第16話 見たことのない


 家に帰り、部屋に入って机の椅子に座ると、なんとなく天井を見上げた。


『橘さん、可愛かったな』


 帰り際に聞いた総司のその一言が、浮かんでは消え、また浮かんでを繰り返す。



 俺は涼花と付き合ってる。

 瑠美には俺とは別の誰かと幸せになる未来を願い、俺は涼香と結ばれる未来を選んだ。

 もちろん「俺とは別の誰か」が誰でもいい訳ではなかった。お前は何様だよ、と自分でも思ってしまうが、やはりそこは気になる。


 おそらく、現時点で前世との流れはすでに違うはず。今の中2の時点で俺は瑠美と出会っていなかったし、夏休み前に涼花とも付き合っていなかった。


 あと、俺の記憶で総司に中学の時に彼女がいた、若しくは特定の仲のいい異性がいた、ということはなかった。

 元々がそういうことに奥手、というよりも疎い男だった。だから「可愛かった」なんてあいつの口から出てきた時、驚いてしまったのは事実だ。


 もし、俺とは別の誰かが総司なら…


 え?それが一番いいんじゃないか?

 この二人が結ばれるっていうのが、一番いいんじゃないのか?



 と、納得し、安心しかけたところで、また余計な思い出が、前世での瑠美との思い出が甦ってくる。

 あの笑顔を、俺だけに向けてくれていたあの想いを、俺以外の誰かへ……




 ……はぁ…なんて女々しいんだ、俺は…



 涼花との未来を選んだ時点で、瑠美と誰かの仲を嫉妬するようなことがあってはならない、と思ってはいる。うん、分かってる。

 でも、まだ、どうしても……



 ふと机の隅に置かれた携帯に目がいくと、メッセージの通知が来ている。

 まだこの時代にスマホはないもんな。二つ折りとか、懐かし過ぎるだろ。


 メール画面を開くと、それは涼花からのメッセージで、今日のことが楽しかったんだろう。その文面からは、どんな顔しながらこのメールを打ったのか分かるくらい、それが十分に伝わってくる。


『今度は二人でやろうな』と返信すると、すぐに『うん!約束だよ?』と返ってくる。


 あ…顔がニヤけてるのが分かる。恥ず…




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 翌朝、涼香と一緒に学校に向かう。

 ちゃんと告白してからは、どちらから言い出したとかはなく、毎朝こうして一緒に登校するようになっていた。


「昨日は新しい後輩ができて嬉しかった」

「ああ。怖がられてるままじゃなんだしな」

「も、もう!それはもういいじゃない…」


 頬を膨らませ、少し不機嫌そうに自転車のスピードを上げる涼花。それを宥めるように追いかけて謝った。


「そうだな、悪かった、ごめんな」

「もう…いじわる…」


 唇を尖らせ、拗ねたふうに呟く彼女が可愛い過ぎる。ずるい、反則だ。中身がオヤジの俺にとって、こんなやり取り刺さるに決まってる。


「…可愛いが過ぎる…」

「へ!?」

「え?」


 つい無意識に、言葉になって出てたみたいだ。涼花は顔を真っ赤にして、驚いたような、怒ったような、嬉しいような、そんな様子で


「ちょ…ちょっと、朝からなんなのよ!」

「いや…ごめん…」

「…いいけど…」


 ぷいっと顔を背けてみても、すぐに俺のことを伺うようにチラ見してくるのが、また可愛いくて困る。

「なんで笑ってるのよ!」って言われても、もうニヤニヤしちゃうのは仕方ないよ…



「ほら!!遅れるぞ!」

「え…ちょっと、待ってよ!」


 照れ隠しをするように、ちょっと悪戯っぽく漕ぐスピードを上げる俺。

 それに対し「もう!」と言いながらも、楽しそうに付いて来てくれる彼女。




 こんなふうに青春をやり直せるなんて…


 過去のことを、いや、前世でのことをとやかく考えても仕方ない。

 可愛い幼馴染みとこれから、かつてと同じ過ちを犯さないように…


 せっかくなんだから、同じ未来にするんじゃなくて、見たことのない、みんなが幸せになれる未来へ…





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