第460話 最低賃金の制定

 貴族が貴族を敵に回せば、どうなるのか。

 公爵であるキュルケース・ホースが理解していなかったわけはないだろう。

 自分を調査する立場である貴族たちが、共通の敵であるキュルケース公爵にあらぬ罪を着せ、国王に裁かせる。

 だが、それでも公爵は『何かしらの法案』を通そうと動いた。

 そこに何かがある。そう考えた冨岡は改めてダルクに問いかける。


「でも、それじゃあどうしてキュルケース公爵様は無理に法案を・・・・・・そもそも通そうとした法案ってどういうものなんですか?」


 冨岡の疑問に対し、ダルクは表情を曇らせ、言葉を詰まらせた。

 

「・・・・・・それが」

「ダルクさん?」


 何か話づらい事情でもあるのだろうか。けれど、正しい情報を得なければ、推測すら進められない。

 冨岡が再び問いかけようとしたところで、ローズが口を開いた。


「ダルク。トミーに隠しても仕方ないじゃない。さっき私がトミーに『思い上がらないで』って言っておいたから大丈夫よ。気遣えば気遣うほど、トミーに罪悪感を与えてしまうわ。話してあげなさい」

「ローズお嬢様・・・・・・かしこまりました」


 ダルクはローズに言われ、改めて冨岡の問いに答える。


「旦那様が進めておられた計画は、身分を問わず誰もが生きていける社会を作ることです。その第一歩として『最低賃金の制定』という提案をされておられました」

「最低賃金の制定・・・・・・それが他の貴族たちに反対された法案ですか?」

「ええ、最低賃金を制定すれば、どのような仕事をしていても生きていくことができる。奴隷のように低賃金で働き、それでも生きていけずに悪事を働く。そんな現状を変える大きな一歩です。しかし、常に人を使う立場である貴族たちは出費が増えるだけ。また最低賃金の制定に伴い、これまで安く人を使うことで利益を上げていた商人たちに猛反対されることでしょう。人を多く抱えている大商会であればあるほど、その影響は大きい。多くの貴族は、大商会と協力関係にありますからね」

「商人との関係のために、法案を潰すよう動いたってことですか・・・・・・どれもこれも、自分の利益ばっかりじゃないですか」


 最低賃金の制定について説明を受けた冨岡は、憤りを露わにした。

 貴族たちは自分の利益ばかりを考え、社会の形が変わることを嫌ったのである。

 さらに冨岡は言葉を続ける。


「真っ当な意見を持って反対するならまだしも・・・・・・例えば、最低賃金を制定することで、これまでの人数を雇いきれなくなり失業者が増えるから・・・・・・とか」

「もちろん、旦那様もそういった影響は考えておられました。ですから、失業者への支援や職業訓練、職業斡旋等も法案に組み込まれていたんです」

「あの、ダルクさん。その法案を進めるにはかなりの資金が必要だと思うのですが」

「お察しの通り、旦那様はその財源を男爵位以上の貴族が出資すること、としておりました。それもまた、貴族からの反感を買うことになったのですが」


 とどのつまり、貴族たちは自分の腹を痛めたくない、ということだ。苦しむ国民たちよりも、自分たちの豊かな生活が大切。

 もしかすると、そう考えるのは自然なのかもしれない。

 だが、キュルケース公爵は違った。国民のため、愛する娘が生きる未来のため、現状を変えようと動いたのだった。

 あまりにも先を見据えた行動。それは『異端』であり、異端は常に排除される。


「それで公爵様は・・・・・・でも、ここまで反感を買うものなんでしょうか。否決されれば、それで終わりじゃないですか」


 冨岡がさらに問いかけた。するとダルクは首を横に振る。


「最低賃金の制定はいわば、身分による格差を薄めるもの。富める者が金を出し、貧する者が受け取るのです。それを許せばいずれ、身分制度が意味を持たなくなる。貴族たちはそんな未来を恐れたのでしょう。今、法案を否決しても旦那様は動き続ける。今の時点で旦那様を排除しておかなければ・・・・・・そういうことでしょう」

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