第448話 変人教師

 作業員に連れられ、冨岡は教室に向かう。

 冨岡の指示通り綺麗な床板が貼られ、魔法を用いた技術によって部屋全体が照らされた教室の中には十五脚の椅子と机が並べられていた。

 そして一番前、教壇には背の高い男が立っている。


「アイツですよ。どうしてもこの教室について説明しろってうるさくて」


 作業員が男を指差す。光に照らされた男は待っていた、という様子で冨岡に近づいてきた。


「トミオカさん、近くまできたので様子を見させていただこうと思いましてね」


 一体誰だろう、と思っていた冨岡はそこで気づく。


「ヴェルヴェルディさんじゃないですか」

「教師として本契約を結ぶ前に、職場を視察させて頂こうと思いまして。事前の挨拶もなく申し訳ありません」

「いえ、働く前に視察するのは当然ですよ」


 冨岡が親しげに話すので作業員は唇を尖らせた。


「なんだ、トミオカさんの知り合いだったんすか。だったら最初に言ってくださいよ。変人がやってきたと思うじゃないですか」


 作業員の言葉を聞いたヴェルヴェルディは小さく微笑む。


「変人とは随分な言い方をされますねぇ。ですが、私の好奇心が暴発してしまったことは確かです。お手数をおかけしました」

「オイラがわかるのは図面の読み方くらいですよ。構造の意味まではわかんないす。まぁ、トミオカさんの知り合いならあとは任せますよ。オイラはアメリア嬢が配ってくれる飯を食べなきゃならないんで。これが楽しみで頑張れるんすから」


 そう言って作業員は教室から出て行った。

 作業員の背中を見送った冨岡は、ヴェルヴェルディと向き合い言葉をかける。


「言ってくれれば、いくらでも案内しますよ。表の屋台にいましたから」

「トミオカさんが屋台にいるのは、作業員の方から聞いていました。しかし、屋台にいるということは仕事の途中。邪魔をするのは、と思ったのが裏目に出ましたね。作業員の方に変態呼ばわりされてしまいました」


 言いながら微笑むヴェルヴェルディは、変人呼ばわりに対してそれほど気にしていない様子だ。

 

「それで、どうですか。この教室は」


 冨岡はヴェルヴェルディに感想を求める。

 ぐるりと見回したヴェルヴェルディは満足そうに頷いた。


「この部屋は大人数に教えるという前提で作られていますよね。家庭教師の仕事は基本的に生徒一人、教師一人です。言葉だけで大人数に教えられるでしょうか? いえ、教師側の能力は言葉だけで教えられるものと仮定しても、生徒が理解できるかどうか、という話です」

「ああ、なるほど。それはですね」


 ヴェルヴェルディの疑問に対して、冨岡はメモ帳を取り出し絵を描きながら答える。


「教室の一番前、この場所に黒板を設置します。ここで文字を書きながら教えるんですよ。そうすれば、生徒は文字によって理解しながら学びを進める」

「黒板?」

「教室が完成してから搬入しようと思っているんですけど、簡単に書いたり消したりできる石板のようなものでしょうか」

「ほう、目と耳を使って学ぶということですね。机があるということは、生徒にも書かせるんですね? 羊皮紙を用いるとしても、相当な数ですし・・・・・・インクやペンもかなり必要でしょう」


 おそらくヴェルヴェルディは、必要になる資金について聞いているのだろう。そう察した冨岡は教室の外に置いてある木箱まで彼を案内した。

 中には一般的なノートと鉛筆、消しゴムが入っている。流石にダンボールのまま放置するのは、動揺を招く可能性があるので木箱に移し替えたものだ。


「ちょっとしたツテでこれを購入したので、その辺は大丈夫ですよ」

「これは紙? しかもかなり精巧な・・・・・・高級どころの話ではありませんよ、こんなの。こっちは黒鉛でしょうか・・・・・・木の中に黒鉛・・・・・・なるほど紙に黒鉛で文字を。これは驚きです。こんなもの見たことがない・・・・・・いや、存在していても教育に用いるなんて発想、普通はできませんよ。それだけ本気ということですね」


 冨岡からすれば文房具屋で一万円以下の出費に過ぎない。けれど、こちらの世界では過ぎた技術なのだろう。

 全てを説明するのは面倒だし、どこかでボロが出る可能性がある。そこで冨岡はこう説明した。


「俺の国で試験的に作っているものなんですよ。その開発に出資しているので、優先的に手に入れることができるんです。ともかく生徒にはこれを配って、教師の文字を書き写しながら学んでもらいます」

「トミオカさん」

「はい?」

「私はひどく感動しています・・・・・・ここまで教育に熱を持った方と出会えるだなんて!」

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