第24話:色々片付いたので帰ります!
二階へと駆け上がったラルクが、余裕そうに廊下を歩いているディアを見て、安堵したような表情を浮かべるとともに口を開いた。
「……ディア」
「ラルクさん!」
ラルクに気付いたのか、ディアが嬉しそうな表情で大きく手を振ると――いっそ突撃と表現してもいい勢いでラルクへと抱き付いてくる。
それを受け止め、ラルクが優しい声を出した。
「大丈夫か?」
「はい!」
「独りにして悪かった」
ラルクがそう謝るも、ディアが胸の中でブンブンと首を横に振った。
「ラルクさんは悪くないですよ! あたしも酔い潰れちゃってごめんなさい」
「無事でよかったよ。まさかあいつが無理矢理ディアを連れていくとは思わなかった。とりあえず今から話をつけるつもりだ」
ラルクの口調はいつも通りだが、言葉の端々に怒りが滲み出ている。
自分のために怒ってくれているのが嬉しくてディアは思わずニヤニヤしてしまう。
「大丈夫ですよ、マリウスにはたっぷりお灸を据えておきました」
「オキュー……をすえた?」
「あー、そっかお灸ってこっちにはないのか……えっと、竜界にある独特の民間療法みたいなやつで……説明が非常にし辛いんですけど、まあちゃんとお仕置きしたのできっと反省していると思います」
「そうか。ディアはそれでもういいのか?」
ラルクがそう問うと、ディアがこくりと頷いた。
「はい」
「ならいい。もう領主の招待なぞ知ったことか。キーナ村に帰ろう」
「はい!」
なんて二人が話していると――廊下の角からおずおずと、申し訳なさそうな様子でザルクが出てくる。
「なんか良い感じのところすみません」
「君は……」
ラルクがザルクを睨み付ける。
「あ、いや違うんです! もうあれこれ色々とありましたけども、こちらも想定外でして!」
「想定外?」
それからザルクが汗を掻きながら説明していく。
最後まで黙って聞いたラルクがなるほど、と相づちを打った。
「ちなみにマリウスならディアがお仕置きしたそうだ。そのネクロマンサーとやらは階下でリーシャに詰められているぞ」
ラルクの言葉を受けて、ザルクは苦笑いを浮かべるしかない。
「……あはは、こちらからお願いする前に全部終わらせていましたか……流石と言いますかなんというか」
「そういうわけで申し訳ないが俺達は帰る。どうしても用があるなら、そちらから出向いてくれ」
言いたいことは沢山あったが、ラルクはこれ以上ザルクを責めても仕方ないことは分かっていた。
するとそんな彼の言葉が聞こえたのか、恰幅の良い男が廊下の向こうからやってきてそれに答えた。
「当然、そうさせてもらうつもりだ、ラルク殿」
「貴方が……デナイ男爵ですか」
ラルクが右手を胸の前に持ってきて、頭を少し下げた。それは貴族に対する最低限の礼儀作法であり、ある意味これ以上、頭を下げる気はないという彼の意思表示の表れでもあった。
「今回は愚息が大変な迷惑を掛けてすまなかった。この通り、謝罪したい」
デナイが膝を折り、ラルクとディアへと頭を下げた。
すると、ザルクもその後ろで同じように膝を折って頭を下げる。
「閣下……頭を上げてください。事情はザルク氏から聞いております。これ以上閣下を責める気はありません」
ラルクの言葉を聞いて、デナイとザルクがゆっくりと立ち上がった。
「ならば感謝させてほしい。君達がいなければ、大変なことになっていた」
「あの……この館の一部、思わず壊しちゃいました……ごめんなさい」
ディアがそう謝ると、ラルクも思い当たる節があるの同じように頭を下げた。
「……こちらも少しやりすぎました」
階下の惨状を見れば、きっとデナイは卒倒するに違いない……そう思っての言葉だった。
「この期に及んで何を言うと思うかもしれないが……頼みがある」
なんてデナイが言い出すので、ラルクが身構えた。
「なんでしょうか」
「この件について……内密にできないだろうか? 流石に外部に漏れると色々と支障がきたす。もちろん、マリウスについては重い処罰を下すつもりだ」
「彼が今後二度と我々に関わってこないのであれば、あとは閣下にお任せしますし、他言する気もありません」
ラルクがそう約束する。階下にいるリーシャについては……ギルドと交渉してくれとしか言えなかった。
「感謝する。何かお礼をしたいのだが……何がいい?」
「特にはないが……ディアはどうだ?」
そのラルクの問いにディアが少し考えたうえで、こう答えた。
「可愛い服!」
「よろしい。今度レザンス州一の仕立屋をそちらへと行かせよう。せっかくなら、オーダーメイドがいいだろう?」
そのデナイの提案に、ディアが笑顔で頷く。
「やったあ!」
喜ぶディアを見て、ラルクは色々あったがまあ無事に済んで良かったと一安心した。
「さて、やるべきことが山ほどありそうなので、私はこの辺りで失礼させてもらうが……一つだけ、気になる情報があるから共有しておこう」
なんてデナイが言い出すので、ラルクが少しだけ訝しむ。
(気になる情報? なぜそれを今俺達に教える?)
「実は五日ほど前に、キーナ村近辺でダークドラゴンの魔力を観測したとの報告が上がっている」
「……ほう」
「その件について色々と聞きたいことがあったから今回ラルク氏を招待したのだが……まさかこんなことになるとは。だからせめて、そういう存在が近くにいるかもしれないことだけは教えておきたくてな。こちらも出来る限りの対策は立てるつもりだが」
「な、なるほど」
五日前。キーナ村近辺で観測されたダークドラゴンの魔力。
その情報をつなぎ合わせると――
(心当たりがありすぎる。きっとディアのことだろうな……参ったな)
ディアがその魔力の張本人だと言わないと、デナイが存在しないダークドラゴン対策に労力を割いてしまうし、場合によってはこちらへと協力要請が来るかもしれない。
かと言ってディアが竜であると告白したらしたで、さらに厄介なことになりそうな気もする。
ラルクはさてどうしたらいいものか迷っていると――
「あ、それ多分あたしの魔力です」
「ディア!?」
あっさりとディアがバラしてしまう。
「はい?」
「どういうことだ?」
ザルクとデナイが同時に疑問符を頭に浮かべた。
「あ、いや……あー」
ラルクがどう答えたらいいか詰まっていると、代わりにディアがにこやかに答えた。
「実は私の魔力、竜と似ているみたいでよく勘違いされるんですよ!」
その言葉を聞いて、ザルクが納得とばかりに頷いた。
「ああ、なるほど。先ほど感じた竜の魔力はディアさんのでしたか」
ザルクはデナイへとまだ報告していなかった――というよりする暇がなかったのだが、実はつい先ほど竜の魔力を感知していた。
「そうなんですよ~。だからダークドラゴンなんていませんよ! ね? ラルクさん」
ディアのその嘘に、ラルクはもう乗るしかなかった。
「その通りだ」
「そうだったのか……いや、だったらいいんだ。なんせもし本当にダークドラゴンなんてのが現れた日には大騒動になるからな。帝国軍の竜狩り隊も流石にそうなったら動くだろうし」
「竜狩り隊か……」
ラルクが苦い表情を浮かべる。この帝国内において、色んな意味でディアに会わせたくない存在としてラルクが一番に挙げるのが竜狩り隊だ。
竜を狩るためなら文字通りなんでもする連中であり、竜を倒す同士であっても、冒険者と竜狩り隊は昔から犬猿の仲だった。
「とにかくダークドラゴンがいないというなら、我々がラルク氏に頼る必要もないだろう。キーナ村に帰っていただいても大丈夫だ。馬車も手配しておこう」
「ありがとうございます」
その後――ラルクはリーシャと合流し、事情を説明した上であっさりと別れを告げ、キーナ村への帰路へとついたのだった。
*あとがきのスペース*
次話は間話となります。あれこれ裏で話が動きますが、しばらくはまた村でのスローライフとなりますのでご安心を!
やけにリーシャとの別れがあっさりだったのにも理由があったりします。
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