烙印

 それからしばらくして。

 少女の鼻血を拭き、ベッドに寝かした後のこと。


「……ハッ!」


 その声にふと視線を遣れば、ちょうど今、少女が目を覚ました様だった。


 意外に速いんだな。


「お、起きた。大丈夫か?」


 起き上がり、キョロキョロと辺りを見渡す少女にそう声を掛けると……


「あれ?……えーっと、すみません。一体何が起こったんですか?」


 ……どうやら椅子から落ちた衝撃で前後の記憶が少し飛んでいる様だった。

 ホントに大丈夫かよ、この娘。


 そんなことを考えながらも、俺は彼女が椅子から落ちたことを伝えた。


「はぁー、なるほど。それでベッドまで運んで下さったと……まだ会ったばっかりなのにすみません……」


「いや、良いよ。気にするな。んで、話の続きを聞きたいんだが……頭打つ前に何を話してたか覚えてるか?」


「あー……えーっと……」


「……なんで『強くなりたい』のかって話だ。」


「あー!あー!思い出しました!」


 慌てた様にしっちゃかめっちゃかに腕を動かす少女。

 ……なんかさっきから残念な部分が目立つなぁ。

 まぁ、それはそれとして。


「それで?結局俺をここに連れてきたことと、強くなることにどんな関係……いや、そもそも君は何故強くなりたいんだ?」


 そう尋ねると、少女は顔を引き締め、どこか緊張したかの様な面持ちで、こう話し始めた。



「実は私……犯罪者の娘なんです。」



 そこから始まるのは、いわれない偏見と理不尽な運命と共に生きてきた少女の歴史だった。


 まず大前提として、問題の彼女の両親については五年前に何らかの犯罪を犯して姿を眩ませたらしい。

 夜の内にこっそり。

 10歳になったばかりの娘を置いてけぼりにして。


 それからの人生は苦難の連続だったそうだ。

 彼女の親が犯した罪は、さぞ恨まれる様な物だったのだろう。

 外に買い物に行けば石を投げられ、「信用が無い」という理由から仕事にも就けず。

 そんな中、今日まで肉体的な面で生きて来られたのは、ひとえにこの街の教会のおかげだったらしい。

 教会に仕事を回してもらい、日稼ぎの生活。

 それは草の根をかじってまで生きてきた様な今までの生活とは、天と地ほどの差が有ったらしい。

 そんなわけで空腹はどうにかなったのだが、精神的な面だとそうは行かない。

 彼女曰く、一時は死んでしまおうかとも考えた程にはかなり苦悩して生きてきたそうだが、そんな中でも生きて来られたのは「一人立ちして両親を探す」という目的が有ったから。


 けれど、探すにしても装備費、宿泊費、食費等々。

 旅をするのにも当然、金は掛かる。

 

 そう言うわけで手っ取り早く金を稼ぐには、俺等が言う「冒険者」が一番良いと言う判断に至ったそうだ。(娼館も考えたが、案の定信用が無いとのこと)

 だが、そう考えたとき、何が彼女に一番足りないかと言うと……


「力です。誰にも負けない力。もう誰にも嘗められない様な強い力。それが……それだけがずっと、私の欲しいものだったんです。」


 そう目に何か強い光を灯して彼女はそう言いきるのだった。


 ……なるほど。

 力が欲しい理由については十二分に理解した。

 その覚悟についても、同様に。

 後は……今までの話から予想はつくが、一応聞いておこうか。


「……そうか。じゃあ予想はついているがもう一つ。何故俺なんだ?」


 そう尋ねると、少女は少し微笑み……


「それはきっと貴方の予想通りですよ、芋虫さん。何度も言いますが、私は人間に毛嫌いされている。だったら人間以外に頼るしか無いでしょう?」


 やっぱりか。だが……


「生憎、俺も何か戦いかたを教えられる訳じゃないぞ。今までがスキル頼りだったし、何故か人間の姿になったのもついさっきなんだ。」


「あぁ、その点については大丈夫ですよ。芋虫さんにお願いしたいのは私の護衛……と言うか仲間なんです。スキル頼りでも一緒に戦ってもらえればきっと私の戦い方が見つかると思うんです。」


「分かった、そう言うことなら。」


 ……うん、これで粗方この少女については分かった……と思う。

 ただ一つ、彼女の最終目的を除いては。

 いや、正直これがどんなものであれ、もう手伝う位の心構えでは居るのだが……やはりこれも聞いておかねばなるまい。


「そうか……じゃあ最後に一つ。君は両親に会えたらどうするつもりなんだ?」


 そう尋ねると少女は少し口ごもり、少しの躊躇いの後……


「殺します。」


「理由がどんなものであれ、欠片も残さず殺します。私にはその義務が……権利がある筈です。」


 真剣な面持ちでそう淡々と言いきった。

 それは聞いてるこっちまでもが不安になる様な物で、伊達や酔狂ではなく心の底からそう望んでいることは火を見るより明らかだった。

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