拾得

長万部 三郎太

切り離せ!

ある朝、わたしは通勤途中にとても大きな財布を拾った。


免許証でも入っていれば、容易に持ち主に辿り着くだろう。何気なく中身をチェックすると、財布のキャパぎりぎりまでに詰め込まれた札、札、札。


刹那、心の中に悪魔が現れこう囁いた。


「誰も見てないぞ……」


すぐさま天使も出現し、こう制した。


「すぐに届け出ないと!」


龍虎相打つ!? これは見逃せない展開だ。

わたしは近くの公園に行くと、自販機でアイスコーヒーを買いベンチに腰掛けた。

両者の言い分を聞こうじゃないか。


「ネコババは道徳に反します」

「日頃の功徳がお前に報いたんだよ」


「持ち主は今頃どんな気持ちでいるのかと!」

「こうやって経済は回るのだ!」


「俺が思うにだな……」


そこに現れたのは第三勢力。仮に中立くんとでも名付けようか。

悪魔と、天使と、中立くん。


「俺が思うに、落としたヤツの過失もある。そしてそれを拾ったお前の幸運もだ。

 その両方を加味してもお前に利がある。現に財布はお前が持っているわけだ」


なるほど、一理ある……。そう思うや否や天使がこう諭す。


「良心に訴えます! あなたの心は痛まないのですか?」


「心が痛い、痛い。だからその治療費にこいつを使わせてもらおう」

「こうしてる時間も惜しい。タイムイズマネーだ」


ん? どっちが中立くんだっけ……? わたしは困惑した。


「財布に大金を詰めてるようなヤツだ。まだまだ口座にたんまりあるさ」

「さぁ、出社しよう。今日はすっかり気分がいい!」


どうした、天使。

このままではわたしの心は悪魔と中立っぽい何かに占領されてしまう。

そもそも中立だったのかも怪しいが。


「しかしながら……」


すると心にまた何かが問いかけてきた。

ここにきてまさかの別の勢力だ。


「しかしながら、あなたの行動は非合理的だ。

 これほど悩むのであれば、キッパリとその原因を切り離せばいい」


「そ、そうだそうだ! 財布を警察に届けてこの無駄な悩みを切り離せ!

 そんな物を拾ったからお前の心は乱れているのだ! 切り離せ!!」


天使が息を吹き返したようで、ここぞとばかりに反撃に出てきた。


この天使からの激しい𠮟責を受け、わたしは意を決した。

邪魔なものを切り離すべく、会社へ向かって力強く足を踏み出したのだ。



「最高の1日になりそうだ」

「実に気分がいいな」

「非常に合理的だ」


わたしもそう思う。



……天使?

彼ならわたしの心から切り離したよ。





(民主主義という名の多数決シリーズ『拾得』 おわり)

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拾得 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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