奪われ、城門に押し入られ兵士と民まで犠牲になっている。もっと疑いを持つべきでは?」

 宇軒の意見に、高将軍の表情は更に険しくなった。

「もう、何年も共に国を守ってきた仲間だ。どうして疑うことができる?」

 宇軒の意見は突っぱねられるが、宇軒も引き下がらない。

「しかし貴方が疑いを持たねば、その仲間と守るべき民が危険に晒されるのです。朝廷はこの件について、景都軍及びこの事に通じる全ての官吏に疑いを抱いています。ナイマンの奇襲を受けたこの四回の搬入について、事前に情報を得られる立場の方を全て教えてください」

 宇軒が更に朝廷からの指示であることをちらつかせれば、引き下がったのは高将軍だった。

「……承知した。私が一覧を用意し、明日渡すことにしよう」

 高将軍がため息混じりに言う。

「お願い致します」

 宇軒は念を押すように頭を下げた。


 高将軍は今まで視界にも入れようとしなかった高指揮使を見た。

「時に、高天佑ガオ テンユー。お前は未だに錦衣衛の任についておるのか?高家の男ならば、戦場で国のために戦うのが使命。飯事は早急に辞めることだ」

 高将軍はそれだけ言い捨てて応接間を去って行った。


 苑では、高家と言えば、代々将軍を輩出していることで有名だ。高指揮使の祖父にあたる高龍備は数々の戦で敵を退けた将軍として、多くの人が知っている。

 高指揮使も錦衣衛に入るまでは軍で、北の国境警備の任に着いていた。しかしある時仲間の裏切りによって夜襲に遭い、仲間の大半を失った。

 その際に、高指揮使も大怪我を負い軍に戻ることが難しくなったため、錦衣衛の小旗に任じられたというのが表向きの話だ。


 都察院には、官吏を弾劾するための都察院だからこそ見ることのできる資料がある。その資料には、文武百官の秘密があり、宇軒は都察院に任じられて以来、全ての資料に目を通している。

 高指揮使は入隊からの仲間の裏切りに合い、大半の仲間を失って己も大怪我を負った。ただ攻め入った敵を辛くも撃退し、そして自らの手で裏切り者を殺すこととなった。

 高指揮使は裏切り者を斬って以来剣を抜くことができなくなり、武科挙に合格し自ら錦衣衛に志願した。資料にはそうあった。


 宇軒は高将軍の言葉に、ただ黙っていることしかできなかった。どんな家族にも大なり小なり問題があり、家族の問題に部外者が軽々しく口を出すことはできないからだ。

 ただ、一言も私的な口を開かなかった高指揮使のことを思うと遣る瀬なかった。


 一行が屯所を出て、暫しの宿に向かう途中、高指揮使は口を開いた。

「見苦しい所を見せて申し訳ない。本来は私が行うべき尋問を行っていただき感謝する」

 高指揮使がそう頭を下げたため、宇軒は焦った。

「頭を上げてください。後ろでどんと構えているのが正使の仕事ですよ。細々としたことは副使の私の仕事です。あまり固く考えないで」

 宇軒はこの短い期間でこの男が義理堅く、生真面目な人間だと気づいた。

(きっと気苦労が多いに違いない)

 そう勝手に想像して、この美丈夫を哀れむ。宇軒は辛気臭くしているのが嫌なため、わざと話題を反らした。

「いや~!しかし、お腹が減りましたね!丁度、宿に行けば夕飯が用意されてる頃じゃないですか?景都には来たことがないので、どんな料理が出てくるのか楽しみです」

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