第416話 比喩でもない

 大雑把な言葉だが、それもまた美作らしい。

 しかし、はぐらかされている様な気もする。

 元々、冨岡は何かを直接問いかけるのが苦手だ。基本的に相手の反応を見ながら、少しずつ核心に近づいていく様な話し方をする。

 今回も『異世界』というワードから美作の反応を見て、少しずつ答えに近づいていこうとしていた。

 だが、その手法は『相手が意識的に話を逸らそうとしている』時には無力化されてしまう。

 明らかに美作は話を間延びさせ、冨岡の本題から話を遠ざけていた。

 それに気づいた冨岡は、自分の肩越しに鏡のある蔵を見る。

 もしも『これ』を話して信じられなければ、酒に酔った冗談で済まされる話だ。それほどリスクがあるわけでもないし、美作はそれを吹聴するような男ではない。

 そう考え覚悟を決めた冨岡は、唾を飲んで話し始める。


「確かに異世界にはロマンがありますよね。魔法とか魔物とか冒険者とか。けど、その世界に馴染むのは大変ですし、異世界転生やら転移も楽じゃないですよね」

「ああ、そうだな。慣れない文化や文明に馴染むのは容易じゃない。だからこそ、新しい世界で誰と出会うかが大切だ。その出会いが、その先の全てを決めるほどにな」

「あ、それめちゃくちゃ分かります。普通に生きていてもそうですよね。進学や就職でも、誰と出会い過ごすかで決まると言っても過言ではないですよね。新しい世界なら尚更」


 美作から返ってきた答えは、現実味があり冨岡にも共感できるものだった。そして冨岡の頭にはアメリアの顔が浮かぶ。

 アメリアとの出会いがあったからこそ、冨岡はここまで頑張ることができた。学園という目的まであと一歩というところまで。

 もしもあの出会いがなければ、異世界での生活を諦めていたかもしれない。百億円を日本で遣い、ファンタジーとは無縁な生活をしていたかもしれない。

 それどころか源次郎の言葉も薄れていき、自分のために大金を遣い、豪華な暮らしをしていた可能性もある。

 出会いとは奇跡だ。

 当初の目的とは違うものの、美作の言葉で納得した冨岡。

 よく考えてみれば美作がはぐらかしているのなら、無理に問いかけることもない。隠したい理由があるはずだ。そんな個人の思いを理解する。それが人間関係のちょうどいい距離感なのだろう。

 なんてことを冨岡が考えていると、美作はポケットから小さな灰皿を取り出し、煙草の火を消した。

 消火の煙が宙に浮く中、美作は静かに笑う。


「誰と出会うかで新しい世界での生活が決まる。俺にとってはそれが源次郎さんだった。そういう話だよ」

「新しい世界って、比喩ですよね?」


 冨岡は釣られて笑いながら冗談のつもりで問いかけた。

 しかし、美作の笑みは談笑のそれではなく、何かを思い出すかのような遠い笑みだった。


「何の喩えでもないさ。『あっち』の世界から『こっち』に来た時の話だ。アンタにわかりやすく言うなら『異世界転移』の時のな。あれからもう、十五年になる・・・・・・」

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