第476話 貧民街への潜入

「冒険者ギルドの持っておる情報収集手段では、入り込めぬところが二つある。一つは人の心。もう一つは、貧民街じゃ」

「貧民街?」


 再び冨岡はノノノカの言葉に疑問を抱く。

 貧民街で情報を得ることがそれほど難しいとは思えない。セキュリティ面は貴族街と比べることすらできないほど、甘いはずだ。立ち入りを禁ずるような規則もないし、冒険者ギルドが情報収集に苦労する理由が冨岡には思いつかなかった。


「どうして貧民街には入り込めないんですか? 普通にいけば、何か話してくれると思うんですけど」


 冨岡が言うと、ノノノカは下唇を突き出すようにして、嫌がる素振りを見せた。


「貧民街は特殊でのう、外敵に対して厳しい。貴族たちよりもな」

「貴族たちよりも、ですか? そんな感じは・・・・・・えっと、俺たち貧民街で炊き出しのようなことをしてて」

「ああ、知っておる。ハンバーガー、とか言ったかな。それらを配っておるんじゃろ。確かにお前たちからすれば、貧民街がそれほど閉鎖的な場所だとは思えんじゃろうな。じゃが、よく考えてみろ。人はの、何を得たいか、何を失いたくないか、で考えがすれ違い、派閥を作るものじゃ」

「何を得たいか、失いたくないか・・・・・・」

「貴族たちが一枚岩でないのは、欲しいものも持っているものも違うからじゃ。それに比べて貧民街では、最低限生きていければ、何かを欲することもほとんどない。苦しみ、悲しみ、怠惰、諦め、様々な感情を経てたどり着いた場所じゃからのう。そこにいられるだけでいい。貧民街の住民にとって、あの場所は家じゃ。失うものといえば、居場所と家族だけ。つまり、あの場所と家族を守ることができれば、甘言に惑わされることはない」


 ノノノカが保有する隠密部隊シャドウでは、潜んで情報を得るだけではなく『多少乱暴』な手段を取る事もある。また、金銭や利益の保証によって買収する事もある。

 だが、どちらも貧民街では通用しなかった。

 居場所と家族を守りたいとはいえ、諦めるのも早い。彼らはどうしようもなければ、諦めればいいと知っているのだ。これまで諦めを繰り返してきたのだから。

 シャドウのメンバーによって、長期の潜入捜査が行われた事もある。流れ着いた貧民になりすまし、貧民街に住み始めたメンバーがいたのだ。貧民街でしか得られない情報を得るための手段であった。しかし、潜入した者は即座に正体を暴かれ、追い出されてしまう。

 何度か敢行した潜入だったが、毎回正体を暴かれてしまった。


「あの場所に住む者は、いつだって疑いの目を持っておる。誰よりも本心を見抜くのじゃ。ヒロヤたちが貧民街で活動できているのは、その本心が清らかだったからじゃろう。他の者ではそうはいかん」

「じゃあ、ドロフとメレブが貧民街で情報収集を・・・・・・ん? そもそも貧民街でどんな情報を得ようとしているんですか? 貴族たちの話なのに」

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