抜け忍くノ一、農民に嫁ぐ

タヌキング

仮初めの夫婦

「はぁはぁ・・・。」


しまった、油断した。まさかあの距離でクナイが右肩に当たるとは。まぐれだとしても私の不注意だったことは否めない。

時は戦乱の時代。戦国武将達が成り上がる為に戦に躍起になっている頃、忍者やくノ一もその裏で暗殺や密偵などで暗躍していた。

私の名前はアヤメ、忍の里に生まれ、くノ一として幼い頃より修行を強制された私は、14の頃から暗殺の仕事をし、その手を血で汚してきた。

しかし、次第に人を殺めることに虚しさを感じ始め、19歳になった私は自由を求めて里を抜け、仲間だった忍者達から追われる存在となってしまった。


「くっ、参ったな。」


先程、深手を負ってしまい、この傷では遠くまで逃げれそうにもない。

そういえば近くに村があったはず、一旦そこに逃げ込むか。

こうして近くの村に逃げ込んだ私は、一軒の家に目を付け、その中に侵入した。どうせ農民しか居ないだろうから、堂々と玄関から。


"ガラガラ・・・"


中に居たのは、ひょろっと背だけ無駄に高い、間の抜けた顔の若い男だった。私は男に視認される前に、すぐさま奴の背後を取り、クナイの刃を男の首もとにピタッと付けた。


「ひゃっ!!冷たい!!」


「騒ぐな、下手に騒ぐと殺すぞ。」


「わ、分かった。分かったから、首元に冷たいのを付けないでくんろ。オラ、ビックリしちまったよ。」


どうやら首元に付けられてる物がクナイとは分かっていないようだが、とりあえず抵抗の意志は無いと見て、私は得物を下に下ろした。


「ゆっくりと後ろを振り向け、念を押すが騒いだら殺すぞ。」


「分かったよぉ。」


男はくるりとコチラを振り向き、目を見開いて驚いた顔をした。

まぁ、確かにくノ一がいきなり入って来たらビビるよな。


「め、めんこいねぇ。オラ、一目惚れしちまったよぉ〜。」


・・・えっ?そっちなの。めんこいとか初めて言われた・・・いやいや、ちょっとトキメキを感じるな私。

ここはクールな対応が求められるところだ。


「私の名前はアヤメ。忍の里より抜けてきたくノ一だ。追手に深手を負わされたので、暫くここに匿ってもらう。断ればお前の命はここで終わりだ。」


ギロリと男を睨めつける。昔から眼力には自信があるのだが、男は相変わらず、のほほんとした面をしている。


「いいよぉ、去年、オラの母ちゃんも流行り病で亡くなっちまって、オラ一人で寂しかったんだ。好きなだけ居ていいよぉ。」


「おっ、おぉ、そうか。じゃあ遠慮なく居座らせて貰うぞ。」


チョロ過ぎて肩透かしを喰らった気分だ。まぁ、トントン拍子に物事が進むのは良いことだ。


「オホン、突然、見ず知らずの女が同居し始めたとなれば、村の奴らも怪しむだろう。よって私はお前の家に嫁いだ女という設定にするぞ。」


「えぇ!!オラのところに嫁に来てくれるだか!?うっひょー!!」


「バカバカ、あくまで設定だ。本当に私がお前に嫁ぐわけじゃない。あくまで仮初めの夫婦だ。お前が私に指一本でも触れたら、お前の首が血しぶきと共に宙に舞うことになるぞ。」


「あらら、とんだぬか喜びだったよ。まぁ、オメェさんみたいな、べっぴんさんと暮らせるなら何だって良いさぁ♪」


ふん、褒めたところで私は懐柔されたりせん。傷が治り次第、即刻こんな所は出て行ってやる。

こうして田吾作(たごさく)という名の農民との一つ屋根の下の生活が始まった。


〜三年後〜


ある日の昼下がり、隣の家の奥さんが漬けた梅干しをお裾分けに来た。


「アヤメちゃん、今年もいっぱい漬けたから、食べて食べて♪」


「まぁ、こんなに沢山。ありがとうございます♪私も主人も奥さんの漬けた梅干しが大好物でして♪」


「あら♪嬉しいわねぇ♪ウチの男共なんてそんなこと一言も言ってくれないよの。」


そう言いながらもニコニコとしている奥さん。この間見た時より、お腹が大きくなっているので、もうすぐ四人目の子供が生まれることだろう。


「元気な子供が生まれると良いですね♪」


「食わせるのが増えて大変なんだけどね。私なんかより、アヤメちゃんの所はどうなの?もう結婚して3年目なのに一人も子供が出来てないじゃない。ちゃんとやることやってるんでしょ?」


「あー・・・まぁ、こういうのは授かりものですからねぇ。アハハ。」


「そ、そうだねぇ。オバさん嫌なこと聞いちまったねぇ、堪忍しておくれよ。」


「いえいえ、全然気にしてませんから。」


奥さんとの話が終わり、私はある決意を持って家に戻った。


"ガラガラ"


「おっ、おかえり。梅干し貰ったのかい?」


今日も呑気そうに土間の前で横になっている田吾作。人の気も知らないで、この男は。

とうとう我慢の限界が来た私は、奥さんから貰った梅干しの壺を床にドンッと置いて、田吾作を怒鳴りつけた。


「抱けよ!!」


「はい?」


キョトンとする田吾作。そんな態度が尚のこと私をイライラさせた。


「だから私を抱けよ!!言わないと分かんないの!!」


「えっ?・・・だってオラたち本物の夫婦じゃねぇし、指一本でもオメェに触れたら首が飛ぶって・・・。」


「いつまでそんなこと気にしてんだよ!!そろそろ私がお前のことを好きになったの気付けよ!!」


「えぇ?・・・オラのこと好きなの?」


「好きだよ!!ゾッコンラブだよ!!」


そう、3年という月日を共同生活する内に、私は穏やかな性格の田吾作に、いつの間にか惚れてしまっていたのである。


「そ、そりゃ知らなんだ。じゃあオラたちは両想いなんだっぺか?」


「そうだよ!!カップル成立だ馬鹿野郎!!空気で分かれよ!!この鈍感KY野郎!!」


ちなみに私を追っていた忍の里の奴らは、とある武将から危険視された挙げ句、里ごと滅ぼされてしまった。全くこの世は諸行無常であるが、これで命を狙われる心配もなく、この地に根を下ろすことが出来る。


「そ、それじゃあ。今日辺り・・・こ、子作りするっぺか?」


珍しく鼻息荒く、やる気を見せる田吾作。どうやらこの3年間、コイツも色々溜まってたと見受けられる。


「応!!そうと決まれば、私は山行って!!自然薯掘って!!イノシシ狩ってくる!!お前はイメトレでもしとけ!!」


「ア、アイアイサー!!」


こうして家を出て、久しぶりに全速力で山を駆ける私。こんな風に愛する者の為に自分の力を使えることが今は嬉しくて堪らない。













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抜け忍くノ一、農民に嫁ぐ タヌキング @kibamusi

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