生誕他界

Y

1.チラシ

 わたしのことを初めて好きだと言ってくれたオタクが、わたしの生誕祭に来なくて、ちょっと……じゃないな、かなり気になる。


 生誕他界? ってやつかと考えるが、あれはたしか生誕ライブで燃え尽きちゃって以降推してくモチベーションを失うって現象だったと思う。イミフだけど。燃え尽きるってなんだよ。でもオタクの人はそんな症状に見舞われることがあるとどっかで誰かに聞いた。


 彼の場合は生誕ライブに来てすらくれなかったのだから、いわゆる生誕他界ってやつとは違うのだと思う。行くと言ってくれていたのに。予約リストに名前も入っていたのに。


 楽しくて幸せな生誕祭を初めて経験させてもらって、満ち足りたわたしの心に、彼が来なかったという事実が、小さな、しかし濃い一点の影を落とす。


 前の前ぐらいの推しに付けてもらった、という彼のニックネームはヘラヘラさん。なんかヘラヘラしてるから、というそのまんまの由来らしくて、たしかにいつもヘラヘラしている。うまいこと名付けたもんだなと思う。


 まだデビューから数回目の対バンライブの物販で、チェキを撮ってくれるお客さんがゼロでぼーっと突っ立っていたわたしは、運営さんにチラシを配ってくるよう命じられて、でも終演後のフロアにいる大勢のお客さんは全員が自分の推しのことで忙しそうに見えて、誰にも声をかけられずにオロオロしていたところを救ってくれたのがヘラヘラさんだった。


「一枚もらえますか?」


 と向こうから声をかけてくれたのだ。


 あわてて、一番上の一枚を渡すと、彼はチラシにプリントされたメンバーそれぞれのプロフィール写真とわたしの顔を見比べて、


「恵那ちゃん?」


 とわたしの名前を疑問形で呼んだ。


「あ、はい」


 とうなずきながら、こういうときはどういう話をすればいいんだろう、どうしたらわたしたちに興味を持ってくれるんだろう、とぐるぐる考えているわたしに、彼は、


「なんか、体温低そうですね」


 なんと返していいかわからなかった。とっさに、


「でも平熱36度あります」


 と答えたら、彼は吹き出して、うん、このときの笑い方はヘラヘラしていた。そしてチラシをバッグにしまいながら、


「今度はライブも見てみます」


 そう言って、自分のお目当てのグループの物販へ向かっていった。


 しまった名前ぐらい訊くべきだった……と思ったけど遅く、しかし、その日のうちにツイッターをフォローしてくれる。


 ライブのお礼ツイートに、


《今日チラシもらって、平熱教えてもらった人です。こんどライブ見に行きます》


 とリプをくれて、名前と顔が一致した。ツイッターのアイコンはわたしの知らないアイドルさんと映ってるツーショットチェキの画像だった。ツイートを掘ってみたらいろんなアイドルにリプを送っていて、けっこうDDなんだな、と思った。でも次のライブに本当に来てくれた。


 チェキも撮ってくれた。楽しかった、と本当に楽しそうに言ってくれた。


   (つづく)

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