奴隷として扱われる
僕が急いで朝ご飯の片づけをして外出の準備をしていると、エリーが家の外に出ていくのが見えた。
「どうしたの?」
「馬車を呼んでくる。少し待っててくれ」
エリーは『気にするな』といった様子で外に出ていった。
「…ありがとう」
数分もすると、カタカタと馬車が石畳の上を走る音が聞こえてきた。
「行くぞ、ユート」
「ちょっと待って。……よし、大丈夫」
できる限り動きやすくて、清潔感のある服に着替えて玄関に向かいエリーが乗っている席の隣に座る。
すると御者の人が驚いた顔をした。
「お客様、奴隷の席は後ろでございます。移動をお願いいたします」
その人がそう言った瞬間、エリーの雰囲気が変わった。
「黙れ。さっさと行け」
「いえ、ですから……」
「行けと、私は言ったぞ」
「……わかりました」
御者はエリーの迫力に押されて、渋々といった様子でその人は馬車を走らせて行った。
「到着しました」
「いくらだ?」
「銀貨一枚になります」
以前、デートで馬車を使った時は同じくらいの距離で銅貨5枚くらいだったはずなのでやけに高い気がする。
(銅貨=100円、貴銅貨1000円、銀貨=10000円、金貨=100000円くらい)
日ごろから馬車を使っているエリーはそのことが僕が乗っていることと関係していると気が付いたからなのかさらに機嫌が悪くなった。
「やけに高いな。最近は不景気か?」
「そうですな」
顔は見えないが、声色から嫌な感じが伝わってくる。
「そうか、まあこんなことをしているようでは貴様のところの不景気も仕方ないだろうな」
そう言うとエリーはばっと袋に入った金貨を一枚だし、そいつに渡して外に出ていった。それに遅れないように僕も馬車の外に行く。
「いいの?」
あんな態度の御者にチップにしては高いお金を出したことをエリーに聞いてみると、エリーの口元が一瞬緩んだ。
「まあ、見ててくれ」
そういってエリーが騎士団の訓練場の中に入ると、中にいた騎士たちが一斉に門のところに集まりエリーに挨拶をし始めた。
「おはようございます!」
「おはようございます!団長」
「珍しいですね。団長が馬車で来るなんて」
その光景を見ていた御者は一気に顔が青ざめていっていた。僕は僕でエリーがたくさんの人に慕われていることを知れてとてもうれしくなった。
「あの、お客様……」
「わがままを言ってすまなかったな。それは迷惑料として取っておけ」
「……」
御者の人はエリーの冷めた目におびえながら何も言わずに馬車を走らせて、そこから立ち去って行った。
「団長、その子って何ですか?」
入口の方に集まってきた人たちの中の一人が僕の方を指さしてそう言った。
「あれ、奴隷だよな?」
「かっこよくな~い?」
「あれって昨日、ソフィが連れ帰ってきたやつじゃないか?」
女性騎士の人たちは僕のことを嫌悪感を持った目を向けてはいないが男の騎士の何人かはこちらを怪訝な表情で見てきた。
「紹介しよう、今日から私の従者をしてもらうユートだ」
「今日からエ……エリー様の従者を務めさせていただきます。ユートです。よろしくお願いいたします」
一瞬、癖で『エリー』と呼び捨てしそうになったが気づかれないように言い直す。
もし礼儀のなってない従者を雇ったとエリーの評価を下げないようにしたかったので僕は一層気を張りなおした。
「あの、従者なら奴隷じゃなくても……」
控えめに手を挙げてそう言ったのはさっき僕に怪訝な目を向けてきた人だった。
「それはだな、奴隷なら情報の漏洩を守ることがより確実になるからだな。あとは私の身の回りの世話もついでにしてもらおうと思ってな」
エリーがそう言うと、女性騎士たちは『なるほど』と納得してくれたようだった。
「暗殺の心配もないと」
「さすがは団長」
「さ、もう訓練を始めるぞ。準備に戻れ」
騎士たちは各々自分の仕事に戻っていき、エリーに連れられて僕は今日の仕事場所に僕は歩いて行った。
「今日は私の私室の掃除を頼む。ついて来い」
「わかりました」
午前中は朝以外でだれにも会うことはなく、ただ掃除をしているだけで終わってしまったので少し暇な時間が生まれてしまった。
なので誰も入ってくることはないと思ってソファーに座っていると、ソフィさんが部屋に入ってきた。
ソフィさんは僕がエリーと結婚してることを知ってるとはいえ他の人に奴隷が仕事をさぼっていると思われるのはよくないので急いで立ち上がった。
「昨日は団長にユートさんが団長の旦那さんって聞いたんだけどさ。なんで旦那さんなのに奴隷なの?」
ソフィさんは僕にそんなことを聞いてきた。
「それは、その……」
言われてみれば、僕がなぜ奴隷なのかについて聞かれてもおかしくないのにその質問をどう返すか何も考えてなかった。
そのことを他人に話せば、エリーが一方的に僕を縛っている悪人として映るかもしれない。だから僕は押し黙ることしかできなかった。
「う~ん。だんまりっすか…」
「あ!そうだ、ユートさんが団長の旦那さんってこと他のみんなは知らないんですよね?」
「……」
「もし教えてくれないなら、そのこと皆に言っちゃいますよ?」
「あんな感じですけど団長、男どもに結構人気あるんですよ~」
「もしその人たちが知ったら君のことどうしちゃうのかな~?」
ニヤニヤしながらソフィさんは僕のことをゆっくり攻めてくる。
僕の立場は奴隷だからエリーがいないときに何かをされても僕は抵抗することができない。それは僕がどれだけひどい目にあわされてもその人たちが罰せられることはないということをソフィさんは僕に言っているのだ。
今日は近くにエリーがいるから黙っていてもなにもされないけど本当なら無理やり何かをされても僕は声を上げても無視される立場にある。そのことを今改めて認識した。
「話します……」
「よ~しいい子だね~」
僕の頭をなでながらそんなことを言うソフィさんはとても怖かった。
「……それで僕は自分でエリーと一緒にいるって決めたんです」
「なるほどね~」
僕が話しているとき、ずっとソフィさんは何も言わずに静かに聞いていた。
「…?!私のことは言わないでね」
急にソフィさんが慌てた様子で部屋の中を見渡し始めた。
「どういうことですか?」
ソフィさんがエリーが書類仕事をするとき用の机に下に隠れると、エリーが部屋に入ってきた。
「ユート、昼ご飯を食べないか?」
「いいけど……今日朝、ご飯持ってきてないけどどうするの?」
朝も何となく感じたけど、エリーは僕が他の団員さんと話すのを嫌がっている感じがしたのでとりあえず、ソフィさんが部屋にいることは黙っておく。
「そうだったな……。ならソフィあたりにここに持ってくるように言ってくるからユートはここで待っててくれ」
「うん、わかった」
エリーが部屋を出ていったのを見計らってソフィさんが机の下から出てきた。
「…はぁ~助かった。じゃ、また来るからね~」
そう言って、エリーと会わないようにするために部屋の窓から外に出ていった。
少しすると、エリーとソフィさんがお皿に盛ったご飯をもって部屋に入ってきた。
「お待たせしました~」
「じゃあ食べようか、ユート」
「それじゃあ私も…」
「ソフィは出ていけ」
昨日と同じように部屋に残ろうとするソフィさんを部屋から押し出して鍵を閉めてから僕たちはご飯を食べ始めた。
「そういえば、なんでソフィさんには僕がエリーの旦那さんってこと言ってるの?」
それとなく、ソフィさんのことを聞いてみる。
「これから食材とか買いだしをあいつにしてもらおうと思ってな。一応そのことを言っておかないと昨日みたいにユートが傷つけられてしまうからな」
「申し訳ない気がするけど…」
僕がそう言うと、エリーは『ははっ』と笑って僕の方を見た。
「いや、大丈夫だ。これは一応あいつへの罰も兼ねてるからな」
「そうなんだ」
「まあ、街の見回り途中に食材を届けさせるだけだ。ソフィとあまり仲良くしすぎないようにな」
「うん、わかった…」
『ご飯を届けさせるだけ』と『仲良くしすぎるな』、これを言った時のエリーの顔は本当に真剣な表情をしていた。
「あぁ、もう時間か。もし暇なら昼から模擬戦を見てるといい、中々面白いぞ」
「うん、そうしようかな」
「また、迎えに来るからな」
外から木剣同士で打ち合う音が聞こえてくる。昼ご飯の後、外から見えないようにして僕は模擬戦を見ていた。
基本的には同性同士で戦って、たまに異性で戦っているようだった。
「はっ!」
「くっ…」
僕は訓練もなにもしたことがないからわからないけど、すごいスピードで剣を打ち合っている。
その中で、エリーは男の人相手でも一度も負けることがなかった。
「すごいなぁ~」
「何がすごいんですか~?」
「…!びっくりした……」
独り言を窓に向かってつぶやくと、いつの間にか部屋に入ってきていたソフィさんが話しかけてきた。
「あぁ、団長ですか。まぁあの人に勝てる人なんてほとんどいないですよ~私だってまだ一回も勝ててませんし~」
「次、私戦うんで見ててくださいね~!」
「え?」
一瞬でドアから出ていったソフィさんは試合をしている人たちの周りで準備運動をしている。
そして試合の時間になったのかソフィさんが木剣をもってい試合をする位置に立つと、その前に立ったのはエリーだった。
「初め!」
「ふっ!」
「…」
二人の打ち合いは数分間続き、最後はエリーの一撃が入ってソフィさんの敗北が決まった。試合が終わった途端、周りを囲んでいた人たちから大きな拍手が送られた。
「かっこいい……」
夕方、訓練の終わったエリーが僕を迎えに来てくれた。
「ユート、私の仕事は終わった」
「わかった、帰る用意するね?」
「ああ、頼む」
エリーのカバンなどをもって朝に通った門のところに止まっている馬車に乗って家に帰る。その馬車の御者は朝の人とは違い、奴隷の僕にもエリーと同じように声をかけてくれた。
「ありがとうございました」
僕がそう言うと、その人は一礼して去っていこうとしたところをエリーが呼び止めた。
「御者よ、明日から土曜と日曜を除いた日の朝9時来てもらえないか?」
「定期便と言うことでしょうか?」
「そうだ」
「了解いたしました。次からも私が参りますのでよろしくお願いいたします」
「頼んだ。料金は後日教えてくれ」
それだけ言うと、その人は去っていった。
「今日はどうだった?」
僕の作った夜ご飯を食べていると、僕の方をうかがうようにしながらエリーが聞いてきた。
「楽しかったよ」
「…!そうか、明日からも頼む。」
うれしそうなエリーの顔を見れて、そのうえサポートまでできるというのなら僕としてもうれしいので喜んでそれを引き受けた。
エリーと一緒にお風呂に入ったあと、気づかなかった疲れがどっと押し寄せてきたので今日は早めに寝ようと思って寝室に向かうと、エリーももうすでにベッドに入っていた。
「もう寝るのか?」
「うん、初めてのことってやっぱり疲れちゃうね」
「……私はもう少し起きててもいい」
結婚してから二年もたっているからなんとなく流れはわかっているのでそのままエリーに身を任せた。
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