奥さんはこわ~い女騎士

@belbera

『一生いっしょ』




「行ってらっしゃい。エリー」


「ああ、行ってきます。愛してる、ユート」


 いつものように朝のキスをしてからエリーを送り出し、部屋の掃除を開始する。 

 エリーと僕は、もう結婚して二年も経っているのに僕に対する愛情はとどまることはなく、たまに「若いうちに強い子供を産まなくてはな」と言って、僕の方にバスタオル一枚で近づいてくる。

僕が「明日、忙しいんだから…」と言ってもエリーが聞く耳を持つことはなく、むしろそれを言った日にはいつもの倍激しくなるだけだったので今では何も言わずに受け入れるようにしている。




「おはよう。リース」


「おはよ、ユート。いつものでいいわね」


 軽く寝室の掃除や換気をした後、お店で働いていた時から買いに来ていたなじみのパン屋に朝食と夕食に食べる用のパンを買いに来ていた。

 このパン屋の看板娘のリースは僕の幼馴染で子供の時からリースの両親には僕の両親もほんとにお世話になっていて、昔はリースのお母さんから「いつ結婚するの?」と言われたりして、からかわれたりするくらいに仲が良かった。

 大人になってから王都に住む貴族様から求婚を受けるほどの美人になったリースと僕は仲のいいままだったが、エリーと結婚してからは少し距離ができてしまったような気がする。(15で成人)


「はいこれ。結婚生活はどう?」


 最近になって、リースはたまに紙袋に入ったパンを渡すついでにこのことについて聞いてくるようになった。


「どうって…前も言ったけど普通だよ。まあ、エリーが前より子供が欲しそうにしてるから僕の方がちょっときついけど」


「…ってお昼からこんな話してごめんね」


「子供、ね……」


 この話をすると、いつもリースが悲しそうな、寂しそうな顔をするから僕はこの話をするのがあんまり好きじゃなかった。

 けれど今日はリースは表情を変えずに加えてもう一つ質問をしてきた。


「ねえ、ユート。今、辛かったりしない?」


 突然の質問に驚きはしたが、別につらいことなんてないのでそのままのことを伝えた。


「…え?別にそんなことないけど……」


 僕がそう言うと、急にリースは手をぎゅっと握って僕の目をじっと見つめてきた。


「もし、何かあったらどんなことでもいいから私に相談してね。私に、ね?」


 いつもクールなリースのいきなりの行動とあまりに真剣な表情に驚いて、僕は短く「うん…」と、そのたった一言しか言えなかった。

  


 そのあと、他にも果物や野菜などに加えて体が資本なエリーのために肉類もしっかりと買ってから家への帰路についた。





 家に帰ってからもリースのことが気になって家事がはかどらないままエリーの帰ってくる時間になってしまった。すると、玄関のドアのあく音がしたのでキッチンから移動してエリーを出迎えに行った。



「おかえり、エリー」


「ただいま、ユート。…何かあったのか?浮かない表情をしているが……」


 僕自身は顔に出しているつもりはなかったが無意識の中で心の中のもやもやした気持ちがエリーには伝わってしまったようだった。

 疲れているはずのエリーを心配させるわけにはいかないと思い、顔を見せないように後ろを向いて晩御飯の準備を再開する。


「心配させてごめんね、大丈夫だから」


「それよりお風呂もう沸かしてるから。上がったときにすぐごはん食べれるように準備しとくからさ」


 後ろを向いた状態で話していて気付かなかったが、真後ろに近づいてきていたエリーが僕のことを急に後ろから抱き着いてきた。


「エ、エリー?」


 その行動のせいで持っていた木製のお皿を床に落としてしまった。


「今日、やっぱりなんかあっただろ」


 僕よりも身長の高いエリーが抱き着くと、ちょうど僕の頭がエリーの胸元より少し高い位置に来る。顔の周りには訓練後の蒸れた服のせいでエリーの甘い香りが広がった。


「…ご飯食べながらでいい?」


「……わかった」


 そういって、エリーがお風呂に入りに行ったのを見て自分の心の中を整理し始めた。





「それで、何があった?」


 お風呂場から上がってきてさっぱりとしたエリーと一緒に食卓に着き、僕は今日あったことについて大まかに話してみることにした。


「……で、家に帰ってからも気分が晴れなくてさ」


 僕が今日の出来事を話し終えると、エリーは短く舌打ちをして僕に話し始めた。


「…そうか。ユートとそのパン屋の娘は長いんだったよな?」


「うん。お父さんたちも仲がいいし、ずっと一緒だったよ?」


 昔のリースと二人きりで遊んだ楽しかった思い出が頭の中に浮かんでくる。もし子供ができたらリースに会わせにいきたいな~なんて思っていると目の前のエリーが緊張感のある声色で口を開いた。



「ユート、悪いがその娘とこれからは会わないでもらってもいいか?」



「……え」


 なんでエリーが急にそんなことを言ったのかが何もわからなくて、矢継ぎ早にエリーを問い詰める。


「なんで?リースは僕のことを心配してくれたんだよ?それにリースは……」


「待て。落ち着け、ユート。そいつはユートのことを心配するふりをして、お前を自分に依存させようとしてるんだ。」


 エリーが間違ったことを言っているとは思わない。けれどもし本当にそうだとしたらリースが僕に対してそんなことをする意味が分からなかった。


「僕とリースはずっと一緒に居たしそんなこといままで一回もされなかったよ?」


「昔のことは私は知らない。だが……」


「やっぱり、ただ疲れてただけだって。今日は早めに寝ようかなっと」


「待て!ユート!」


 後ろから僕のことを呼び止める声が聞こえるが今は冷静になれる気がしなくて、それにエリーとの仲を悪くさせたくなくて今だけは聞こえないふりをした。


「……」


 いつもならここから夜の時間に入ってくるのだが、久しぶりに僕は先に一人で眠りについた。







 朝、窓から差し込む光で起きるとエリーが僕のことをじっと見つめていた。


「…ぅん。おはよう、エリー。今日は早いね」


 昨日のことを謝罪も含めて、朝のいつもはエリーからしてくるハグを今日は僕の方からしようと首に手を回そうとしたら手首が後ろに引っ張られている感触があった。


「……あれ?」


「どうしたんだ?ユート。……ああ、おはようのハグだな。ほら…」


 そういって、エリーは寝ころんだまま僕に抱きつく。


「ふふ。今日もユートはいい匂いがするな」


 ぐっと力を入れても僕の手が前に行くことはない。


「…エリー、一回ベットから出てもいい?」


「なんでか知らないけど手が動かなくてさ…」


「エリー?」


 僕の言葉を聞いてもエリーは抱き着いたまま動いてくれない。なので仕方なく、無理やり体をそらして抜け出そうとするが普段から訓練に励んでいるエリーから離れることはできなかった。



 


 膠着状態のままで十分が経過した。


「エリー、そろそろ離して」


 少し怒った感じで言ってみると、昨日の怖さを感じる声色ではなく、震えるような声色で僕に話しかけてきた。


「……ユート、私と、一生一緒にいてくれるんだよな……?」


 二年前のプロポーズした時と同じ言葉でエリーが僕に問いかける。

 結婚してからこんなことを言ってくる日は今日が初めてだった。二年間で初めてした喧嘩の仲直りのしるしにふさわしい言葉を二年前から変わらないその言葉をエリーに伝えた。


「……もちろん。ずっと一緒だよ」


僕を抱きしめる力が一層強くなった後、僕の首の後ろに回していた腕をそっと解いてから僕の目をじっと見つめてエリーは口を開いた。


「なら……」




「私のいうことを聞いてくれるよな?ユート」




 瞬間、光を失った目のエリーが僕の上に馬乗りになった。それと同時にベットの上から掛布団が落ちて、ベットに括りつけられたロープで縛られた状態の僕の腕があらわになる。


「お前は、少し幼馴染の女の子と話しただけだろうが、私にとっては違う」


「自分の大切な人が洗脳され、依存させられて、そのうち私の元からいなくなってしまうような気がしてならなかった……」


「ユート、これわかるか?」


 エリーがベットの引き出しから取り出したのは昨日エリーに渡したお昼用のサンドイッチに使ったパンだった。


「前に買ってきたパン……」


「これには相手を魅了する薬が付着していた。昨日知り合いの奴に調べてもらったんだが薬を嗅いだ奴はその匂いの発信源に依存してしまうというものらしい。おそらくその娘がつけていたんだろう」



「確実にお前を、自分に依存させるために」



「最近、娘はお前によく近づいて袋を渡してきてなかったか?それこそ体が触れ合うくらいの距離に」


「……」


「これを見ても、まだその娘を信じられるのか?ユート」


「……でも、そうじゃないって……ことも……」


 僕が言葉を吐き出そうとすると、エリーは自分の口を使って、僕の口を強制的にふさいだ。


「……んん。それ以上言うなら、私はもうお前を家から出さない。奴隷の首輪をつけて一生このまま私のものだ」


「……」


「今日の夜、もう一度だけ聞く」


 そして、エリーは部屋から出ていった。僕は腕をベットに縛り付けられたまま今日一日を過ごすことになった。


 


 何回同じことを考えても、答えは出ない。時刻はもう夕方に近づいていて、エリーが帰ってくるのはもう時間の問題だった。

 その中であと一度だけでもリースと会って話がしたいと思って腕を縛るロープを引くと、バキッ、という音とともに腕が自由になる感覚があった。


「え…?」


「早く、行かないと…!」


 もし、エリーが帰ってきて僕がいなかった時点で言い訳を聞かずに僕に奴隷の首輪をはめるだろう。だから僕は急いでリースの家に向かった。



 息を切らして、走っていくと店の明かりがまだついていたので中に入って、リースのお母さんに声をかけた。


「おばさん!」


「あれ、ユートくん?どうしたのこんな時間に」


「リースは?」


「ちょっと待ってて~」


 今がいつか、時間はもう分からない。だけどそれでも僕は会って話をしないといけないような気がした。おばさんは店の奥に行ってすぐにリースを呼んできてくれた。


「ユート!何があったの?」


「中に入って?ゆっくりと話を聞くから」


 リースは僕が何かを相談しに来てくれたと思っているからか僕の腕を引いて中に連れていこうとしてくる。


「リース一つだけ教えて」


「なに?ユート」


 リースは笑顔で僕の方を振り返る。



「なんで惚れ薬を使ったの?」



 その瞬間、二人の間にあった雰囲気が変わった。


「……気づいちゃったか。理由はね、君のことが好きだから……。ただそれだけだよ」


「一緒にいたかった、なのにユートは離れていった。だから、どうにかして私のことを好きになってもらおうとした」


「ねえ、ユート」


「私と結婚して、一生……私のものにならない?」


「私はね、何年も待ってたんだよ。ユートに『好き』って言ってもらうのを。だからもう待てないの。今、答えを聞かせてほしい」


 一日考えて、ずっと答えは決まらないままだった。何をどうしても二人共と仲良くはできなかったから。



 僕は結論を出した。



「ごめん、リース。僕はエリーと行くよ」


「……そっか」


 リースに背を向けて、家に帰る道を走っていった。後ろは振り返らない。




 我が家には明かりがついていたけれど中からは物音が何もしてこない。


「……ただいま」


「おかえり。何処に行ってたんだ、ユート?」

 

 エリーはリビングのテーブルに座って僕が変えってくるのを待っていたようだ。テーブルの上には奴隷の首輪が嫌な空気をまとってそこにあった。


「僕、決めたよ」


「さっき、リースに会ってさよならを言った」


「……そうか。なら自分でこれをはめろ、いいな」


本当は嫌だった。だが、これから一生一緒にいるのなら首輪の有無は関係がない。



カチッと音が鳴って、僕の首にそれがつけられた。




「ユート、これから一生私のものだ」


「よろしくお願いします。ご主人様」












 








 

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