貴族……
エリーの仕事について行くことになってひと月が経ち、少しずつこの場所に慣れてきて、団員さん達の僕を見る目もどちらかというと『奴隷』というより『メイド』に近い気がする。
廊下の掃除をしているときに近くを通った明らかに僕より年下の女の団員さんに頭を撫でられるのには少し困っているが……。
「今日もお願いしますね~」
そして、今日も僕のところに来るソフィさんの体にエリーにしているのと同じようにマッサージをしていく。
「はぁ~。最近はこれがないとやってられないよ~」
「……そうですか」
魔法のことがばれた日から毎日していることだけれど、やっぱりエリー以外の女の人の体を撫でまわすのは心の中に罪悪感がのこってしまう。
「ここも~」
「……はい」
僕の中に『ソフィさんの言うことには逆らわない方がいい』という考え方がこの行為に慣れていくうちに僕の中に根付いていってしまった。
「こんな役得な奴隷、ユート君だけですよ~」
いつの間にか僕の呼び方は『さん』から『君』に変わり、距離感も初めて会った時から近くなった。
「ふふ、今日はちょっとお話ししようよ」
そろそろ終わらないといけない時間に差し掛かっていた時、ソフィさんが急に体を起こして僕に向かい合ってそう言った。
「…お話ですか?」
「そう、お話」
「でも、もうエリーが部屋に……」
いつもこの後は汗を流すためにシャワー室に行くといって早めに部屋を出ていくのに今日はなぜか余裕そうに座ったままだった。
「今日は団長遅いからだいじょ~ぶ!」
妙に自信ありげにそうつぶやくソフィさんに頭に不安がよぎった。
「僕、心配なので部屋に戻ります……」
「あ、ちょっと、もう!」
ベッドから降りて廊下に出ようとした僕の体が急に後ろから抱きしめられて動けなくなった。
「ぜ~ったい大丈夫だから、ね?」
「一回、座ろ?」
エリーにされるときと同じで僕のような非力な人にはその拘束は解くことはできないのでおとなしく自分からソフィさんの横に座った。
「今日ね~どっかの貴族の娘さんがここに来ててね?その対応を団長がしてるから今日はゆっくりしてて大丈夫なの」
「貴族……」
「…ん?どうかした?」
「何でもありません……」
貴族という言葉を聞いて、僕が成人したての時にリースが貴族に求婚されたときのことを思い出した。
「今日、ご飯食べに行っていい?」
その日はいつもの通りパンを買いに行った後、店の前で話していた。
「結構混んでるかもしれないから僕が一緒に食べたりとかは多分できないけど、それでもいい?」
「わかった!でも時間が空いたら私のところに来てね!」
僕はその時、レストランで働いていてエリーとはそこで出会った。
今思えば、リースと常連だったエリーが出会わなかったのは不思議だったと思う。
「というか、そろそろまずいかも。じゃあねリース」
「じゃあね~」
そういって、お店がちょうどランチタイムで忙しくなりそうだったので帰ろうとする僕の前に馬車が止まった。
「おお、びっくりした」
「気を付けなよ、ユート」
その様子を見ていた僕のことを見ていたリースが僕の方によろうとすると、馬車の中から肥え太った四十近くに見えるおじさんが下りてきてリースの前に立っていた僕のことを突き飛ばした。
「……!」
それで近くにあった木箱に僕は体を強く打った。
「ユート!大丈夫?」
「ふん、邪魔なのが悪いんだ。ところでそこの娘、この私の妻にしてやる、感謝するんだぞ」
「え、…ちょっと、やめてってば!」
腕をつかみ、そのまま自分の乗ってきた馬車にリースを連れ去ろうとするがリースに突き飛ばされ派手にその男は尻餅をついた。
「ぶへっ!」
「な、な、なにをするんだ!ま、まあ、僕は一回くらい許してやるんだぞ。だから、さっさと来るんだぞ!」
「リースを離して!」
今も体が痛くて、貴族に歯向かったら捕まるだけじゃすまないかもしれないけど僕は自分を奮い立たせてそう言った。
「よく言ったな、少年。あとは俺に任しとけ」
僕の肩にポンと手を置いて、そう声をかけてきてくれたその人は軽装を身にまとったガタイのいい男だった。
その人は僕の前にいるその貴族の前に立ち、貴族の顔を鍛え抜かれたその腕で殴り飛ばした。
「……」
貴族はその一撃で完全に意識を失ったのかそこから一言も話さなかった。
「現行犯だ。お嬢さん、大丈夫かい?」
「は、はい…。あの、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「別にいいさ。……いい男を捕まえたな嬢ちゃん」
僕には何を言ったのか聞こえなかったが言われたエリーの顔が赤く染まった。
「どうしました?って団長じゃないですか。ここの担当じゃないですよね?」
周りを見てみると近くの店の人や道行く人たちが僕たちのことを取り囲むようにして集まってきていた。
そして、その騒ぎを聞きつけた衛兵は僕の代わりに貴族を殴ってくれたその人のことを団長と呼んだ。
「現行犯だ、連れて行っといてくれ。後で俺も行くから」
「すいません、その子は……?」
衛兵はところどころ服に傷のついた僕のことを指さして団長と呼ばれたその人に尋ねた。
「ん?こいつはそこにいただけだ」
「…そうですか。疑って悪かったね」
そうして、衛兵の人たちは『いつものですね』という感じの顔を浮かべて、意識を失った貴族を連れてどこかへ連れて行った。
「あぁ、そうだ少年。一ついいか?」
「はい、なんですか?」
「…ここらにいい酒が飲める場所はねえか?」
「……?ここの横の通りにあるローブってお店に来てみてください!」」
「ありがとな、少年」
その人はそれだけ言って衛兵たちの後を追っていった。
あの後、本当にお店に来てくれたあの人は常連になって当時まだ騎士になりたてだったエリーを連れてきてくれた。
いつかのタイミングでエリーに聞いたら『騎士学校で教官になっている』と言われたのでまたどこかで会ってみたいと思った。
「それでね、その娘さんどうしても帰らないから今日は大丈夫~」
そのまま、その日はご飯を食べる間もなくソフィさんに付き合い続けた。
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