第2話:救っていただいたドラゴンです!
胸の中でニコニコする黒髪の少女ディアを、ラルクはどうしていいか分からず、ついこう言ってしまう。
「……帰ってくれ」
「えええええええ!?」
大袈裟に驚くと、ディアがラルクから体を離した。
「この状況で、〝……帰ってくれ〟は不適切っぽくないですか!? もっとギュッとするとか、顔を赤らめるとか! 色々あると思うのですが!」
妙に似ているラルクの声まねをするディアに、ラルクは渋い顔をしながらこう言葉を返した。
「お前は誰だ」
ドラゴンだのなんだの言っていたが、ラルクにはそもそもディアは人間にしか見えない。
「あ、聞こえてなかったんですね! じゃあもう一回やります! 先日救っていただいたダークドラ――」
「いや、それはもういい」
再び抱き付こうとするディアを、ラルクはその小さな頭を手で抑えることで止める。
「乙女のハグを〝もういい〟って言う人、初めてみた! おっかしぃなあ?」
「残念ながら、どう見ても君は竜には見えない」
必死に抱き付こうとするディアを抑えながら、ラルクがそう伝えた。
「……? ああ! そうか、人間って竜が人化できるの知らないんでしたっけ?」
「初耳だ」
二十年近く竜と戦ってきたラルクですら、それは初めて聞く話だった。
「よろしい、ならばまずは竜の歴史から教えてあげましょう。あれは一億と八千年前のことじゃった……竜は人類によって滅びかけ――」
その言葉を聞きながら、ラルクはディアを扉の外に押し出すとそのまま扉を閉じた。ついでに鍵も掛けておく。
「――って聞いてない!? しかもしっかり施錠してる! そのガチャって音、結構拒否されてる感あって傷付くんですけど!?」
扉の向こうで騒ぐディアの声を聞きながら、ラルクはため息をつく。
竜だがなんだが知らないが、いきなり見知らぬ少女がやってきてお礼をしたいと言われても困る。でもそれを言ったところで、上手く伝わらない気がしていた。
「ううう……ごめんなさい」
流石に反省したのか、扉の向こうからディアの悲しい声が聞こえてくる
「あたし……人とちゃんと話すの初めてで……なんか浮かれちゃって……」
どうしたもんかと頭をポリポリと掻くラルク。
とりあえず、目の前の少女が只者でないことは分かっていた。
とはいえ竜だと言われても信じがたく、そもそも竜がこうして人の姿となって恩返しにくるなんて話は聞いたことがない。
ただ悪意はなさそうなので、あまり責めるのもな……とラルクは悩んだ末に再び扉を開けると――
「ほんとダメですよね、あたし。もうこうなったら……一生お側に仕えて罪滅ぼしをするしかないですね! はい決定!」
扉の前で、満面の笑みを浮かべて立つディアを見て、ラルクは思わず膝から力が抜けそうになる。
(全然反省する気ないな……こいつ)
ラルクは疲れたような顔をした、口を開いた。
「もうその気持ちだけで十分だ。だから帰れ」
ラルクが扉を閉めようとすると――再びディアが抱き付いてくる。その動きはさっきよりも素早く、ラルクすらも反応できないほどだった。
「待ってください! 気持ちだけじゃダメなんです! 竜は、竜の掟に従わないと追放されちゃうんですよ!」
ディアが泣き顔で見上げてくる。その顔を見てラルクは思わず顔を逸らし、顎ひげを掻いてしまう。
昔から、女性の泣き顔はどうにも苦手だった。
「竜の掟……?」
「はい。竜の掟とは、竜が必ず守らなければならないルールで、もし破ったら……竜界から追放され、邪竜あるいは悪竜認定されてしまいます! そうなったらもう死ぬまで、やたら強くて怖い人間達に追われる日々が!」
その、〝やたら強くて怖い人間達〟の一人であったラルクだが、当然そんなことをディアは知らない。
「そんなルールがあるのか」
「そうなんですよ! 〝命を救われた竜は、恩人に一生を尽くさねばならない〟って掟があって……ううう……このままでは竜界に帰れません」
そう説明するディアを見て、ラルクは今日何度目か分からないため息をついた。
(どこまでが本当か分からないが、この子が困っているのは確かだろう)
そんなルールでもなければ、わざわざ独り身の中年男性である自分に、こんな可愛くて若い子が積極的に迫ってくるはずがない。
何より――
「あら? なーんだ。ちゃんとお嫁さん貰ってきてるじゃない。もう、ちゃんと紹介しなさいよ?」
「都会の女はやっぱり綺麗だなあ……おっぱいも大きいし……羨ましいぜ」
なんて会話と、温かい視線をご近所の村人達から受け、ラルクは慌ててディアを抱いたまま、家の中へと戻った。
あとで村人達の誤解を解かなくてはならないことを思うと、頭が痛くなってくる。
そうしてラルクは、抱き付いたままのディアへと真剣な表情を向けた。
「ディア……だったか。本気で俺に恩返しをする気なのか」
「ええ。もちろんです。まあ人間風に言えば、お嫁さんになるって感じですかね? 押しかけ女房的な?」
「見知らぬ男、しかも人間相手で君はいいのか。そもそも俺がどんな奴かも――」
ラルクがそう言いかけた時――ディアがまっすぐにこちらの目を見つめた。
その目には本気の光の宿っている。
不覚にもラルクは、その赤い宝石のような瞳を、美しいと感じてしまった。
「見知らぬ男性、ではありません。貴方はあたしを助けてくれました。それだけで十分です。それに……」
ディアが頬を赤らめて顔を俯かせる。
その仕草の意味が分からず、ラルクは首を傾げた。
「それに?」
「私の初恋相手に似ているんです。顔とかじゃなくて雰囲気が……だから……」
「……そうか」
だからなんだ? と本気で思うラルクだったがそれ以上口にしなかった。
とにかくこの子に帰る気がない以上、言葉での説得は難しいだろう。無理矢理返すにしても、相手は若いとはいえ竜だ。もしこの村で暴れられたら、それこそ一大事だ。
何より、掟を守らないと邪竜認定されるという言葉が、ラルクに重くのしかかる。
竜界を追放され、人界へとやってきた邪竜による被害は、帝国が抱える大きな問題の一つだった。邪竜によって多数の人々が死に、その中にはかつての仲間や幼馴染みも含まれている。
もしこの少女が邪竜となって被害が出たら、それは自分のせいではないか?
そんなことまで考えてしまうラルクは――彼のライバルであるリーシャの言葉を借りると、〝馬鹿がつくほど真面目な馬鹿〟、であった。
「だから、あたしをここに住まわせてください。料理、家事、なんでもやります。あ、どっかの城でも襲って財産かっぱらってきましょうか!?」
「それは絶対にだめだ。はあ……。とにかく、一生と言われると困るが、落ち着くまで色々手伝ってもらう、ということでいいか?」
そう言うと、ラルクはディアへと手を差し出した。
色々と不安はあるが、現状そうする以外に何も思い浮かばない。
そんなラルクの手を、ディアが嬉しそうに握り返した。
「はい! ところで……なんてお名前でしたっけ?」
今更だな、と思いつつもラルクは律義に自己紹介する。
「……ラルク。ただのラルクだ」
「えへへ……あたしはディアです! 今後ともよろしくお願いしますね、ラルクさん!」
笑顔のままぴょんと頭を下げるディアを見て、ラルクはまた顔を逸らし、顎ひげをポリポリと掻いたのだった。
その仕草が照れ隠しであるとディアが知るのは――もう少し先のことである。
*あとがきのスペース*
お読みいただきありがとうございます!
いよいよ二人の生活がはじまりますね。次話は、ディアの規格外な力によるお掃除と家の修繕の話となりますのでお楽しみに!
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執筆モチベーションにも繋がりますので、何卒。
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