第2話 見慣れた天井


 目の前が白く何も見えなくなり、ぼんやりと意識がはっきりしないまま、まるで、夢でも見ているかのように、俺は昔のことを思い返していた。




 ……………………………………………


「はじめまして、東雲と言います」

「はじめまして、たちばなです。よろしくお願いします」


 彼女との、瑠美との出会いは大学2年生の時、バイト先のファミレスだった。

 薄く茶色に染められた、セミロングの髪を後ろで結んだ彼女は、少し緊張した面持ちでぺこりとお辞儀をした。

 瑠美は女子大だったので、もちろん大学は別々だったけど、そう離れた場所でもなかったため、同じ店にバイトに来たのだろう。


 当時の俺は「可愛い子が入ったな」って思ったくらいで、それ以上のことは何も考えなかったけど、まさかこの6年後、この子と結婚することになるなんて、この時の俺に想像出来るわけなかった。



 それからは特に何もなく、ただ同じバイト先の知り合いといった感じで、店で軽く挨拶を交わす程度の仲。

 俺はキッチン、瑠美はホール担当だったこともあり、特に親しくなる要素もなかった。


 夏休み前には、たまに休憩時間が重なった時に、少し雑談するくらいにはなったけど、それでもその程度だった。


 そして前期の試験も終わり夏休みに入ると、バイト先の先輩の声掛けで、何人かで集まりバーベキューをすることになり、男女4人ずつのそのメンバーの中に、彼女もいた。


 主催の先輩はすでに彼女持ちで、それ以外の3人ずつはフリーなわけだけど、この集まりでお互いに同郷で、しかも同じ中学、高校出身だと知った俺と瑠美は、距離を縮めることになった。

「同じ中高でなんで初対面なんだ?」なんて言われもしたけど、小学校が同じならともかく、学年も部活も違う、そんな女子を各学年全員チェックするなんて、そんなのやるわけない。


 その後はバイト先でも以前より話すようになり、休日に二人でデートを重ね、バレンタインに瑠美から手作りチョコを貰った俺は彼女に告白し、晴れて付き合うようになる。


 春になり俺達が進級してからも、楽しい時間を過ごしていた。

 小さな喧嘩はもちろんしたけど、それでもその度に仲直りして、更に仲良くなれたと思っていた。でも、そんな俺にも一つだけ気になることがあった。

 それは、そういう雰囲気にならないこと。そういう雰囲気というのは、つまり…


 もちろん仲はいいと思ってた。それでもたまに物理的に距離を取られることもあるし、もしかしたら結婚するまでは、なんて考えているなら、それは尊重するつもりだった


 でも、手は繋いでもそこまで。別にがっつくつもりなんてなかったけど、キスしたいと思うくらい、それくらいは許して欲しい。

 それに、もしかしたら俺以外に…なんて、疑心暗鬼になってしまうような時もあった。


 そしてその年の冬、クリスマスに俺の部屋で二人で過ごしていた時に、その理由を知ることになる。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 目の前が徐々にクリアになると、そこには懐かしい、見慣れた天井があった。


 俺はベッドに横になってる状態で、起き上がり辺りを見渡すと、壁には中学時代の学ランが掛けられている。

 本棚には当時集めていた漫画本が並び、部屋の隅には初代のPSが転がっている。


(本当に…戻ってきた…)



 少し呆然としていると、「ガチャ」っと部屋の扉が開かれる


「あれ、珍しい。もう起きてるんだ」

「え…ああ…うん…」


 前の日に夜更かしして、なかなか朝起きられない俺を、よく母親が起こしに来てくれてたっけ。


「何ぼーっとしてんの?」

「え…」

「起きてるなら早く支度しなさいよ」

「うん…」


 とは言え、いきなりうん10年前の母親を見てしまうと、


「なに?母さんの顔に何か付いてる?」

「いや…若いな…って思って…」

「は?おだててもお小遣いあげないわよ」

「え!?いや、そういうことじゃなくて…」

「今日、始業式なんだから、さっさと下りて来て朝ご飯食べなさい」

「はい…」



「全く…」と、少し呆れ気味に部屋を出て行くけど、左手をくるくる回していた。

 これは、母さんが機嫌がいい時によくやる癖なんだけど、うん、どうやら間違いなく、俺はこの時代に帰ってきたようだ




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